世之介の哀れなつぶやきは、けれども、かえってなおさら母を激昂させたのだ。
嵩高く結いあげていた頭からほつれ毛をざんばらに振り乱し、
「お黙りったら! お前なんかが、あたしの子であるもんかぇ。色狂いの父親がナグサミモノにするためだけに生き延びさせてやった、みっともない鬼っ子の分際でさぁ。あげくにゃ、きょうだいと乳操り合って孕ませやがるなんざ。やっぱりハナっから始末しておきゃよかったんだよ、こんな恥知らずの生まれ損ないめは!」
世之介の首に両手をかけるや、激しく揺さぶった。
世之介は、木偶人形のようにされるがまま、床の上に後頭部を叩きつけられながら虚ろな目をぽかんと見開き、うめき声ひとつもあげなかったが、朧たけた白皙はまたたく間に血の気を失い真っ青に、細長く優美なノド元は逆に真っ赤に腫れあがり、圧迫の強さを雄弁に告白していた。
ぼくはといえば、ただただ呆然となすすべもなく部屋のすみっこに立ち尽くしていたのだ。
たったいま耳にしたこと目にしていることのすべてが、とうてい自分自身の身近に起きている現実の出来事だとは信じられず。
せいぜい、すべてが本人たちによく似た巧妙な役者による、よくできた芝居にしか感じられなかった。
そんないじましい現実逃避をさえぎるように、
「おかみさん、いい加減になさい」
と、朔太郎が、腹にこたえるようなドスのきいた声で怒鳴ると同時に、母の両手首をまとめてギリリとひねり上げ、ひどく乱暴に振り払った。
母は短い悲鳴をあげて、板の間に横ざまに転げ伏したが、すぐに床に両手をつき、がばと頭を起こしながら、殺気だった目を今度は朔太郎にぶつけた。
「朔! お前、このあたしに無体な真似を。タダじゃすまさないよ」
「おかみさんこそ、あんまり無体な理不尽が過ぎやしないですかい?」
朔太郎は、いつもどおりの冷静な声色で言ったのだ。
しかし、仁王立ちで母を見下ろす顔は、ハタから見ているだけでゾッと背筋が寒くなるような残酷な決意に思いつめていて、ぼくをいっそうの不安と緊張で震え上がらせた。
「これに見覚えがおありでしょう、おかみさん? おとついの晩に、あんたがキョウチクトウの植え込みの根元にこそこそ埋めてたやつですよ」
そう言いながら、伊達男ぶりに磨きのかかる黒の背広のポケットに右手を突っ込んで朔太郎が取り出したのは、片端に西洋風のつくりの鍵を2つくくりつけた赤い組紐だった。
離れ屋敷の門前であね様がぼくに見せた、くだんの帯締と離れの門扉の鉄鍵に違いなかった。
「駐在さんは、お喜美さんの首根っこにできてたアザを、お喜美さんを滝つぼから引き上げるのに使った投網の縄の痕ってことで片付けたようですがね。けどね、おかみさん。アザってものは、生きた人間にしかできないもんなんです。死体の首に投網の縄がカラまったとて、アザになるはずがないんですよ」
「な、なにをお言い……」
「おかみさんが土ん中に隠しなすったこのヒモをお喜美さんの首根っこのアザと比べてみれば、ピッタリ同じ型に違いあるまいと。俺はそう思ってるんですよ、おかみさん」
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