小学校の2年生に進級する最初の日を、ぼくは、あね様の葬式のために欠席した。
あね様は、あね様自身がかつて童人形を放り捨てた同じ滝川に足をすべらせ、飛瀑に呑まれて死んだのだった。
滝つぼの真ん中に極彩色の着物の袖がくるくるくるくる渦巻いているのを、タケノコ狩りに出ていた奉公人が見つけた。
滝は竹林のずいぶん奥深くにあったから、気の早いタケノコ狩りが訪れてみなかったら、あね様の遺体は誰にも見つからぬまま水底に沈んでしまっていたかもしれぬ。
棺の中に横たわるあね様のお腹は、ぺたんこに戻っていた。
ほっそりとなった肢体に、お気に入りだった山吹色の晴れ着を着付けられ。たっぷり白粉を塗り、真っ赤な紅も瑞々しく、とても綺麗で静謐だった。
それだけに、衿の合わせの間から、首の付け根を横切る赤く細いアザがチラリとのぞいてしまっているのが、ことさら痛々しかった。
なんでも、滝つぼから遺体を回収するのに使った投網が首にからまってアザがついてしまったのだと女中さんらが話していた。
だが、そのときのぼくの頭の中には、生まれたてのカッパの赤ん坊が体にくっついたままのヘソの緒をあね様の首に巻き付けるや水の中に引きずり込んで、深く暗い滝つぼの底に一緒に沈んでいくという、ひどく荒唐無稽でおぞましい妄想がひとりでに思い描かれてゾッとなったものだから。庭で摘んできたばかりの金盞花の一輪をあね様の胸に叩きつけるように棺に入れるなり、あわてて身を引いたものだ。
不便な山奥にもかかわらず、二十畳づつの2間をつなげた座敷が手狭に感じるほど近在の人が多く集まってくれていたけれど、あね様がさも親しげに語っていた鍛冶屋の銀二さんはいなかった。
「なにせ銀ちゃんときたら、お喜美ちゃんにぞっこんだったもんさぁ。すっかり気落ちして、床に伏せったまんま起き上がれなくなっちまったらしいよ」
と、どこぞの小母(おば)さんが坊さんの読経の声にまぎれておしゃべりしているのが聞こえた。
やがて、そろそろ焼香もすむかという頃合いに、座敷の入り口の方が急にざわつきはじめた。
ぼくと並んで祭壇のわきに座していた母は怪訝そうに顔を向け、会葬者の後ろに現れた客の姿を見つけるやスッと静かに立ち上がると座敷の端をすり抜け、黒紋付の裾を蹴飛ばしながら白い脛もあらわにツカツカと威勢よく歩み寄っていった。
ぼくは、おろおろ辺りを見渡したが、広間の後ろをかえりみることのできない前方の参列者たちは、足のしびれをまぎらわすために尻の位置を右に左にもじもじ動かすことにばかり熱中しており、誰も異変に気付いてくれなかった。
助け舟を探すことをあきらめたぼくは、読経をさまたげないようこっそりと座布団を降り、そそくさと母の後を追いかけた。
まだまだ春も浅く座敷のすみには火鉢をいくつも焚いておいたほどだというのに、彼はずいぶんと気の早く、黒無地の絽の着流しをさも涼しげに着こなして、青々とした畳にはえる足袋の白さもまぶしいほど、まっすぐな凛とした立ち姿を見せていたものだった。
五本絽の軽やかな織目から透けてのぞく白地の長襦袢には、派手な真紅の曼珠沙華が大きく染め抜かれていたが、周辺の会葬者をぎょっとさせていたのは、その不謹慎ないでたちばかりではなく、雪花石膏の端正な白皙との境界すらあやふやな総白髪と、真っ黒い色眼鏡だったろう。
「お前。よくも、こんなところにノコノコと。どういう料簡だい、世之介!」
母は、端然と合わさった彼の衿を割り乱して引っつかむや、けたたましく怒声をあげた。
ほとんど体当たりに近い勢いで詰め寄られたはずみで、世之介の頭は前後に激しく揺らぎ、色眼鏡が外れて床に吹っ飛んだ。
否応なくさらされた切れの長い怜悧な両目は、白銀の冴え冴えとした睫毛にびっしりと縁取られていて。
その虹彩は血のように赤く、怒りに肥大した瞳孔も、熟成された葡萄酒のような暗紅色にぬれぬれと光っていた。
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