河童心中

昭和浪漫ただよう耽美な純文学ミステリー
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公開日時: 2021年6月3日(木) 14:07
文字数:1,597

小学校の2年生に進級する最初の日を、ぼくは、あね様の葬式のために欠席した。


あね様は、あね様自身がかつて童人形を放り捨てた同じ滝川に足をすべらせ、飛瀑ひばくに呑まれて死んだのだった。

滝つぼの真ん中に極彩色ごくさいしきの着物の袖がくるくるくるくる渦巻いているのを、タケノコ狩りに出ていた奉公人が見つけた。

滝は竹林のずいぶん奥深くにあったから、気の早いタケノコ狩りが訪れてみなかったら、あね様の遺体は誰にも見つからぬまま水底に沈んでしまっていたかもしれぬ。


棺の中に横たわるあね様のお腹は、ぺたんこに戻っていた。

ほっそりとなった肢体に、お気に入りだった山吹やまぶき色の晴れ着を着付けられ。たっぷり白粉おしろいを塗り、真っ赤な紅も瑞々しく、とても綺麗で静謐せいひつだった。

それだけに、えりの合わせの間から、首の付け根を横切る赤く細いアザがチラリとのぞいてしまっているのが、ことさら痛々しかった。

なんでも、滝つぼから遺体を回収するのに使った投網とあみが首にからまってアザがついてしまったのだと女中さんらが話していた。


だが、そのときのぼくの頭の中には、生まれたてのカッパの赤ん坊が体にくっついたままのヘソの緒をあね様の首に巻き付けるや水の中に引きずり込んで、深く暗い滝つぼの底に一緒に沈んでいくという、ひどく荒唐無稽こうとうむけいでおぞましい妄想がひとりでに思い描かれてゾッとなったものだから。庭で摘んできたばかりの金盞花きんせんかの一輪をあね様の胸に叩きつけるように棺に入れるなり、あわてて身を引いたものだ。


不便な山奥にもかかわらず、二十畳づつの2間をつなげた座敷が手狭てぜまに感じるほど近在の人が多く集まってくれていたけれど、あね様がさも親しげに語っていた鍛冶屋の銀二ぎんじさんはいなかった。

「なにせ銀ちゃんときたら、お喜美ちゃんにぞっこんだったもんさぁ。すっかり気落ちして、床に伏せったまんま起き上がれなくなっちまったらしいよ」

と、どこぞの小母(おば)さんが坊さんの読経の声にまぎれておしゃべりしているのが聞こえた。


やがて、そろそろ焼香もすむかという頃合いに、座敷の入り口の方が急にざわつきはじめた。


ぼくと並んで祭壇のわきに座していた母は怪訝けげんそうに顔を向け、会葬者の後ろに現れた客の姿を見つけるやスッと静かに立ち上がると座敷の端をすり抜け、黒紋付くろもんつきの裾を蹴飛ばしながら白いはぎもあらわにツカツカと威勢よく歩み寄っていった。


ぼくは、おろおろ辺りを見渡したが、広間の後ろをかえりみることのできない前方の参列者たちは、足のしびれをまぎらわすために尻の位置を右に左にもじもじ動かすことにばかり熱中しており、誰も異変に気付いてくれなかった。

助け舟を探すことをあきらめたぼくは、読経をさまたげないようこっそりと座布団を降り、そそくさと母の後を追いかけた。


まだまだ春も浅く座敷のすみには火鉢をいくつもいておいたほどだというのに、彼はずいぶんと気の早く、黒無地の着流きながしをさも涼しげに着こなして、青々とした畳にはえる足袋たびの白さもまぶしいほど、まっすぐな凛とした立ち姿を見せていたものだった。

五本絽ごほんろの軽やかな織目おりめから透けてのぞく白地の長襦袢ながじゅばんには、派手な真紅の曼珠沙華まんじゅしゃげが大きく染め抜かれていたが、周辺の会葬者をぎょっとさせていたのは、その不謹慎ないでたちばかりではなく、雪花石膏せっかせっこうの端正な白皙はくせきとの境界すらあやふやな総白髪そうしらがと、真っ黒い色眼鏡サングラスだったろう。


「お前。よくも、こんなところにノコノコと。どういう料簡りょうけんだい、世之介よのすけ!」

母は、端然と合わさった彼のえりを割り乱して引っつかむや、けたたましく怒声をあげた。

ほとんど体当たりに近い勢いで詰め寄られたはずみで、世之介の頭は前後に激しく揺らぎ、色眼鏡が外れて床に吹っ飛んだ。


否応いやおうなくさらされた切れの長い怜悧れいりな両目は、白銀の冴え冴えとした睫毛まつげにびっしりと縁取ふちどられていて。

その虹彩は血のように赤く、怒りに肥大した瞳孔どうこうも、熟成された葡萄酒ぶどうしゅのような暗紅色にぬれぬれと光っていた。


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