さて、こよみの上では夏といえども山間の夜は開襟シャツと半ズボンでは寒すぎた。
ましてや、昼間でもまったく日の光と無縁の分厚い壁造りの土蔵の中は、日が暮れるとなおさら。
長年にわたって漆喰に吸収され続けてきた湿気が冷気と連れ添い背筋をかけ上ってきて、柳編みの長尺行李を積み重ねてある上で泣き疲れて寝こけていたぼくを、ゾクリと震わせ目覚めさせたものだ。
重い扉を内側からドンドン叩いて許しを乞うことは、はなっから諦めていた。無駄に体力を消耗するだけだと経験で知っていた。
おなかの虫が悲しげに鳴きはじめ、ぼくの惨めさをいっそうあおる。
けれども、土蔵のてっぺんにある越屋根の開口から差し込んでくる月明かりのおかげで、かえって、日暮れ前より土蔵の一部は明るいほどで。そのことが、ぼくをずいぶん勇気づけた。
幸か不幸か、家人は、おしなべて倉庫の整理整頓が得意ではなかった。
土蔵に収納するべき荷物は、ほとんど明瞭な分別をされないまま、その都度の思い付きや便宜で、たまたま目に入った空き場所に漫然と片付けられていた。
だから、いざ何かを引っぱり出そうという機会に出くわすと、奉公人一同をあげて、やれどこに仕舞いおったかと毎度の大騒ぎになったものだ。
こちらに衣装行李の山があるかと思えば、すぐそばには鋤や鍬だのが立てかけてあるし、その向こうには、大豆やなた豆なんぞを詰めてあるらしい麻袋が何十とザックバランに積んであるようなありさまで。
靴下を履いた足で土間の三和土をうろうろするうちに、ぼくは、木製のお茶箱がいくつか並べて置いてあるのを見つけた。
手前のふたを開けると、内側にブリキを貼った箱の中に、新聞紙でくるんだ束が幾つもあるのをひとつ解くと、さらにご丁寧にヘギで包んで小分けした干し芋が現われた。別の新聞紙を開けると、そっちは干し柿だった。
ぼくは、それらを夢中で食い散らかした。なにしろ水気がないから、口に入れるそばから何度もムセ返ったけれど。
あんなに美味い干し芋と干し柿は、それきり一度も味わったことがない。
どうにか空腹をいやせば、少しは元気も出て。
さて、次は、一夜のしとねに代わるものはないかと開き直ってじっくり辺りを見わたす余裕も生まれた。
見当をつけて行李をいくつかあさっていくうちに、うまいことに、肌襦袢が何枚かと掻巻が出てきた。
女物の肌襦袢は、あれは、あね様のお古だったろう。奇矯なくらいに派手な色に染めてあったもの。
あね様は、その1年ばかりの間にグンと背が伸びて手足もすんなり細長くなっていた。
胸のふくらみも急に目立って、ぼくをひそかに面食らわせた。言動は相変わらず、たどたどしく子供じみて感情的だったけれど。
掻巻のほうは、首に当たる別珍のところが少しばかりカビくさかった。
でも、ありがたいことに、中綿にはそこそこの弾力があった。
肌襦袢を数枚重ねて羽織ったうえに掻巻で全身をくるめば、充分に寒さがしのげるはずだ。
ぼくは、ホッとひとまず安堵した。
ちゃっかりしたもので、こうなればせっかくだから、この土蔵での一夜を明日の学校での話題のタネにしてやろうじゃないかと急に思いつきさえした。
だとすれば、"母親に疎まれた哀れな息子の惨めな悲劇"では、とうてい格好がつかないのだ。
山奥のお屋敷から運転手付きの自動車で毎日通ってくるナマッチロくて大人しいお坊ちゃん……という悪童どもの偏見を思いっ切り見返してやるには、だんぜん、とびっきりの武勇伝が必要なわけで。
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