水無瀬くんと御子柴くん

イケメン高校生ピアニスト×平凡ツンデレくん。恋人模様を描く、一話完結型の青春短編連作。
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16−3:海の底でふたりきり 3

公開日時: 2021年4月18日(日) 09:24
文字数:2,556



「……問題発生」


 クロードの散歩から帰ってくるなり、御子柴がこめかみを押さえてそう言った。


 連れられて行ったのは、母屋と廊下で繋がっている離れだった。そこには御子柴のおばあちゃんが住んでいるらしい。いわゆる二世帯住宅ってやつだ。


 曰く、おばあちゃんが夕飯を作り置きしてくれているということだったらしいが——


『ごめんなさい、涼馬。旅行の準備にばたばたしてたら、カレーを作りそびれてしまいました 花枝』


 ……という、分かりやすい書き置きがリビングのテーブルの上にあった。


 母屋よりは幾分こぢんまりとしたリビングダイニングだった。俺の家よりも若干手狭なぐらいだろうか。物珍しげにきょろきょろしている俺の隣で、御子柴は深い溜息をついた。


「どーする? ピザでも頼む?」


「あー、えと」


 俺はちらりとカウンターキッチンを見やった。ガスコンロの上に大きな鍋が置いてある。が、きっと中身は空だろう。でも作ろうとしていた、ということは。


「材料はあるんだよな?」


「うーん、まぁ、そりゃそうじゃね」


「——もし台所使って良かったら、俺、作るけど」


「えっ」


 御子柴は目を丸くして固まった。あ、さては料理なんてできんのかって疑ってんな? 俺は腰に手を当てて、口を尖らせた。


「言っとくけど、うちで夕飯作ってんの俺だから」


「そうなの?」


「カレーなんて何百回も作ってるし。……で、使っていいのか、台所?」


「あ……うん、いいよ」


「分かった」


 お邪魔します、と小さく呟いて、俺はカウンターキッチンの中へ入った。入り口に赤いギンガムチェックのエプロンがかけてあったので、拝借する。


 冷蔵庫の中身を確認すると、カレーの材料はちゃんと揃っていた。俺はエプロンのヒモを締め直して、さっそく作業に取りかかった。


 空っぽの鍋にオリーブオイルを引いて、角切り牛肉を焼く。その間ににんじん、たまねぎ、じゃがいもをそれぞれカットしていった。


 にんじんは皮を剥いていちょう切り、たまねぎはボリュームが出るようにくし切り、じゃがいもは皮をよく洗って残すのが水無瀬家流である。もちろんじゃがいもの芽を取り除くのは忘れずに。


 と、作業が一区切りついたところで、入り口から強烈な視線を感じ、俺は振り返った。そこには俺の一挙手一投足をじっと見守る御子柴がいた。


「な、何?」


「見てる」


「いや、なんで?」


「見なきゃ損じゃない?」


 言っている意味がまったく分からない。御子柴は俺に歩み寄ってきて、ぴったりと隣につく。


「手際いいなー」


「だからいつもやってんだって。……危ないから向こう行ってろ。一応、包丁握ってんだぞ」


「じゃあ、手しまっておくから」


 言って、御子柴は後ろで手を組む。俺は非常にやりにくさを感じながら、じゃがいもを輪切りにしていった。


 十分、焦げ目のついた牛肉の上に、にんじんとたまねぎを入れて炒めていく。じゃがいもは煮崩れする可能性があるので、俺は煮込む直前に入れる。


 鍋の中で肉と野菜が上に下に混ぜ合わさっていくのを、御子柴は興味津々とばかりに覗き込んでくる。……いや、近い近い。


「邪魔?」


「邪魔っていうか……邪魔」


 じゃがいもを加えて軽く炒める終える。俺はシンクに向かい、メジャーに水を入れた。それをそのまま鍋に入れる。ちょうど具材がひたひたになる量だ。


 そこでいつものように隠し味を入れようとして、はたと動きを止める。


「おばあちゃん、いつもどうやって作ってる? ……って分かんないか」


「うーん、見たことねーなぁ」


「そっか。俺、ここに砂糖入れるんだけど、しないほうがいいかな……」


「いや、水無瀬カレーでお願いします」


 手を合わせて頭まで下げる御子柴に面食らう。


「あ、うん、いいけど……」


「やった」


 何故か御子柴は満面の笑みを浮かべる。俺は首を捻りながら、御子柴がそう言うなら、といつも通りカレーを作った。


 ぐつぐつ煮えた鍋の中の灰汁を取っている間も、御子柴は台所を離れようとしなかった。


「他はどんなもん作れんの?」


「別に普通だよ。ハンバーグとかオムライスとか筑前煮とか?」


「はいはい、俺、ハンバーグ好きでーす」


「手、上げるな。危ない。好きって言われても……作る機会がないっていうか」


「何、機会があれば作ってくれんの? 俺のために?」


「お、お前が言い出したんだろ」


「俺は好きとしか言ってないけど?」


 いつもの減らず口に腹が立って、危うく熱い灰汁をかけそうになるところだった。落ち着け、俺は大人だ。もうすぐ選挙権を得る立派な大人なんだ。そう言い聞かせて自制する。


「ごめん、嘘だって。いつか食いたいな、水無瀬のハンバーグも」


 一転、殊勝な様子でねだる御子柴に、俺はぎゅっと口を尖らせた。


 くそ、綺麗な顔でにっこり笑えばなんでも通ると思って。分かっているのに、俺はカレールーのパッケージを確認するふりをしながら、もごもごと言った。


「じゃあ、今度、できたら……気が向いたら……弁当作ってくる」


「え、マジ!?」


「いらないならいい」


「いるいる、いります。てか、手作り弁当かー……うわー」


 その反応はバレンタインに生チョコを作って来た時のことを彷彿とさせた。あの時は、まぁ、喜んでくれたから、今もきっとそうなんだろう。鍋にルーを割り入れながら、俺は密かに口元を緩めた。





 かくして、無事に夕食が出来上がった。


 御子柴のおばあちゃん家の食卓に並んだのは、カレーライスとサラダだ。


 サラダも残っていた生野菜を拝借して、簡単に作った物だ。千切りキャベツにトマトに缶詰のコーン。彩りがあるとなかなか立派に見える。


『いただきます』


 食卓を挟んで、向かい合って座った御子柴と手を合わせる。御子柴がスプーンでカレーを掬い、口に運ぶのを、俺はなんとはなしにじっと見守っていた。


「んっ、うまい」


 一口食べてそう言った御子柴に、俺はほっと肩の力を抜いた。御子柴はいつものように早食いで、カレーを飲み物か何かのように平らげていく。


 それを見て俺も思いだしたように、サラダのトマトをつまむ。


「おばあちゃんのと味違う?」


「違うけど、うまい」


 御子柴の皿は瞬く間に空になってしまった。すぐさま立ち上がり、弾むような足取りでおかわりを取りに行く様子を見て、俺はそっと俯いた。


 口の形が変になりそうなのを必死に堪える。顔が火照っているのを、辛さのせいにしたくて、ルーを多めにしてカレーを頬張った。



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