意識がぷかりと浮かび上がった。夜の海の底から海面へと浮上するように。
薄く目を開けると、そこは見慣れない部屋だった。
モノトーンのデスクの傍にある小窓から、薄く朝日が差し込んでいる。横を向いていた体を緩慢な動作で仰向けに転がすと、これまた見慣れない天井があった。シーリングライトは消灯したままだった。
「あ、起きた」
さらに顔を右に向けると、同じベッドに御子柴が半身を起こして座っていた。
すぐ横の窓によりかかってスマホを触っている。ちらりと見えたのはメッセージアプリの画面で、誰かとやりとりしているようだった。
それも一区切りついたのか、御子柴はベッドサイドにスマホを置いて、カーテンを勢いよく開けた。
しゃっという音と共に、待ち構えていたように日の光がなだれ込んでくる。
「まぶしっ」
俺はとっさに頭まで布団をかぶった。
「はい、もう起きる」
「んー……!」
布団を剥ぎ取られそうになるのに、なんとか抵抗する。御子柴は意外と諦めが早かった。「はぁ、もう」などと溜息を吐いている。
しばらくダンゴムシのように丸まっていた俺は、布団からちらりと目だけを覗かせた。御子柴は可笑しそうに肩を振るわせていた。
「前から思ってたけど、水無瀬ってよく寝るよな」
「悪いかよ」
「いや、いいんじゃん。ぐーすか寝てるの可愛いし。三歳の甥っ子に似てる」
「子供扱いすんな……」
「誤解だって。——俺、ガキにはあんなことしねーよ?」
にやりと吊り上げられた唇を見て、呆気に取られていたのは一瞬だった。
こいつの思惑通りだということは分かっているのに、顔がぼんっと沸騰した。一拍遅れて、昨夜のあれやこれやが津波のように襲ってくる。
俺はがばっと上半身を起こすと、手近にあった枕で何度も御子柴を叩いた。
「うるさいばかっ、お前はっ、朝からっ、何言ってんだ!」
「痛いって。暴れるな、ステイステイ」
俺はクロードじゃない! 大きく振りかぶった枕を掴まれ、強引に引き寄せられる。
体勢を崩した俺を難なく受け止めて、御子柴は音もなく口づけてきた。
「——おはよう、水無瀬」
鼻先が触れるほど近くで、にっこりと微笑まれる。
俺はぐっと言葉に詰まって、枕に顔を埋めた。
……完っ全に分かっててやってる、こいつ。自分の顔がいいって知ってるし、それに弱い俺のことも分かってる。それを俺も分かってる。なのに逆らえない。
「汗かいたろ、シャワー浴びてきたら?」
「ん……」
穏やかにそう促され、俺はもぞもぞと枕から身を離した。御子柴のことを睨んだままベッドを降りて、部屋のドアに向かう。
「あ、一緒に入る?」
言うと思った、このばか。
「入らないっ」
俺はわざと音を立てて、ドアを開閉した。
一人、廊下に出ると、途端に朝の静寂が身に染みこんでくる。
俺はまずリビングに向かって着替えを取ると、昨日も使わせてもらった洗面所兼脱衣所に向かった。
その間中、頭を過るのはもちろん昨夜のことだった。いちいち具体的に思い出しては、その度に立ち止まって頭を抱えた。
何を……なんてことをしてしまったんだ。下手に思考に囚われると叫び出しそうになる。
脱衣所に入った俺はさっさと熱いシャワーで諸々を流してしまおうと、服を脱いだ。洗面台の鏡に自分の姿が映る。
保健室でのことを思い出し、はっとして肌をくまなくチェックした。首に、肩に、胸、それから背中——
「あれ……」
鏡に映る自分の上半身は綺麗なものだった。いや、綺麗ではないけれど……少なくとも、あの時のような鬱血の跡はなかった。
そういえば、昨夜は強く吸い上げられるようなことはされなかったような気がする。必死すぎて細かいことまでは覚えてないけれど、この跡のない体が証拠だろう。
「そっか……」
俯いて呟いた自分の声が、思った以上にか細いのに驚く。
い、いやいやいや。別に残念なんて思ってないし。大体、あの感覚ちょっと苦手なんだよ。痛いとかそういうんじゃないけど、なんかこういてもたってもいられなくなるっていうか。
でも……一回ぐらいは。一個ぐらいは……
「——あーもう!」
俺はぶんぶんと大きく首を振った。そして今度こそ服を綺麗さっぱり脱ぎ捨てて、頭からシャワーを浴びた。最初は冷たい水が出ることを失念していて、悲鳴を上げたけれど。
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