「——ってことが昨日あってさ」
普段よりも厚着した野仲が昨日遭遇した不可思議な体験を蓮乃、東雲、八条に共有していた。
「遠かったから白装束ってやつなのかも自信ないんだけど」
当然、夜遅くまで旧校舎で妖祓いの手伝いをしている、など口が裂けても言えるはずがないため、夜食を買いにコンビニに行った帰りと言う体で話を進めていた。
現在は下校時刻。蓮乃は運動部の助っ人、八条は生徒会、東雲は帰宅前の隙間時間である。
「おいおいおいおいキョウ。お前それあれだって、幽霊! 幽霊だよ絶対!」
蓮乃が鼻息荒くまくし立てる。蓮乃もなんだかんだ都市伝説だの幽霊だの、その手の話が好きなんだよなぁと思いながら、野仲は鼻息荒く顔を近づけてきた蓮乃を押しやる。
「だぁからそんなわけないでしょってバカ蓮乃! あれよきっと、白いワンピースを着た普通の女の人よきっと」
横から八条が異議を唱えた。野仲に顔を押しやられてタコのような顔になった蓮乃がすかさず反論する。
「こんだけしゃみぃのにしょんな格好のヤツいたら逆に怖えわ!」
「いや体育で半袖短パンのあんたに言われたくないわよ神経どうなってんのよ」
いつもより近距離で言い合う蓮乃と八条。
そういえば蓮乃も八条も下手の横好きというか、好きなくせに怖がりだったな、と呑気に思わせてくれる二人に野仲は内心感謝した。正直、怖さもあるがそれ以上に、なんだか嫌な感じがする。
「野仲くん、大丈夫? 顔色悪いよ?」
眉間にしわを寄せた東雲が不安そうに野仲の顔を覗き込む。
虚をつかれドキリとした野仲はふいに目を逸らす。確かに昨晩からやけに体が冷え、体調が優れない。見透かされたような気持ちからか、近距離砲の威力か、野仲の鼓動が早くなる。
「ありがとう東雲、心配かけてごめん。今日はもう帰ってすぐ休むから大丈夫」
野仲が努めて明るく笑顔で言うと、より一層眉間のしわを深くして東雲が何やら考え込み、一寸の沈黙の末。
「おくる」
「ん?」
東雲がボソッとつぶやいた一言を野仲が聞き返す。
「送る」
「え、あ、ありが、とう?」
「鞄取ってくるね」
そう言って足早に教室を出た東雲の後ろ姿を、野仲は呆然と見送った。
数秒固まったのち野仲は頭をかく。バシン、と背中に衝撃を感じ振り返ると、蓮乃に叩かれたようだ。
「うっし、したら助っ人行ってくるわ、気ぃつけて帰れよ」
「野仲、いい? 世話焼きな子はいい妻になるわよ、いい?」
ひらひらと後ろ手を振る蓮乃と、謎の良き妻像を説きながら離れていく八条に、野仲は慌てて別れの言葉をかけた。
少し落ち着いて、今日も寒いな、と腕をさする。外では雪が降り続け、ここ数日は気温もさらに冷え込んでいる。
今日はこの体調だし、ちょっと和の手伝いはできないな。この雪のこと何か知ってるのか聞こうと思ってたのになぁ。あとで謝りの連絡入れとかなきゃ。
そんなことを考えているうち、東雲が戻ってきた。
「お待たせ、帰ろ?」
長く綺麗な黒髪をなびかせて、後ろ手に鞄を持った東雲が笑顔を向けた。
しんしんと真っ白な雪が降り、野仲の吐く息も白く色づく。5月には到底見えない光景だ。
野仲は4日前にクローゼットから引っ張り出してきた真冬用の厚手のダッフルコートとマフラーに身を埋めながら、隣を歩く東雲の話に相槌を打っていた。
「それでね、希ったら私が悪いって言うのよ、ひどくない?」
東雲はここ数日の八条との出来事を愚痴めいて、しかし楽しそうに野仲に話していた。寒さからか紅く染まる頬の前を白い息がよぎる。
「ははは、八条らしいなぁ。でも僕もそれは東雲が悪いと思う」
「え、うそ……」
野仲の軽口に、東雲は「む」と眉間に軽くしわを寄せた。
学校を出てから野仲の体調を気にかけていた東雲だったが、少しずつ普段のような会話が弾むようになった。
いつからだったか定かではないが、ふたりはこうして頻繁に一緒に下校をしている。定かではないが2年に上がってからなのは間違いない。
1年生のとき、東雲は生徒会に入っていたため、帰宅部の野仲とは下校時刻が合わなかったからだ。
2年への進級とともに生徒会は辞退したそうだが、理由を野仲は深く聞いていない。当時同じく生徒会に所属していた八条からも何も言われたことがなかったため、野仲も特別気にかけたことはなかった。
2年に進級しクラスは分かれたものの、話す時間は1年時よりも多くなっていた。話は尽きることなく、今日も今日とて話題には事欠かない。
話に花を咲かせていたところで、軽快な電子音が野仲と東雲両方の懐から発せられた。2人同時に鳴ったため、野仲、蓮乃、東雲、八条4人のグループに連絡があったことを知らせる通知音であるとすぐに気づき確認する。
画面には八条希という名前が表示されている。
『ねぇ、SNSのグループ投稿みた!? なんか流れてきた画像!』
八条が汗マークの絵文字を文末につけ、焦ったような問いかけを送ってきていた。が、内容がなんともピンとこない。
「八条どうしたんだろうね。東雲は何か知ってる?」
「ううん、特別なにも」
細かにやりとりをするにしても道端では……となった野仲と東雲は、近くのファーストフード店に入ることにした。そして軽くだけ注文し席につく。
「東雲、本当に大丈夫だった? 寄り道になっちゃったけど」
「私は大丈夫。野仲くんこそ、体調は大丈夫?」
東雲は門限が厳しいらしく、一緒に帰る中でも寄り道をすることはほとんどなかった。野仲は心配したつもりだったが、逆に心配され返してしまった。
「僕も大丈夫。ちょっと寒気はするけど、寝たら治るよこれくらい」
少し強がりではあるが、嘘ではない。東雲は安心したようで、ふたりで八条からの連絡がきていたアプリを再度開く。
既読の数から蓮乃はまだ見ていないようだ。画像が1つ送られてきているが、その後に八条が連続で文章も送付していて流れてしまっていた。
『私も先輩から聞いて知ったんだけど』
『なんか今朝撮られた写真みたいで』
『作り物っぽいっていう意見もあるみたいなんだけど』
『ちょっとリアルで怖いなって思って。野仲は玲奈を家まで送ってあげて。蓮乃は私を待ってなさい。帰ったら折るわよ』
蓮乃は何を折られるんだ? と思いながら、野仲は東雲を横目で見る。東雲は口元を手で覆い、険しい顔で画面に見入っていた。
野仲はアプリのトーク画面を少し戻り、流れてしまっていた画像を見る。何かを遠巻きに撮影した写真のようだ。よく見ようと拡大して息を呑む。
——人だ。
だがそこだけ時間が切り取られたかのように固まっている。比喩ではなく、本当に固まっていた。
それは、氷漬けとしか表現のしようがない状態の男性の写真だった。拡大した影響で画質が荒い中でもわかる、苦悶の表情を浮かべている。
ただ、ショッキングではあるものの作り物と言われれば納得もできる、不明瞭な写真だった。
しかし野仲が息を呑んだ理由は別にあった。その理由のせいで、作り物でないであろうことを野仲は嫌でも悟ってしまった。
野仲は”識っている”。故に視えてしまった。
男性の周りに群がる無数の異形——妖の姿が。
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