地に落ちた枯葉を踏みつけ、僕は足早に校門を抜けた。
涙をこぼさない様に、顔を上げよう。目の前には、今にも泣き出してしまいそうな空が、広がっていた。
ポツリポツリと、悲しみを吐き出すかの様に雨が降って来る。それを見ていると、僕は泣いてしまった。
僕の隣を、車の列が次々と走り去って行く。この列へ飛び込めば、僕は車に轢かれて死ぬ事が出来る。楽に、自由になれるんだ。
だが、僕にはそんな勇気はない。それだから、中途半端に生きる事しか出来ないんだ。
激しい雨に打たれ、傘もささず、ずぶ濡れになりながらトボトボと家を目指す。水溜りに移る自分の姿を踏み消し、俯きながら歩いて行く。
ドスッ…… !
前を見て歩いていなかったせいで、何かとぶつかった。僕はよろめき、転びそうになる。
「おいおい、兄ちゃんよー。どこ見て歩いてんの ?」
誰かに声を掛けられ顔を上げると、赤金髪の奇抜なヘアーをした、柄の悪い少年が立っていた。彼も傘を持たず、体全体びしょ濡れだ。
どうしよう。ヤンキーと出会って、怒らせてしまった。
「あっ…………」
僕は直ぐに謝ろうとしだが、恐怖で声が上手く出せなかった。
「あーん ? お前……俺の事、誰だか分かってんのかー ?」
少年はそう言いながら、ゆっくりとこちらへ近づいて来る。逃げようとすると、僕は彼に胸ぐらを捕まれてしまった。
お、おしっこちびりそう。
この人って、もしかして…… !
「この、イナズマ組の武寧陽翔様を、知らねーとは言わせねーぞ」
彼の言葉を聞き、僕は無事では帰れないと悟った。
イナズマ組とは、地元でとても恐れられている、ヤンキーグループの事。適当につけられた様な、ふざけたグループ名だが、かなり危ない連中だ。
頻繁に暴力事件を起こし、警察沙汰となっている。一番、関わってはいけない人間の集まりだ。
「ごっ……め、んなさい」
僕は消え入りそうな声で、心から謝罪した。
「はあー ?謝って許される事じゃーねーぞ。なんたって、俺様に体当たりして来たんだからよー。土下座しろや !」
陽翔は意地の悪い笑みを浮かべ、僕の腹に拳を入れた。胃が潰れてしまいそうな痛みを感じ、僕は硬いアスファルトへ転がった。
「ほらほら、どうしたあー ? 土下座しろや ! ハッハハハー」
「ぐはっ…………」
苦しむ僕を見て、陽翔は楽しそうに笑う。そして、足で僕の頭をグリグリと踏みつけてきた。
「ゆ、許して……下さい」
「クッハハハハー。俺様の強さを思い知ったかよー。この、クソガキがっ !」
駄目だ。全く許してくれない。このままだと、頭蓋骨や脳みそが変形しそうだ。
下校中の生徒達が通り過ぎて行くが、誰一人として、僕を助けてくれない。皆、見て見ぬ振りをして足早に去ってしまう。
住宅の密集した川沿いを歩いているのに、人通りが少ない。もしかすると、町の人々はこの道を避けているのかも知れない。
「なあ、兄ちゃんよー。金か命、どっちが大事だあー ?」
陽翔は腰を屈め、僕の頭を鷲掴みすると、顔をこちらに近づけてそんな質問をしてくる。僕は、「い、命です」と即答した。
すると、陽翔はピタリと足を止め、無邪気な笑顔を見せた。
「そうかあー。それじゃあ、罰金で勘弁しといてやるよー。財布出せや !」
即座に鞄から財布を出し、僕は震える手で陽翔にそれを渡した。
「へー、なかなか持ってんじゃねーか。これは、俺様が全て貰ってやるよ」
陽翔は、僕の財布から紙幣を抜き取ると、それをパーカーのポケットに入れた。そして、満足気な顔をして去って行く。その背中を睨みつけ、地に投げ捨てられ濡れた財布を、僕はそっと拾った。
財布の中身は当然、空っぽだ。貯金していた五千円が、一瞬で消えてしまった。帰り道に、欲しかったゲームを買う予定だったのに最悪だ。
この町は、いつだって危険に満ち、どうしようもない程に狂っている。
ほら、今も遠くでパトカーのサイレンが鳴り響いている。また、どこかの誰かが悪さをしたのだろう。
一宝町は、物騒な場所だ。
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