ある日、ふかふかの立派なソファーに座り
、お母さんと歌番組を見ていた。オレンジジュースをストローで吸い込み、俺は言う。
「ねえ、お母さん……俺、保育園に行くのやめる」
「え、永戸、貴方は何を言ってるの ? 行かないといけないわよ。もしかして、保育園で何かあったの ?」
「変な奴ばかりで、うんざりなんだ。だから、俺は誰とも関わりたくない。いつも、一人で居る」
俺が不満を吐き出すと、お母さんは俺の頭をそっと撫でた。
「大丈夫……大丈夫よ。きっと、貴方が個性的すぎて、周りがついてこれないだけね。貴方は普通の子とは違うから、何か特別な事をしてみると、才能が開花するかもしれないわねえ。……あのね、こうしてテレビに映っている人達の事を、芸能人って言うのよ。芸能人は、とっても個性的な人が多いの。常識に囚われず、自分の生き方をしているわ。だから、貴方は絶対に大丈夫よ。何か好きな事を見つければ、きっと全て上手くいくわ」
「……そうなんだ。じゃあ、俺……ダンスがしたい。運動会で踊るの楽しいし、踊ってる人を見るとワクワクするから」
「ダンスッ ? 良いわね。永戸はダンスがとても上手だからね。それなら、ダンス教室に通いましょうか。踊れる歌手になって、芸能界デビューするのも良いわね」
お母さんは嬉しそうな笑みを浮かべ、紅茶をゆっくりと口へ流し込む。お母さんの話を聞いて、なんだか気持ちが楽になったな。そして、人に合わせず、自分の世界で生きる芸術家に憧れた。
「あのね、実はお母さんは昔、芸能界に入りたかったの。でも、それが叶わなかったから、子供が芸能関係の仕事をしてくれたらなって思っていてね。……特殊な人は、普通の人には理解できない独特な感性を持っているから、世間では辛い思いをするの。でもね、凡人には出来ない素敵な力を持っているから、星の様に輝く事が出来るのよ。人と違うって、それだけ魅力的な事なのよ」
俺は、そんなお母さんの言葉を信じた。それに感謝した。今までは自分が普通だと思っていたが、そうじゃないと知れて本当に良かった。まあ、俺が正しく、周りが間違っている事には変わりない。
お母さんのおかげで、俺は無事にダンス教室に通う事ができた。教室は都会の方にあるので、少し距離はあるけど問題ない。ついでに、もう一つ気になっていたドラム教室にも入った。どちらも、日々のストレス解消になってるし、心の逃げ場にもなる。
俺に生き甲斐をくれたお母さんには、心から感謝している。俺はリズムと一体化する事で、自分を表現できるんだ。俺は俺らしく生きて、この世界で自分色に輝こう。その姿を、お母さんに見てもらうんだ。
だが、そんな夢も虚しく散ろうとしている事を、この時の俺は知らなかった。
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