「君、もしかして僕を殺そうとしているの ? フッハハハハハハハー。これでも、そんな元気はあるかなー ?」
「あーーーーっ、くっそ……油断した。痛いぞ。血が止まらないぞ」
ワンダの痛々しい悲鳴を聞き、僕は彼女の方へ目を向ける。
細く白いワンダの腕から、桜色の液体が流れてくる。鋭く尖った永戸の長い爪が、ワンダの腕に突き刺さり、がっしりと掴んでいる。彼女の手から、握っていたナイフが落ちた。
「へー、君の血は特殊な色をしてるね。なかなか、面白いじゃないかー。フッハハハハハハハー」
永戸は楽しそうに笑うと、ワンダを一回転させ、地面へ叩きつけた。頭から血を流し、アスファルトをピンクに染めていくワンダを踏みつけ、永戸はこちらへ歩いてくる。
「少し、邪魔が入ったね。今度こそ、君の番だよ。もう、君の顔は見たくないから、瞬殺してあげるねー。一瞬であの世へ行けるから、安心しなよ」
あれだけ永戸の体をナイフで刺したのに、彼は血塗れになっても動いている。この人は、歪んだ世界が生み出した悲しい化け物なんだ。
なんとかして、彼の暴走を止められないだろうか。……そうだっ ! 麗崇から貰った、魔法の粉を使おう。
僕はポケットから、七色に光る粉が入った小さな袋を取り出し、その中から粉を取り出した。これで、永戸を眠らせよう。
赤い瞳を光らせた永戸の恐ろしい顔が、僕に接近してくる。僕は永戸との距離をギリギリまで近づけ、魔法の粉を彼に向かって投げた。
すると、永戸は僕の前から一瞬で姿を消した。粉は宙でバラバラに散らばり、風に吹かれてどこかへ飛んでいく。
「ねえ、教えてよ。あの粉って何 ?」
僕の耳元で、永戸が囁いた。その不気味な声の方へ目を向け、僕の魂は震え上がる。永戸は今までにないくらい、怒りに満ちた表情で僕を見つめている。そして、口角を上げたまま彼は言った。
「いちいち、僕の邪魔をするなよなー。おもちゃのくせに、僕に抵抗するなー。こんなの、全く楽しくないじゃないかー」
しまった。失敗した。もう、これで終わりだ。時間を巻き戻し、もう一度あの魔法の粉を震える手で包みたいものだ。
永戸は爪を立て、僕の左胸へ凄まじい速度で手を近づけていく。このまま、僕は彼に心臓を抉り取られて死ぬんだ。
僕の人生は一体、何だったのだろう。得体の知れない女の子と出会い、危ない事件に巻き込まれ……。最後は僕を虐めていた生徒を助け、殺人鬼に殺されるのか。あまりにも、不幸な人生だ。なんだか、自分が可哀想になってくる。
僕は涙で顔を濡らし、自分の死をそっと待った。これでやっと、生き地獄から抜け出せる。漫画家になるなんて、叶わない大きくて最悪な夢を捨て、楽になれる。大嫌いだった、上野飛華流として生きる事もやめられるんだ……。それって、僕にとって一番幸せな事なんじゃないのか ?
そうだ……これで良いんだ。天国へ行ったら、雲の上で思う存分に眠ろう。もう二度と、こんな残酷な世界には生まれたくない。二度と、無意味な存在として生きたくはない。
次の人生では、今の僕とは真逆の人物になり、神に命を授かりたい。
「永戸君、こっちを見てっ ! ほら、菜月ちゃんだよ」
どこからか突然聞こえた愛羅の声に、永戸はピタッと動きを止めた。
「や、やめてよ離してってば !」
「もう、じっとしててよ。永戸君を元に戻すには、貴方が必要なの」
抵抗する菜月を引っ張り、愛羅は永戸に接近する。二人は茶髪のくるくるとしたツインテールで、こうして一緒に並んでいると、どちらがどちらか分からなくなる。似たような仕草や口調で、まるで双子の様だ。二人がこんなにそっくりなのは、ただの偶然だろうか。
しかし、顔はあまり似ていない。菜月の方が、愛羅よりも整った顔立ちをしている。
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