「えっ……どうして ? 警察に渡すんじゃなかったの ?」
「そうだそうだ ! 他人がずっと家に居るなんて、気持ち悪い」
僕の後に続き、真誠も反対の声を上げた。
「昨日の夜、ママとと話し合って決めた事だ。まあ、驚くのも無理ないけど、歓迎してあげな」
「パパ……何でだよっ ! パパなら、もっと正しい判断が出来ると思ってたのにさ」
不快そうに真誠が頬を膨らませると、パパが説明する。
「……昨日、よく考えてみたんだ。人間嫌いな飛華流が誘拐なんてする訳ないし、皆がそう思うのも無理はないってね。もし、その子が普通の迷子だったら勿論、警察にお願いしてたけど……これは、かなり特殊な状況だったからな」
「それに……この子、きっと不安だと思うの。日本語も分からないみたいだし、このまま外へ出たら、きっと大変な思いをする事になるよ。とても、心細いはずよ」
「……確かにそうかもしれないけど、この子がどうなろうが、俺達には関係ないだろ。ママは、優しすぎるんだ ! 警察に言えば、何とかなるって」
小学二年生にしては、真誠はかなりしっかりとした思考を持っている。正直、僕も真誠の言う通りだと思う。
「あんたって、薄情だね」
ママのそんな言葉が、僕の心に突き刺さる。まあ、今のは僕じゃなく、真誠がそう言われたんだけどな。それに、ママがかなり情に厚いだけだろう。
プイッとそっぽを向く真誠に呆れながら、ママは再び口を開く。
「警察だってどうしようもなくなれば、この子を施設に入れるよ。そんなの可哀想だし、この子の帰る所か住む場所が見つかるまでは、私達で面倒を見るのよ」
「へー、あっそう。俺は、どうなっても知らないから。じゃあ、ごちそう様」
真誠はスープを飲み干すと、そのまま部屋を去ってしまった。
「全くもう……あの子ったら、頭が固いんだから。そう言う所、パパに似たんだね」
ママは、呆れた様な目をパパに向ける。
「……いいや、ママが楽観的すぎるんだよ。真誠はただ、真面目なだけ」
それだけ発すると、パパはは黙々とパンを食べ続ける。
確かに、真誠はパパ似だ。濃い顔立ちをしているし、現実主義だからな。
そうして、しばらく沈黙が続いた後、ずっと静かだった少女が、謎の言語を発した。
「ウウバワッ、ワマレズルイ……」
俺は、少女の声に顔を上げる。サラダを素手で掴み、少女は不快そうな顔をしている。この子は、箸の使い方も分からないのか ? 本当に、どこの国から来たのだろう。
手についたゴマドレッシングをペロリと舐め、少女はコップのお茶を勢いよく飲んだ。多分、食事が口に合わなかったのだろう。
「フモクウ、シュイウラスナルイ !」
少女は残した物全てを、僕の方へ渡して来た。
いやいや、人の食いかけなんて要らないよ。僕はそのまま、少女の皿をママの前へ置いた。
「少ししか食べてないけど、大丈夫 ? 口に合わないものばかりで、ごめんね」
ママは、申し訳なさそうに少女に謝った。
しかし、首を傾げる少女には、ママの気持ちは一切伝わっていないみたいだ。心が通じ合わないと、こんなに不便なんだな。
「この子と一緒に暮らすなら、互いに会話が出来ると良いんだけどなあ。今のままだと、何かと困るから……」
パパがそう言うと、ママが直ぐに言った。
「私達が、この子の言語を理解するのは難しいわ。だから、この子に日本語を教えてあげれば良いのよ」
「まあ、俺も教えてあげられない事もないが、仕事で忙しいからなあ……」
「焦る必要はないし、少しずつ覚えてもらえば良いのよ。それに、普段は飛華流や真誠にお願いすれば良いわ」
「はっ ? どうして僕達が、そんな事をしないといけないんだよ ! さっきから黙って聞いていれば、勝手な事ばかり言ってるし……いい加減にしてよ」
ママの発言に腹が立ち、僕は二人の会話を遮った。
「そんな事言わないで ! この子もきっと、歳の近い貴方達に教えてもらった方が、安心するから……ねっ ?」
「……もう良いっ ! ごちそう様」
声を荒げ席を立つと、僕はママ達に背を向けて歩いて行く。
僕が少女の為に時間を削って、日本語を教えるだって ? 冗談じゃない。家の中でくらい、自由にさせてくれよ。
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