次第に息苦しさも消え、水中での寒さも感じなくなった。その代わりに温かくて優しい何かが、そっと俺を包み込む。とても、心地がいい。
「永戸、安心して。私はいつでも、貴方の側にいるわ」
懐かしく品のある女性の声に、俺は目を開ける。この声は……もしかして、母さんか ?
すると、そこには眩い光に満ちた、とても美しい空間が広がっていた。辺りには、白く大きな雲がいくつも浮かんでいて、自分はその上に乗っている。
俺の目の前に、死んだはずの母さんと父さんの姿があった。二人とも、こちらに優しく微笑んでいる。俺はどうやら、天国へ到着できたみたいだ。
「母さん、父さん……会いたかった」
俺は二人の姿を見て、思わず泣き出してしまった。これで、俺はやっと生き地獄から解放されるのか。
母さんは、俺をそっと抱きしめてくれた。昔によく感じた母さんの温もりに、涙が止まらない。
「永戸、貴方はとても良い子ね。よく頑張っているわ。でもね、まだここへ来るには早いのよ」
「え、何だよそれ。俺はもう、母さんから離れない。これ以上、あんなくだらない世界で生きるつもりはねー」
「いいえ、永戸……生きなさい。貴方は、人から愛されなければいけないわ」
母さんは、何が言いたいのだろう。それが、俺の生まれてきた意味なのか ?
「俺は……愛される為に生まれてきたのか ?」
「今は辛いかもしれないけど、貴方は絶対に大丈夫よ。いつか必ず、貴方の事を理解してくれる素敵な仲間が現れる。貴方が貴方らしく生きられる、最高の居場所が見つかるわ。……永戸、貴方は愛を知る為に生まれてきたの」
母さんの言葉に、俺は幼い子供のような鳴き声を上げた。
そうか……俺は愛を知らない。
「永戸……お前に限らず、全ての生物は、愛を学ぶ為にこの世に生まれてくるのさ」
父さんは、どこか悲しげにそう言った。父さんは母さんではなく、あのラーメン女を愛した。
だが、今はこうして雲の上で母さんと幸せに暮らしている。その光景を見ると、愛の正体がますます分からなくなった。
「永戸、貴方は私の自慢の子供よ。自分を信じ、人に心を許し、強く生きなさい」
母さんは俺の頭をそっと撫でると、父さんと共に更に天へと舞い上がっていく。
「待て ! 俺を置いていくな。俺を一人にするなー。父さん、母さーーん」
泣き叫ぶ俺に、二人は優しい笑顔を向けたまま、空へと吸い込まれていく。
必死に手を伸ばすが、父さんと母さんに触れる事は出来ない。また、俺を置き去りにするのか。悲しさや寂しさと同時に、怒りが込み上げてきた。
父さんと母さんの姿は完全に消え、俺は暗闇に包まれる。その直後、全身に冷たさを感じた。
目を覚ますと、綺麗な青空が無限に広がっていた。俺は運良く、川のほとりまで流されたらしい。きっと、父さんと母さんが俺を救ってくれたんだろう。
力なく立ち上がり、俺はポタポタと水滴を垂らしながら歩き出す。
そうだ……俺は、負けてなんかいられない。
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