「永戸君、好きです。菜月ちゃんと付き合って下さい」
菜月からの突然の告白に、俺は戸惑った。
しかし、俺の口から自然と言葉が溢れ出た。
「……べ、別に良いけど」
「やったー。永戸君、大好きだよ」
菜月は嬉しそうに飛び跳ね、俺に抱きついた。俺も気づけば、菜月を抱きしめていた。菜月の優しい温もりを感じ、俺は気づく。
俺は、菜月が好きなんだ。
ここは、学校の屋上だ。もし、誰かがやって来て、この光景を見られたら最悪だ。俺は直ぐに菜月から離れ、恥ずかしくなってそっぽを向いた。
俺の人生初の恋人は、少し変わったぶりっ子。それでも、俺の生きる希望の光だ。
前に菜月と街へ遊びに出かけた時に、菜月は大きな赤いリボンを付けた熊のぬいぐるみを欲しがっていた。それを、たまたま見つけたので、俺は盗んで公園でプレゼントした。
「これ、やるよ。お前、欲しがってただろ ?」
「わあっ、永戸君ありがとうっ ! 大切にするね。可愛い熊ちゃんだなー」
菜月はベンチに熊のぬいぐるみを座らせ、その隣に嬉しそうに腰を下ろす。菜月の純粋な笑顔を見ていると、俺の汚れた心が癒されていく。
その日から菜月は頻繁に、あれが欲しいこれが欲しいと、俺にねだってくるようになった。俺はもっと菜月を喜ばせたかったし、嫌われるのが怖かったので、盗みに力を入れた。
俺が何かをプレゼントする度に、菜月は宝石の様に綺麗な笑顔を見せてくれた。俺はそれだけで、十分だった。
幸せが訪れると、その後には不幸がやってくる。
緑の葉が少しずつ枯れ落ちてきた頃、とんでもない事件が起きてしまった。
腹が空き、三角コーナーに入った残飯をあさっている時だった。
ドドドドドドドドッ、ドーーーーンッ !
階段から、勢いよく何かが落下してきた様な、大きな音がした。何事だろうか。
ダイニングルームを出て、俺は音のする方へ向う。
すると、階段の前で、出血した父さんが倒れているのを発見した。
「お、おい、父さん。しっかりしろよ」
体を揺すって声をかけるが、父さんは目を見開いたまま全く反応しない。階段から足を滑らせ、転落してしまったんだろうか。一体、どうしたら良いんだ ?
「ぎゃーーーーっ ! 貴方ーーーーーー」
二階から、けたたましい叫び声を上げながら、ラーメン女が下りてきた。そして、廊下を紅に染めていく父さんを目にし、こいつは涙を流す。
「ぎゃっ、貴方ーー、しっかりして」
「救急車を呼ばねーと、父さんが危ない」
「永戸、邪魔よ ! 退きなさい。……ほら、早く母さんの携帯を持って来て !」
俺はラーメン女に突き飛ばされ、そのまま走り出した。本当は殴ってやりたかったが、今はそれどころじゃない。あの女、あとで覚えてろよ。怒りを堪え、ラーメン女の携帯を探す。
病院へ救急搬送された父さんは、死亡が確認された。死因は、階段からの転落死だそうだ。あまりにも突然の出来事に、俺の理解は追いつかなかい。
ラーメン女も筋肉男も、父の眠るベッドの側で泣き喚いていた。悲しみの涙は溢れてくるが、父さんが死んだ実感が湧かない。
けれど、葬式が行われる時間が近づくにつれ、だんだんと父さんが死んだと分かってきた。
父さん、行かないでくれ。俺を一人にするな。どうして、階段から落ちただけで死ぬんだよ。
母さんも父さんも、俺を置いて先に天の国へ行ってしまった。親なんて、そんな生き物なんだろう。
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