怖くて俯いている僕に、優がいきなりこんな質問をする。
「なあ、飛華流……陽翔さんって、よく見ると可愛い顔つきしてるだろ ? 目がくりっとしてて……童顔でさ」
「まあ、俺様は可愛いとカッコ良いを兼ね揃えた、無敵の美少年だからよー。キラーーン !」
優に容姿を褒められ、陽翔は上機嫌になった。単純な人だな……っていうか、キラーーンって何だよ。
「お腹空いたから、昼ご飯食おうぜ」
ドアが開き、鍋を持った永戸が入って来た。確かにさっきまで、僕達と部屋に居たのに……いつの間に ? そう不思議に思っていると、永戸にドロドロとした薄オレンジ色のスープを差し出された。
「ほら、飛華流も食ってけよ」
「あっ、はい……ありがとうございます」
どうしようか迷ったが、俺は永戸から奇妙なスープを受け取る。この、見るからに不味そうなスープは何なのだろう。不信感もあって、なかなか食べる勇気が出ない。
しかし、三人ともこのスープを、美味しそうに体内へ流し込んでいる。せっかく料理をご馳走してもらい、ずっと眺めている訳にもいかず、僕はそれを思い切って口へ運んだ。
味はシンプルに美味しい。口の中でとろける様な感覚と、魚の様にさっぱりとした旨味が癖になる。温かいスープは、肌寒いこの時期には最高だな。
多分、川で釣った魚なんかを細かく刻み、スープにしたのかな。そんな味がする。
スープで頬を膨らませる僕に、優が聞いてくる。
「どうだ……美味しいか ?」
「はい。こんなに美味しい料理、食べた事ないです」
「……それは、良かったぜ。遠慮せずに、どんどん食ってくれ」
空になった僕の皿にスープを注ぎ、優は優しく微笑む。
お代わりのスープを綺麗に飲み干し、僕は腰を上げる。ここに居ると気を遣うし、なんだか窮屈だから、早いうちに家に帰りたい。
「あの……そろそろ僕、家に帰ります」
「……分かった。それなら、家まで送ってやるよ」
「あ、ありがとうございます。お願いします」
こちらへ来た永戸と共に部屋を出ようとしたら、立ち上がった優も近づいてくる。
「よし、じゃあ俺も行く !」
居眠りを始めた陽翔を置いて、僕らはアジトを後にした。
僕はまた永戸におんぶされ、彼の肩に必死にしがみつく。
「飛華流を、菊谷さんに会わせなくて良かったかなー」
「ああ……あいつは今、出かけてる」
「それなら、また今度で良いかー。……あのな、飛華流……。菊谷さんってのは、このイナズマ組のボスなんだぜ」
二人の会話に首を傾げていると、優はちゃんと僕に説明してくれた。なるほど。ヤンキーグループのボスか。絶対に会いたくないよ。
「普段なら、昼間はほとんどが寝に帰って来る。この時間帯は全員、普通ならアジトで寝てるぞ。あいつらは皆、夜に活発化するからな。けど、たまにこんな時もある。今日みたいな日は稀だ」
永戸の言葉通りだとしたら、アジトに人が少ないのはラッキーだったな。彼らはどうやら、夜行性らしい。
けれど、どうしてイナズマ組は、こんな不便な場所に住んでいるのだろう。せっかく、人が暮らせる町もあるというのに。
そもそも、イナズマ組って何の目的で作られたのだろう。
森を抜け、住宅等の屋根の上を走る事、数十分……。
赤い屋根の小さな家が、徐々に近づいて来た。これで、やっと家でゴロゴロできるぞ。
「あ、あの……あれが僕の家です」
「へー、結構立派な所に住んでんじゃねーかよー。羨ましいな」
僕が我が家を指差して伝えると、優は目を輝かせた。こんな普通の家でも、森暮らしの人からとったら、だいぶ豪華に見えるんだな。
「ねえ、飛華流……その子達はお友達 ?」
ベランダで洗濯物を取り込んでいたママが、目を丸くさせている。それもそうだ。僕が、柄の悪い二人と一緒に居るのだから。
「ママー、ただいま。えっと……この人達はね」
「えー、飛華流……母ちゃんの事をママって呼んでんの ? 可愛いじゃねーか」
優は僕の話を遮り、次はママに挨拶をする。
「……えーっと、飛華流の母ちゃん、初めまして。俺、飛華流の友達で、イナズマ組の高木優です。宜しくお願いしまーす」
「……俺は、三島永戸だす。宜しくしやがれ下さい」
日本語もまともに話せない永戸に、僕は驚きを隠せなかった。敬語を正しく使っているつもりなのだろうが、かなり間違ってるぞ。馬鹿の域を越えている。
「え、ええ……気をつけて帰ってね」
母は彼らに笑顔でそう言いつつも、かなり困惑していた。今起きている状況に、思考が追いついていないのだろう。
「はーい、さようならー。飛華流もまたなー」
優はこちらへ手を振りながら、永戸と一緒に風の様に走り去って行った。ああ、なんだかとても面倒な事になったな。
僕は、彼らと友達になったつもりはない。けれど、ママや家族にイナズマ組と仲が良いと誤解されてしまったらどうしよう。そんな不安を抱きながら、僕はママに引きつった笑みを見せ、玄関へ入った。
これが、僕とイナズマ組との出会いだ。
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