「え、永戸さん、しっかりして下さい。自分の作り出した闇に、飲み込まれてはいけません。貴方のお母さんは、貴方に強く生きて欲しいと言ってたじゃないですか」
目をギュッとつぶり、僕はナイフをめちゃくちゃに振り回す。お願いだから、いつもの永戸に戻ってくれ。永戸の大好きだったお母さんの話をすれば、もしかしたら……。
すると、腹部に強烈な痛みを感じ、僕は恐る恐るまぶたを開けた。分厚いコートもその下に着ていたセーターも破れ、僕の腹は大きく切り裂かれていた。傷口から血が噴き出し、アスファルトへ飛び散る。
もう、駄目だ。僕は痛みに耐えきれず、力なくその場へ転がった。僕は、永戸に全く歯が立たない。優を病院送りにしたくらいの奴だから、それも当然だろうけど。
町の人々は僕がレッドアイに襲われていても、見て見ぬ振りをして逃げていく。家の窓からこちらをひっそりと覗いている人もいるが、誰一人として助けてはくれない。皆、平気で僕を見殺しにするつもりだ。
この町には、冷たい人間しかいない。だから、こんなに歪んでいるのかな。
「さあ、まだ死なせないよー。楽しいのは、これからだからねー」
永戸の手が、僕に向かって伸びてくる。僕は、永戸の指に力強く噛み付いた。このまま、この細長い指を噛みちぎってやる。彼の血液が口へ入り込み、唾液と混ざり合う。
「痛い痛いっ ! 君、本当に僕を不快にさせるのが上手だねー。ここまでされたお礼に、最高の恐怖を与えてあげないとなー」
永戸は素早く僕の口から手を抜き出し、指の傷口をペロリと舐めた。僕はその隙に、ナイフで永戸の全身を繰り返し刺し続ける。彼の体から噴き出す血を浴び、僕は真っ赤に染まっていった。
いつになるかは分からないが、永戸は必ず正常に戻る。それに、黒也が呼んでくれたであろう助けも、駆けつけてくれるはずだ。それまでは、なんとか生き延びよう。
「うがぁーーーーっ ! やめろやめろやめろーー。パパが死んじゃうじゃないか。パパが死んだら、僕も死ぬんだぞー」
永戸は苦しそうに叫び、身を屈めた。確かに、あまりやりすぎたら永戸を殺してしまうかもしれないな。だからと言って、それを気にして手加減をすれば、僕が殺されてしまう。それなら、一体どうすれば良いんだ ?
僕は手を止め、必死に考えた。空っぽの頭からは、何も浮かんでこない。
「ヒル、チャンスだぞ。そのまま、そいつ殺せ」
ワンダは僕に、そんなとんでもない指示を出した。
「ワンダ、永戸さんを殺せって……本気なの ?」
「おう、本気。そいつ殺せば、悪魔も消える。全部、解決だぞ」
ワンダの言う事は、何も間違ってはいない。でも、永戸をこの手で殺すのは、さすがに心苦しい。
永戸の悲惨な過去も知ってしまったし、彼はいつでも僕の事を助けてくれる。殺せるはずがない。
「お前、やらないなら、俺が殺す」
ワンダはよろりと立ち上がり、僕の方へ歩いてくる。そして、僕の手からナイフを奪い、倒れこむ永戸へそれを振りかざした。
「首を跳ねれば、こいつ死ぬ」
「ワンダ、やめてよ。悪いのは悪魔なんだ。永戸さんは被害者だよ」
ワンダは僕の言葉を聞かず、永戸の首へナイフを近づけていく。僕は見ていられなくなり、両手で顔を覆った。
永戸、ごめんなさい……。
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