「おい、細目。俺、お前が嫌い。どうして、ヒルを虐めるんだ。ぶん殴るぞ」
「おー、気の強い子だな。飛華流、この可愛い女の子は誰なんだ ? もしかして、飛華流の彼女だったりする ?」
黒也はワンダに睨まれても気にせず、僕にそんな事を聞いてくる。友達に話しかける様な馴れ馴れしい口調で、僕に話しかけてこないでほしい。僕らは、そんな仲ではないんだから。
僕は、お前を恨んでいるんだ。黒也には、その事を忘れないでほしい。助けたが、許した訳ではないんだぞ。それに、その薄っぺらな顔は、僕にとってはトラウマなんだ。あまり、こちらにその潰れた瞳を向けないでほしい。
「えっと……この子は、僕の妹だよ」
「へー、妹はコスプレイヤーか何かか ? 角と尻尾のアクセサリーなんか付けて、随分と派手な見た目してるけど」
「うるさいっ ! お前には関係ないぞ」
ワンダが、黒也にビシッと僕の言いたかった事を言ってくれた。なんだか、すっきりしたな。ワンダ、ナイス !
そのまま、家へ逃げ帰れば良かったな。気づけば、学校の近くまで来てしまってい
た。
通りの角を曲がった先に、赤色に光る恐ろしい瞳をこちらに向けた、永戸の姿があった。彼は複数の目玉を空中へ投げ、遊んでいる。しまった。もう、生きては帰れないぞ。
「見つけたよー。さっきは、よくもやってくれたねー。まずは、そこのおチビちゃんから遊んであげるよ」
先の赤い指で僕を差し示し、永戸は不気味な笑みを浮かべる。やはり、僕から先に狙ってきたか。
「お、おい……この化け物 ! あっちに行け。どっか行かねーと、警察を呼ぶぞ」
黒也は怯えながらも、決して逃げようとはしなかった。普段の彼なら、迷わず僕を置き去りにするはずだ。やっと、心を入れ替えたのだろうか。
キーンコーンカーンコーン……。
一宝中学校から、一日の始まりを知らせる鐘が鳴り響く。黒也は、遅刻する事を気にしている様だった。だから、僕は黒也に言ってやったんだ。
「黒也君、学校に行っていいよ」
「でも、飛華流……お前らはどうするんだ」
「気にしないでよ。僕は黒也君が思うほど、弱くなんてないよ」
僕は両手でナイフを握り、体の震えを必死に抑えた。黒也はそんな僕に頭を下げ、走り去っていく。
「飛華流、本当にありがとう。助けを呼ぶから、もう少しだけ耐えてくれ。死ぬなよ」
どんどん小さくなっていく黒也の背中を見ながら、僕は思う。どうして、僕はあいつに感謝されるような事をしたのだろう。本当なら、あいつをとっくに殺せていたのに。
僕は突然変わってしまった黒也に、納得がいかないんだ。あんなに優しかった彼が、あんな意地の悪い人間になってしまったのには、きっと何か理由がある。心のどこかで、黒也がいつか前の様に戻ると信じているから……。だから、黒也を見逃してしまったのかもしれない。
「君は僕を散々、痛めつけてくれたからねー。楽には死なせないよ ?」
「ヒル、大切。俺、ヒル守る。俺、お前を倒す」
ゆっくりと僕らに迫ってくる永戸の前へ、ワンダが立ちはだかる。小さくて細い、壊れてしまいそうな体を大きく張って、ワンダは僕を守ろうとしてくれている。こいつは、いつだって勇敢だ。
「君はよく、僕の遊びの邪魔をするよね。とっても、うっとうしいよ」
永戸は目にも留まらぬ速さで、ワンダを突き飛ばした。自販機に激しく叩きつけられ、ワンダはクタッと倒れてしまう。
怒っているのか、永戸の力はいつもより強まっているように感じる。とても、僕なんかでは相手にならないだろう。
僕は永戸にナイフを向け、どんどん後ずさりする。そんな、ひどく怯える僕の目の前へ、永戸は一瞬でやって来た。そして、ギラギラと光る鋭い目を見開き、狂った笑みを浮かべる。
「僕はね、珍しくイライラしているんだよー。人間の体に傷を刻み、壊れるまで遊ぶのが僕の役目。人間は僕のおもちゃとなり、大量の血を流し苦しみ、恐怖を叫んで僕を楽しませる事が役目なのさ。それなのに、君はおもちゃのくせに僕に苦痛を与えた。それが、不愉快で仕方がないんだよー」
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