菜月はなんとか愛羅から逃げ出し、この場から立ち去ろうとする。
「レッドアイ、さよなら。これでもう、お別れよ」
「ま、待って……くれ。菜月……菜月っ !」
永戸は消え入りそうな声を出し、堪えていた涙をポロポロと流した。この光景は、見ているこっちまで辛くなる。
永戸にとって、菜月は大切な宝だっただろう。彼は心から、菜月を愛していたのに。まさか、菜月は本気じゃなかったなんて……。
永戸はよろよろと歩き出し、地面に転がっていた血の滲んだナイフを手に取った。あれは、さっきまで僕が使用していた物だ。永戸は、何かするつもりなのだろうか。
「菜月、どこにも行くな。菜月は俺の物だ」
永戸はボソボソと、菜月の小柄な背中に言葉をぶつける。彼女は足を止める事なく、ひたすら永戸から遠ざかっていく。
すると、永戸は握っていたナイフを、菜月に向かって素早く投げ飛ばした。その途端、菜月は左胸から血を吹き出し、地へ倒れてしまう。彼女の体にはぽっかりと小さな穴が開いており、ナイフが貫通した事が分かる。心臓を貫かれ、菜月は即死してしまったみたいだ。
「な、菜月っ ! おい、菜月ーー」
我に返ったのか、永戸は慌てた様子で菜月の元へ駆け寄る。そして、彼女に心臓の動きがない事を確認すると、永戸は泣き出した。
「ぐっ……しまった。つい、やっちまった。菜月……菜月ーー。別に俺の事が嫌いでもなんでも良いから、目を覚ませよー」
無表情のまま、そんな様を黙って見ていた愛羅は、永戸に優しく声をかけた。
「その子は、永戸君を最後まで理解しなかったね。……だけど、愛羅ちゃんは違うよ。永戸君がレッドアイだろうと、何人も人間を殺していようと、愛羅ちゃんの気持ちは変わらない。永戸君の全てを、愛羅ちゃんは受け入れる。だって、何をしていたって、永戸君は永戸君だからね」
「そうか……愛羅。お前は、こんな俺でも嫌いにならねーのか。初めて俺がレッドアイだって知った時も、お前は俺を理解してくれたよな。愛羅……ありがとな。俺は菜月に裏切られた。……けど、菜月を嫌いになれねーんだよ。お前が俺を想ってくれてるのと、同じ様な感覚なのかもな」
永戸は菜月の死体をそっと抱き抱え、僕らに背を向け、ふらつきながら歩いていく。直ぐに、愛羅は永戸を呼び止めた。
「永戸君、待って ! どこに行くの ?」
永戸は、振り返らずに言った。
「んっ ? お前には関係ねーし」
「お願い、そんな事を言わずに教えてよ」
「……俺は、この町から出ていく。どっか遠くに行くんだ。お前らの言う通り、俺はただの化け物だから……」
「違う違うっ ! 永戸君は化け物なんかじゃないよ。永戸君は、繊細で純粋なんだよ。だから、愛羅ちゃんが守ってあげたい。愛羅ちゃんも、一緒に連れてってよ。愛羅ちゃんは、永戸君なしじゃ生きていけないの」
「駄目だ。俺の体内には、常にエモが潜んでる。また、いつ暴れ出すか分からねー。お前らと一緒に居たら、俺はいつかお前らを気づかないうちに殺しちまうかもしれねー。俺は……もうこれ以上、お前らを傷つけたくないから……。だから、お前らとはこれで、縁を切る。じゃあな……今までありがとな。イナズマ組に、そう伝えとけ」
泣きながら後を追ってくる愛羅を置いて、永戸は素早く住宅の屋根へ飛び移る。そして、彼は風の様に、あっと言う間に去っていった。
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