雲に覆われていく青空の下で、僕は目を覚ました。僕は、硬いアスファルトに横たわっている。全身が痺れる様に痛く、体が動かない。
「ヒル、大丈夫か ? 死んだと思ったぞー」
ワンダの心配そうな顔が、僕を覗き込んでいる。僕の顔は、彼女の涙に濡らされていく。
ここはどこだ……僕は何をしていたんだっけ ?
エモに取り憑かれて、人が殺したくてたまらなくなって……。それから、永戸の過去を見た事は覚えている。
だが、その他の記憶は全く残っていない。自分は気狂っていたのか、どうやって森から出てきたのかを、思い出せない。
「……ごめん。ほとんど、何も覚えてないんだ。今はどうなってるの ? 永戸さん達はどこ ?」
「ヒル、気狂ったまま町に出た。永戸、ヒルを追いかける。ヒル、永戸に止められた。悪魔、永戸に乗り移って暴れてる」
やはり、僕は気狂ってしまっていたのか。ワンダに説明され、納得した。それで、永戸からの攻撃を受けたから、僕の体は傷だらけなんだろう。
永戸が、今も暴れているなんて怖いな。まだ、近くに居る可能性も十分にあるし……。
「それで、菊谷さんや秀君はどこ ?」
「イナズマ組、体調が悪くて動けない。森の中で苦しんでる。スマイル団、学校があるから一時退散したぞ」
「え、どう言う事 ? スマイル団は分かるけど、イナズマ組はどうして急に弱ってるの ?」
僕の問いに、ワンダは意味の分からない言葉を返してきた。
「分からんぞ。なんか、死神に怯えてた。俺には、死神は見えない。あいつらには、見えてたぞ」
死神って何だよ。エモは悪魔だし、また別物か ? 悪魔の次は、死神かよ。一体、何が起きているのだろう。これ以上、面倒な事に巻き込まれたくはない。
「飛華流君、この町から逃げた方が良いよ。じゃないと、きっと私達イナズマ組に殺されちゃうから」
愛羅は住宅の屋根の上から、僕らに声をかけてきた。この人は戦いで疲れてはいるけど、ワンダの言う様に苦しそうにはしていない。メンバーの全員が、不調って訳ではないのかな。
「……あ、あの……裏切るつもりではなかったんです。これには、理由があって……」
「気の毒だけど、言い訳は通じないと思うよ。菊谷さんは普段は優しい人だけど、怒ると何をするか分からないの。愛羅ちゃんも飛華流君を助けてあげたいけど、ボスには逆らえないからね」
クルクルのツインテールを風に靡かせ、愛羅は悲しそうな瞳を、僕に向けた。どうやら、本気な話らしい。
返す言葉が見つからなくて黙っていると、愛羅は再び口を開いた。
「この件が終われば、飛華流君は直ぐに命を狙われるはずだよ。本当にそれで良いのか、よく考えてね。じゃあ、愛羅ちゃんはそろそろ行くね。……永戸君が心配だから」
屋根と屋根を身軽に飛び越えていく愛羅の華奢な背中を、僕はボーッと眺めていた。僕にとっての本当のピンチは、これからなのかもしれない。
僕はよろよろと立ち上がり、ワンダの小さな手を握った。
「ワンダ……帰ろう」
「お前、永戸を放って置くつもりか ?」
「え、いや……僕、今日は学校があるから」
ワンダに厄介な質問をされ、僕は咄嗟にそう言った。
本当は今日、学校に行くつもりは全くない。僕は、馬鹿真面目な秀とは違うからな。ただ、早く家へ帰りたかったから、小さな嘘をついただけだ。
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