「うわーん……待ってー、永戸君ーーーーっ ! お願い、愛羅ちゃんとずっと一緒に居てよーー」
永戸の姿が完全に見えなくなってからも、愛羅は見えない彼に手を伸ばし、とても悲しそうに涙を流していた。
これが、僕らを傷つけない為の、永戸なりの決断なのか。彼は邪悪な悪魔を一人で抱え、再び一人で生きる事を決めたのか。
永戸が去ったこの町には、平和が訪れるだろう。もう、行方不明者も出ないし、彼による犠牲者だって現れない。
しかし、永戸の新たに暮らす世界が、この町の様に血で染まっていくだろう。あの人が生きている限り、彼による被害者はゼロにはならない。
首に八千万円もの懸賞金をかけられた永戸は、これからどんな人生を歩んでいくのだろうか。きっと、僕の想像を遥かに上回るくらい過酷な出来事が、彼を待っているだろう。
悲しみを吐き出すかの様に、ポツリポツリと雨が降ってくる。その直後、遠くの方からパトカーのサイレン音が聞こえてきた。黒也の呼んだ助けは、来るのが遅かった。
雨が次第に強まると、パトカーのサイレン音も徐々に大きくなり、こちらへ近づいてくる。ずぶ濡れになった体を震わせ、僕は倒れているワンダの元へ駆け寄る。
「ワンダ……大丈夫 ? 歩けるかな ?」
「うっ……ヒル、やっと終わったか ?」
ワンダは薄っすらと目を開け、何度も崩れそうになりながら、なんとか立ち上がった。
僕はワンダの小さな手を握り、口を開く。
「うん、もう心配ないよ。家に帰ろうよ。僕、もう疲れちゃった」
力なくコクリと頷くワンダと共に、僕は体をふらつかせながら歩き出す。足を動かす度に、永戸に切り裂かれた腹がズキズキと痛む。かなり、傷が深いみたいだ。
よし、これでやっと帰れる……そう思った時だった。
「あ、貴方は誰 ? し、死神なの ? 愛羅ちゃんを迎えに来たの ? や、やだ……こっちに来ないでーー」
さっきまで、シクシクと静かに泣いていた愛羅が突然、狂った声を上げた。僕らは足を止め、彼女の方へ振り返る。
すると、愛羅は青ざめた顔で、ある一点の方向をじっと見ていた。ガクガクと体を震わせ、愛羅は幽霊でも目撃したかの様な、怯えた表情をしている。
愛羅の視線の先に目をやるが、そこには死神なんて居なかった。住宅に挟まれた細い道が、ひたすらに続いているだけだ。
いつもと、明らかに様子が違う愛羅を気味悪く思ったが、僕は彼女に声をかけた。
「あ、あの……どうしたんですか ? 大丈夫ですか ?」
「ひ、飛華流君……あれを見てよ。あそこに、鎌を持って、黒いマントを被った骸骨がいるでしょ ? あの死神が、ずっと愛羅ちゃんの方を見て、すごい怖い顔をして笑ってるの。ほら、ちょっとずつこっちに近づいて来てる。このままじゃ、愛羅ちゃんはあの世に連れてかれちゃう。お願い、助けて」
愛羅の指差す方向を、僕は目を凝らして見てみるが、やはりそこには何もいない。ワンダも首を傾げ、呑気にあくびをしている。
愛羅は、永戸がいなくなったショックで精神に異常をきたし、おかしな幻覚を見ているのだろうか。それとも、本当に死神は居て、愛羅だけに見えているのだろうか。
そう言えば、イナズマ組は死神を目にし、体調を悪化させたと、さっきワンダが言っていたな。愛羅も、彼らと似た状況なのだろうか。それならば、本当に死神は存在し、彼らの前に現れているという事か ?
だが、それなら何故、死神はイナズマ組ばかりを狙うのだろう。その姿が、彼らにしか見えていない事も非常に不思議だ。
「うっ……うあっ、体中がヒリヒリする。息がしづらくなってきたよ。く、苦しい……。きっと、あの死神が愛羅ちゃんに何かしたんだよ。早く逃げないと……こ、殺されちゃうよーー」
愛羅の顔色はますますと悪くなり、呼吸も乱れている。冷や汗をかきながら、愛羅は何かから逃げる様に、足早に去っていった。彼女は、僕らには見えない何かに、追われているのだろうか。
この世界には、まだ僕の知らない不思議で謎めいた出来事が沢山ある。それらは、日常に上手く隠れ潜んでいる。
僕はワンダと手を繋ぎ、血を吸った赤いアスファルトを踏みしめて歩き出した。
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