「……えっと、携帯の電話番号で良いですか ?」
「うん、それで良い……」
下に何も敷かないでペンを走らせるのは、かなり難しいな。僕は慎重に、用紙の下側に個人情報を記入した。そして、それを秀に返す。
「……よし、ありがとう。それと、お前に俺の連絡先を渡しておくよ。何かあれば、ここに連絡してくれ」
秀から紙切れを受け取り、僕は小さく会釈した。まあ、僕から秀に電話をかけるなんて事は無いけどな。
「俺も、飛華流に用がある時はさっき記入してくれた番号にかけるから、宜しくな」
「……あ、はい。分かりました。……あの、弟が帰って来ない事を、親がとても心配してるので……僕は、これで失礼します」
「……それなら、その弟を起こさないとな」
秀は真誠の元へ行き、彼に呼びかける。
「おーい、怪我は大丈夫か ? ……お兄ちゃんが、迎えに来てくれたぞ」
真誠は眠そうに目をこすりながら、上体を起こした。
「真誠……大丈夫だった ? 傷は痛くない ?」
「うん……もう少しで、あの化け物に殺される所だった……」
「……無事で本当に良かった。もう、二度と会えないと思ったよー。うわーーーーん」
よろよろと立ち上がった真誠を、僕はギュッと抱きしめる。真誠の温もりを感じ、僕は涙を止められない。
真誠が生きていて、本当に良かった。
「ちょっ……何するんだ ! こんな所でやめろよ。みっともないなー」
「……だって、だってーー。……もう、会えないと思ったあーー」
「……ほらほら、泣くなよ。俺はしっかり生きてるぞ」
真誠は僕を落ち着かせようと、優しく背中をさすってきた。そんな、真誠の目も微かに潤んでいる。一番泣きたいのは、真誠だよな。
「ハハッ……これじゃあ、どっちがお兄さんか分からないなー」
秀も、そんな僕らを見て笑っていた。
僕は兄なんだから、もっと強くならないと駄目だよな。
秀らと別れた後…………。
帰り道を覚えていた真誠のおかげで、家の付近まで戻って来る事が出来た。
暗闇に包まれた町を照らすのは、幾つもの切れかけた街灯だけ。異常な寒さに、身が凍りそうだ。こんな夜は、レッドアイが出現しそうで恐ろしい。
早く家へ帰らなければ、また予期せぬ事態に巻き込まれてしまうかもしれない。
「あ、あれは真誠……。パパ……あれを見て、子供達が帰って来たわ」
こちらを懐中電灯で照らす二つの影が、前から接近してくる。あれは、ママとパパだ。
「真誠……真誠、無事で良かったわ。うわー痛そう……ちょっと、その怪我どうしたの ? あんた、今まで何してたの ?」
真誠を見て、ママは目をウルウルとさせる。そして、真誠の頭に巻かれた血の滲んだ包帯を目にし、混乱していた。そんなママは、血の染み込んだ黄色い帽子を大切そうに抱えていた。
真誠の通学帽子。僕が発見したまま、置き忘れた物だった。これを目にした時、ママとパパは、真誠の死を少しは想像しただろう。
「……俺はレッドアイに襲われて、死にかけた。だから、塾をサボりたくて、家に帰らなかった訳じゃないぞ」
「え……そうだったの ? 怖かったでしょ ? 痛かったでしょ ? ママが、守ってあげられなくてごめんね……。うわーーーーん」
真誠の言葉で、ママは子供の様に号泣する。
静まり返った夜道に、ママの甲高い鳴き声が響き渡る。かなりの、近所迷惑だ。
ママは真誠に抱きつき、しばらく離れなかった。先ほどの僕と似たような事を、ママは真誠にしている。
「……ちょっと、ママ……こんな所でみっともないからやめろよ」
真誠は、泣くのを必死に堪えている様だった。そうだよな。泣きたいよな。だってこいつはまだ、小学二年生なんだから。そこをグッと堪え、平静を装う姿はイケメンだ。
「……あの化け物に命を狙われ、生きて帰って来られたなんて……奇跡としか思えないなー。でも、どうやって奴から逃げ出して来たんだ ?」
パパが不思議そうにしていたので、僕は今までの事を簡単に話した。皆で家へ向かいながら。
スマイル団に真誠が助けられた事。スマイル団についても、一から説明した。
すると、ママとパパはスマイル団にとても感謝し、そんな団体が存在する事に驚いていた。まさか、自分の息子がその団体に所属したとも知らないで。
イナズマ組かスマイル団、どちらかを裏切るような事になれば、僕は必ず殺される。
こんな事になったのも、全ては呪いのせいなのだろうか。
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