「おい……あれ、マト持ってる」
川沿いを歩いていると、ワンダが突然立ち止まった。ワンダの指差す物を目にし、僕は血の気が引いた。
なんと、男子小学生の通学帽子が川に浮かんでいるのだ。それは、一宝小学校生徒のものだ。その、黄色い帽子には、一宝と書かれたマークがあるから間違いない。ところどころ、赤く染まっているのは血のせいだろう。
あの帽子は、真誠の物か ? そうだとすれば、真誠はレッドアイに襲われた可能性が高いぞ。
帽子の持ち主を確認したいが、こんな深い川へは入れない。どうしよう。
緩やかに流されていく帽子を、僕はじっと目で追っていた。
「メッダーゾー、メッダーゾー」
すると、ワンダが声を発した直後に帽子がゆっくりと宙へ浮かびだす。ワンダに目をやると、彼女は両手を上に伸ばしていた。
帽子は水滴を垂らしながら、僕の元へと近づいてくる。僕は手を伸ばし、それを掴み取った。
「ワンダ……ありがとう。助かったよ」
僕は早速、水分を含んだ帽子を裏返し、誰の物なのかを確かめる。
「う、上野……ま、真誠……」
マイネームぺんで、丁寧に弟の名前が書かれていた。その文字を読み上げ、僕の体から力が抜けていく。
真誠は人肉スープにされ、イナズマ組の食料となってしまったのか ? そ、そんな馬鹿げた事があってたまるか !
帽子をぎゅっと抱いたまま、僕は膝から崩れ落ちる。帽子に染み込んだ血を見て、涙が溢れてきた。
「真誠ーーーー ! うわーーーーーーん」
夜の町中だろうとお構いなく、僕は大声で泣き叫んだ。どうして、真誠がこんな目に遭わなければならないんだよ。もう、二度と真誠に会えないのか。果てしない怒りと悲しみが、脳内で複雑に絡み合う。
「おい……ヒル、大丈夫 ?」
ワンダは、僕の背中をさすってくれた。
だが、僕はワンダに良い返事は出来なかった。
「駄目だ……僕はもう、生きていけないよ」
「……お前、言った。マト、居る……見つかる。そうだろ ?」
「……確かに、僕はそう言ったよ。でも、こんな物を見つけたから……嫌でも、真誠がどうなったのか分かっちゃうよ」
「マトの死体、見つけてない。帽子だけだろ。死んだか分かるか ?」
ワンダの言うように、真誠の亡骸を見つけた訳ではない。なので、真誠の生きている可能性は、少なからずあるだろう。
しかし、この町で行方不明になれば、まず見つからない。それに、イナズマ組の餌食になっていれば、確実に殺されてしまう。この、血の付いた帽子から、最悪の事態になったと、僕は考えた。
「……僕には分かる。僕も、真誠の後を追うよ。生きていたって、良い事は何一つないからね」
僕が、口からそんな言葉を漏らした時だった……。
「飛華流さん、早まらないで下さい。貴方の弟さんは、無事ですよ」
優しく可愛らしい女性の声が、脳内で聞こえた。その声の主は、魔女のエミナーだ。
「エ……エミナーさん。それは、本当ですか ? 真誠はどこに居るんですか ?」
僕は、エミナーに直ぐ質問した。
「弟さんは二人の少年に助けられ、名口市の公園でゆっくりと休んでいます」
「え……それは、名口市のどこですか ?」
「……どこか分からないと思うので、私がその場までお連れ致しましょうか ?」
「はい、あの……お願いしますっ !」
本人が目の前に居る訳でもないのに、僕は深々と頭を下げ、必死に頼んだ。
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