街道にて、赤ずきんは若い狼と歩いていた。
前方に馬車一台、寝転んでいる筋骨隆々の青年をロープで縛りつける男二人。
青年は苦い表情を浮かべて唸っている。
『みんな何してるの?』
「さぁ、悪い事でもしたのかもね。邪魔しちゃ悪いから行こう」
興味を示す狼と、無関心な赤ずきん。
『そうなの? 縛られてる人、何か言いたそうだよ』
「そりゃね、無罪でも有罪でもまずは、自分はやっていない、だからね」
赤ずきんは通り過ぎようとした。
「あ、アンタは! 赤ずきん!」
青年に声をかけられ、狼が立ち止まった。
『どうして赤ずきんを知ってるの?』
「……やれやれ」
赤ずきんは少し遅れて立ち止まり、狼に呆れながら数歩戻る。
男二人は怪訝な顔で、赤ずきんと狼を睨む。
「なんだ、狼? 二足歩行じゃないなんて、新種か?」
「昔に絶滅した狼だろ、図書館で読んだことがあるぜ……お嬢さん、こいつの仲間?」
男の質問に、赤ずきんは首を振る。
「いえ、しら」
「仲間だ!! 都の軍で、一緒に戦ったんだぜ!!」
遮られ、赤ずきんは眉を顰めた。
「お嬢さん、少しお話をよろしいか? 事情聴取というやつです」
「手短にお願いします」
青年は縛られたまま馬車の荷台に連れられ、赤ずきんは馬車の後ろで男に色々と質問されてしまう。
狼は大人しく赤ずきんの足元で伏せて待機。
「それで、お名前は?」
「赤ずきんです」
「それは名前じゃないだろ、本名を言ってくれ」
「さぁ、忘れてしまいました」
「はぁ? お嬢さん、警察を舐めない方がいいぞ」
「警察? 軍の新しい組織、ですか?」
赤ずきんは聞き慣れない名称に首を傾げる。
男は目を丸くさせ、すぐに眉間に皺を寄せた。
「犯罪者共と一緒にするんじゃない! あまり世俗に詳しくない旅人ってところか、ますます怪しい。だが武器の携帯許可証がある、軍の関係者なのは間違いないな」
目を細くさせて、男は顎を指先でさする。
「まぁ、なくはないです。残念ですけど彼のことは全く知らないんですよ」
「イーサンだ!!」
荷台の外へ青年の大声が届く。
「ライアン隊長の部隊だ! 都で一緒に人食い狼の駆除をしただろ?!」
「うーんどうでしたかねぇ」
赤ずきんは腕を組んで、目を逸らす。
『イーサン? あっ、アーサーと一緒によくいた人だよ!』
思い出した狼の助言に、赤ずきんは小さく「しぃー」と狼に黙るようジェスチャー。
警察官は、狼の発言に軽く頷くと、
「なるほど、素直に話す可愛らしい坊やだ。これで殺人者と無関係、とは言い切れないな」
ジッと赤ずきんを睨んだ。
赤ずきんは肩をすくめ、足止めをくらったことに不満げだった。
「一体何をしたんですか?」
馬車の中へ連行され、縛られたまま伏せているイーサンに訊ねる。
「アーサーと町の酒場で飲んでただけだ、そこでちょっと酒が回っちまって、気付いたら街道にいた」
「アーサーさんは?」
「…………」
イーサンは黙り込む。
「殺したんですか?」
「殺してねぇ! けど、自信がない……俺も泥酔してたから、覚えてなくて」
警察官は用紙に目を通し、赤ずきんと狼に説明を始めた。
「早朝に銃声が聞こえ、住民が外を覗いたら被害者が頭から血を流して倒れていた。酔っ払いながら町の外に歩いていく加害者イーサンの姿を目撃した証言もある。大方酔っぱらって口論になり、リボルバーで撃ったんだろ。全く、兵士ってのは本当自分勝手で、乱暴者ばかりだ」
「そうですか。それは、不幸な事故でしたね」
『アーサーに何があったの? いつも仲良く一緒にいたのに、ケンカしたの?』
「…………アイツは」
答えることができないイーサンに鼻先を近づけて、狼は純粋に染まった琥珀で見つめる。
赤ずきんは狼の胴体を軽く撫でるように叩く。
「君のお母さんと同じところに逝ったんだよ。だから、静かに祈ってあげて」
太い尻尾を後ろ脚の間に挟み、狼はクンクン、と鳴きながら荷台の外へ。
赤ずきんは、ふう、と小さく息を吐き、
「事件がどうあれ、私は旅をしているだけですから無関係です。軍人でも犯罪者でもありませんし、彼とも久しぶりに会っただけです」
淡々と警察官に改めて伝える。
「な、薄情者ぉ!」
「ええ、薄情です。それでは、失礼します」
馬車から降りた赤ずきんはイーサンの大声など気にも留めず、狼を連れて街道を歩き出す。
それからすぐ、最寄りの町に到着。
「さて狼クン、外で待っていて」
『……分かった』
声に元気がない狼は小さな足取りで町の外側、街道から逸れた場所で伏せて待機をする。
町に入ると、星マークを胸のポケットに身に着けた黒服の男がいた。
グレーのハンチング帽をかぶり、腰ベルトには自動拳銃が収まるホルスター。
血まみれの地面をブラシで洗っている同じ服装の男もいる。
中央には高い台が設置され、開閉式の床と、その真上には輪っかになったロープが吊るされている。
「……」
布で包まれた大きな遺体が町の隅に、置かれていた。
遺体を前に、静かに眺めている少年がいた。
襟シャツにサスペンダー、ハンチング帽をかぶっている。
赤ずきんが近寄ると慌てて離れ、町の酒場へと逃げ込んでいく。
特に気に留めず、胸の前で手を翳し、祈るように目を閉ざす。
すぐに瞼を開け、穏やかな瞳で町の小さな食料雑貨店に向かう。
「いらっしゃい!」
エプロンを身に着けた女性店主が明るく赤ずきんを迎える。
赤い果物を手に取る、今回は値段を気にしない。
ミニボトルの赤ワインと干し肉も購入。
ふと、壁に貼られたポスターが視界に映る。
黒服の警察官が地面に倒れた兵士を踏み、自動拳銃を空に向けて誇らしげに笑っている。
『正義が勝つ、犯罪者を豚箱へ!!』
デカデカと書かれた文字。
「変なポスターでしょ。軍は戦争犯罪者、これからは警察が国の平和を守るんですって」
店主は辺りを気にしながら、赤ずきんに教える。
「軍隊が、戦争犯罪者、ですか」
「ここらへんは被害が多かったからね、兵士を憎む奴らが多いの。私はよそ者だけど」
「今回の殺人事件も?」
店主は再び辺りを気にしながら小さく、
「お客さん詳しいわね、今回は、二人とも運が悪かったのよ。ごめんなさい、それしか言えないわ」
そう零す。
「……なるほど。ありがとうございます」
食料を購入した紙袋を抱える。
お店から出て町の外に向かう途中、酒場の二階バルコニーにいる少年がちらついた。
ジッ、と大きな瞳で、布に包まれた大きな遺体を見ている少年。
馬車が一台、町に入ってきた。
同時に、少年はバルコニーから身を乗り出す。
「っ⁉」
「あ」
手を滑らせ、そのまま体は前のめりに落下。
赤ずきんは紙袋を放り出す。
『危ないっ!』
明るめの声を発しながら、赤ずきんを抜いて飛び出した。
少年は硬い地面に落ちず、狼の背中へ。ハンチング帽は狼の頭に落ちる。
ずるり、と少年は地面に座り込み、見上げれば赤ずきんと狼の姿。
「わ、わ、わっ」
詰まる言葉で驚いている少年に、赤ずきんと狼はふぅ、と微笑む。
「危機一髪だね。それで、狼クン、どうして町に入ってきたの?」
赤ずきんはハンチング帽を掴んだ。
『……さっきの馬車が入っていったから、イーサンのことが心配だから』
尻尾を丸めて自身の行動を説明する。
「そう、優しいね狼クンは。それでそれで、君は二階で何をしてたのかな?」
ハンチング帽を少年に返し、質問をするが、
「あっ! あの人!」
少年はそれどころではなく、馬車を指す。
馬車から降ろされたイーサンが町の中央へと警察官に連行されている。
『イーサンがどうしたの?』
「あの人……撃ってない、オレ知ってる、警察官がいきなりお店に来て背の高い人を」
破裂音が重なって響いた。
狼の鼻先と大きな口に返り血が飛び散ってしまう。
琥珀の両眼に映る、白い襟シャツが血に染まった少年の虚ろな表情。
『えっ?』
振り返れば、警察官は血まみれの腕を押さえながら、建物へと隠れていく。
次に見上げると、赤ずきんが六インチのダブルアクションリボルバーを手に持っていた。
「狼クン、その子を酒場の中へ。狼クンも中で待機してて」
『わ、分かった!』
狼は少年を引き摺り、酒場の入り口まで引っ張っていく。
すぐに気付いた酒場の店主達は、少年を抱え止血などの処置に急いだ。
「公務執行妨害だ! 女を殺害しろ、そこの兵士もだ!!」
赤ずきんは六インチのダブルアクションリボルバーでイーサンを連行していた警察官の足を撃つ。
それからイーサンの両手首を縛っているロープを外す。
「クソ、クソ、クソ! 助かった!!」
自由になったイーサンは倒れた警察官から自動拳銃を奪い、加勢する。
町での銃撃戦に、町民は皆建物へ逃げ込んでいく。
台の柱に身を隠したイーサンと赤ずきん。
赤ずきんは急所を外し、自動拳銃を弾いたり、腕や足を狙う。
「赤ずきん! 向こうは殺しにきてんだ! 何温いことしてんだよ!?」
「殺しは避けた方がいいですよ。不利になります」
「はぁ?! ちっ、クソ!!」
柱に銃弾が当たり、木の繊維が剥き出しになっていく。
赤ずきんはシリンダーを開け、六発リボルバーの弾を込めて再び装填。
膝を撃ち抜き、その場にいる最後の警察官が痛みに負けて転がった。
鼓膜を震わす銃撃が終わり、赤ずきんは周囲を警戒しながら警察官がいる建物へ。
イーサンは倒れた警察官の側に落ちている自動拳銃を拾い集め、そこへ狼も合流する。
赤ずきんは開放的な出入り口に、リボルバーの銃口を向けた。
鼓膜を揺らす破裂音が建物内から響き、赤ずきんは壁に背中を当て、
「別に殺そうだなんて思っていません。知りたいだけです、何故アーサーさんを殺害されたんですか? 何か失礼なことでも?」
「黙れ! 戦争犯罪者は忌むべき存在だ!! 奴らは平気で女をレイプし、子供も殺す!! 俺の妻が、息子が、アイツらのせいでどんな目に遭ったか! 想像もつかないだろう!」
「そうですね、残念ながら。ですが大切な人を亡くした気持ちは分かります」
「うるさい! 犯罪者が呑気に町で飲んだくれているのが我慢ならなかった!! だから正義の鉄槌を下したまでだ!!」
赤ずきんは穏やかな瞳を細め、
「それほど家族を愛していた、貴方の思いはとても素晴らしいと思います。ただ、そのために町の子供を撃つのは、如何なものかと」
「うるさいうるさい、余計なこと口走ったガキなんぞ知るか!! アイツは将来悪人になる、そういう奴らはさっさと殺してしまえばいい!!」
「……うーん。アーサーさんは内戦を知らない方です。人々の為に戦いたいから志願されました。とても豪快で、何事も笑って流すほど器が大きい人。人々に感謝をされるぐらい人助けに貢献されていましたよ、それでも戦争犯罪者なんでしょうか?」
「当たり前だ!!」
赤ずきんは肩をすくめ、もう一発、自動拳銃から放たれた銃弾を合図にリボルバーの銃口を警察官に向けた。
自動拳銃のグリップに直撃し、警察官の手から離れていく。
「先程言った通り貴方を殺すつもりはありません。これからも町の為に働いて頂いて結構ですが、今は手を休めてください」
警察官は赤ずきんを恨めしく睨んでいる。
「……出ていけ!!」
「もちろん」
建物の外に出ると、狼が尻尾を横に振って待っていた。
『大丈夫だった?』
「うん、大丈夫だよ」
布で包まれたアーサーに、両膝をついて胸に手を添えたイーサン。
「良き友であり良きライバル、アーサー……ケンカもする、酒も飲む、一緒になってワイアットをからかった。とても勇敢で、人食い狼だろうが犯罪者だろうが、臆せず突っ込んでいったお前を一生忘れない……俺の心の中で生き続ける。ライアン隊長と、お前の家族に訃報を伝える役目を貰うなんてな、辛すぎる」
イーサンはそう語りかけ、深呼吸を繰り返す。
そして、町に再び破裂音が響いた。
赤ずきんと狼、イーサンは振り返る。
町民が自動拳銃を手に取り、倒れている警察官に発砲していた。
次々と撃ち抜かれ、死んでいく。
狼は赤ずきんの裾を噛んで引っ張る。
『赤ずきん……もう、行こう。イーサンも、危ないよ』
「あぁ」
「……そうだね」
町の外にて。
警察の馬車にアーサーを乗せて、イーサンは手綱を握る。
「助かった、それと、薄情者って言って悪かったな」
「本当のことですから、気にしていません。隊長によろしくお伝えください」
「あぁ、言っとく。あと、ワイアットが寂しがってたぜ」
「そうですか」
「たまには手紙でも送ってやれよ」
「気が向いたら」
「ホント、相変わらずだな……じゃあな」
『バイバイ、イーサン』
「お前も元気でな」
『うん』
その晩、ワンポールテントを立て、折り畳みのイスとテーブル、焚火台を広げ、小さく揺れる炎を眺めながら赤ワインを飲み、干し肉を食べる赤ずきん。
狼は、リンゴを鋭い牙で噛み潰しながら食べる。
「……」
『ねぇ赤ずきん、ワイアットに会いたい?』
「…………君は?」
『会いたいような、会いたくないような』
悩む狼の答えに、赤ずきんは微笑んだ。
「どうしてそう思ったの?」
『だって、だって、だって……だって、うぅーん』
「ふふ、私は君の為にいるんだから、君が望めばその通りにするよ」
狼は尻尾をゆらゆら、横に振った……――。
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