「お腹空いたね」
赤ずきんはお腹を押さえて呟いた。
『リンゴがあるよ!』
「リンゴかぁ……うーん」
呑気なやり取りをしていると、
「俺が仕留めた!」
「いいや、ワシが先に仕留めた!」
「……やれやれ」
言い合う中年男性が二人、呆れて見守る青年が一人。森の前で。
街道にまで丸聞こえの言い争いに、赤ずきんと若い狼は足を止めた。
尖った耳をぴくぴく動かす狼は、キャンプ一式と食料が入ったリュックを背負っている。足元は白く胴体にいくにつれ灰色の毛になる。
『赤ずきん! 血の臭いがする!』
「そうだね。それにケンカしてる」
『ケンカしてるの? 良くないよ、止めないと』
純粋に染まった琥珀の両眼に、赤ずきんは穏やかな瞳で微笑む。
「んー厄介ごとには近寄りたくないけどね」
狼はふさふさの尻尾を内側に丸めてしまう。
「……話を聞くだけなら」
肩をすくめ、赤ずきんは先に進む狼の尻尾をゆっくり追いかけた。
毛皮のジャケットを着た中年は顔を真っ赤にして、
「仕留めたワシが貰う!」
と言う。
革のジャケットを着た中年は血管を浮かせて、
「いいや、俺が売る!」
と言う。
スーツに防雨用のジャケットを着た青年は黙っている。
『こんにちは!』
足元から聞こえた挨拶に、青年は目を丸くさせた。
「うわっ、お、狼⁉ しゃ、しゃべった?」
「こんにちは」
遅れて挨拶をした赤ずきんに、青年はさらに目を丸くさせた。
「おわッ、こんなところに女の子まで……こ、こんにちは」
「一体どうされたんですか?」
『ケンカは良くないよ』
一人と一匹に、戸惑いながらも青年は頷いて説明する。
「この森を中心に三つ町が近くにあるんだよ、そうなると狩人も三人。たまたま同じ森で同じ人食い狼を狙っていてね、同時に撃ったらこうなったんだ」
「へぇ、肉を奪い合うほど食料がない、と?」
青年は首を振って否定。
「いいや、そんなことはない。ただ、持って帰れば軍からの特別手当が貰えるぐらい」
「特別手当?」
聞いたことがない手当に赤ずきんは首を傾げる。
「あー……最近つくようになったんだよ」
赤ずきんは、へぇ、と興味もなく、真ん中で心臓部分を一発撃たれて死んでいる人食い狼を眺めた。
だらんと垂れた長い舌から輝く石のような物が見え、赤ずきんは目を細くさせる。
「この人食い狼さん、何を食べたんですか?」
「何をって、どういうこと?」
目をキョロキョロと動かす青年に、赤ずきんは眉を微かに動かす。
「人食い狼さんは年々増えています。ここの森の広さなら三人でも手こずるほど巣食っているはず。協力すればみんなで仲良く例の手当というものを沢山貰えますよ? こんな一匹程度に奪い合う暇なんてないでしょうね」
「な、お嬢さんには関係ないんじゃないかな」
「はい、全くありません。ですが、ケンカしているなら食料に困っている私が貰っても?」
「そ、それは……この二人を説得できるなら」
青年は一歩後ろに下がり、赤ずきんに場所を譲った。
赤ずきんは腰ベルトに吊るしたホルスターから六インチのダブルアクションリボルバーを抜き、銃口を斜め上へ、森方向に発砲。
鼓膜が壊れてしまうほどの破裂音が響き、青年は後ろへ大きく下がる。
中年二人は耳を塞いで赤ずきんを見た。
「なななななんだ?!」
「み、耳が、このガキ……ッ」
「失礼しました。言い争いを止めるにはこれしかないと思いまして。私、食料が欲しくて、この肉を譲って頂きたいんです」
『ケンカはよくないよ』
赤ずきんと喋る狼に、中年二人は怪訝な顔をする。
「なんだこいつ……この狼はな、ただの人食いじゃない」
「そうだ! 宝石を喰ってんだ」
「宝石、ですか?」
毛皮のジャケットを着た中年は大きく頷く。
「おうとも、金持ちの馬鹿が森に入ってな、人食い狼に喰われたわけだ。宝石ごと、金ごと、こいつの腹の中。すぐ人食い狼に発信機をつけたから間違いない」
同じく革のジャケットを着た中年は頷く。
「その宝石は、狩人をやめたって遊んで暮らせるぐらいの価値があんだよ」
「…………そうですか」
赤ずきんは肩をすくめる。
『どうして助けなかったの? 助けてあげたら食べられなくて済んだのに』
「うるせぇな、ケチで有名な奴だったんだよ! 喰われてみんな喜んでるってもんだ!!」
怒鳴られた狼は驚いて赤ずきんの後ろに隠れてしまう。
「仕方ない、諦めましょう」
狼は頭を下げ、尻尾を垂らしたまま街道に戻って行く。
去り際、赤ずきんは三人に微笑んで、
「狩人ならご存知だと思いますが、人食い狼さんは音に敏感なんです。あと、残さず綺麗に食べるんですよ」
そう言い残して街道へ。
街道に戻った赤ずきんは、お腹を押さえる。
「町が近いから助かったね、しかも三つも町がある。たまには豪勢な食事でもしようかな」
『ねぇ赤ずきん、狩人なのにどうして助けなかったんだろう』
「……どうしてだろうね」
『狩人は町の為に働くんだよね?』
「あくまで名目上だよ、給料良くても人食い狼さんを狩るのは体力的にも精神的にも苦痛だから」
『よく分かんない』
「分からなくて当然、それでいいよ。今は」
『うーん』
森の近くで、何発もの爆発音が響き渡り、それは徐々に消えていく……――。
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