いつものように街道から逸れた場所にワンポールテントを設置し、折り畳みの軽量イスと小さなテーブルを広げている。
テーブルにはミニボトルの赤ワインと、硬貨が数枚。
「おい、こんなところに金と酒が落ちてる」
自動拳銃を片手にテントを覗く男性が二人、現れた。
「誰もいないみたいだな……他に金目の物は?」
「テーブルのだけだ」
二人ともフランネルシャツにジーパン姿で、髭を伸ばして狡猾な目つきをしている。
「拾える物は拾っとくか」
テーブルのミニボトルと硬貨を拾う。
『こんにちは!』
明るく挨拶をする声が聞こえ、二人は目を丸くさせた。
辺りを見回しているが、誰もいない。
「な、なんだよ、誰もいないよな?」
「あ、あぁ、テントの中は無人だった」
『こっちこっち、下を見て!』
体長一三〇センチの足元は白く、胴体につれて灰色が混じる毛をした若い狼は尻尾を横に振って呼ぶ。
「うわぁっ!!」
「狼?!」
二人は一斉に自動拳銃を狼に向けた。
『ねぇねぇ何か御用? 赤ずきんなら近くの町に行ってるよ』
「しゃ、しゃべってる、なんでだ?」
「わ、分からねぇけど……こいつ売ったら金になるんじゃないか? サーカスとかに売ったらしばらく遊べるぞ」
『赤ずきんが来るまで退屈だから、一緒にお喋りしようよ。どこから来たの?』
純粋に染まった琥珀の両眼をキラキラと輝かせて、二人の足元を動き回る。
「遠い遠い町から来たんだよ、内戦でもう跡形もないけどな。なぁ喋る狼さんよ、面白いもんがあるから、こっちにおいで」
『面白い物? なになに?』
「こっちこっち」
数十分後……――。
「いやぁ珍しいのが買えたよ、ってあれ、狼クン?」
食料を購入し、町から戻ってきた赤ずきんは空っぽのテントに、目が点になる。
テーブルの上が空っぽなのを見て、赤ずきんは肩をすくめた。
「やれやれ……」
背中にかけたボルトアクションライフルを手に持ち、ボルトを引いて薬室に装填されている銃弾を確認。
ボルトを押し込み初弾を送り込んで、ボルトを倒す。
トリガーガードに指をかけて、銃口は斜め下に向ける。
さて、と呟いた赤ずきんは真っ赤に熟したリンゴを斜めかけのポーチに入れて捜索を開始。
森は少なく、比較的人食い狼の被害が少ない地域は、緩やかな地形が続いている。
街道から逸れた場所を移動し、辺りを探るように見回す。
馬車が一台、街道を走っているのが見えた。さほど遠くなく、射程圏内。
フランネルシャツにジーパンの男が手綱を握り、馬を操っている。
荷台の後ろに腰掛けている男も同じ格好で、ミニボトルを片手に直接口をつけて中身を飲んでいる。
赤ずきんはボルトアクションライフルを構え、標準器越しに狙いを覗き込む。
指はまだトリガーガードにかけたまま。
ミニボトルが空になり、男はそのボトルを捨てようと手から離そうとした。
ほぼ同時、爆発音が響き渡り、ミニボトルは破裂したかのように割れ散る。
破片が男のあちこちの皮膚に突き刺さり、
「うがぁあわざああ!!」
男の叫び声も響く。
顔面を覆い、転がりながら落下。
「なんだ⁉ 銃声!?」
操縦している男は手綱を強く握り、馬を急かそうと鞭を打つ。
赤ずきんはボルトを引いて排莢、再び銃弾を押し込んで、ボルトを倒す。
そして今度は木の車輪を撃ち、破損させた。
車輪と荷台の接続部が完全に外れ、馬車は傾き、馬はバランスを崩して横に倒れてしまう。
男は悲鳴を上げながら外へ投げ出される。
その拍子に荷台の中から金属が外れる音が聞こえ、飛び出したのは若い狼だった。
急いで駆け出し、赤ずきんのもとへ。
『赤ずきん! 助けてぇ!』
赤ずきんは涙目になっている狼に、ホッと微笑んだ。そしてすぐ、ムッと口角を下げた。
「留守番をサボるだなんて、せっかく買ってきたリンゴはお預けだね」
『えっ?! だって、だって、あの人たち、面白い物があるっていうから』
「面白い物、良い物は大体怪しいの。何事も疑うことが成長の一歩だよ。そして、頼まれたことをちゃんとできることもね」
狼は尻尾を内側に丸めて、クンクン鳴らしながら、
『……ごめんなさい』
素直に呟いた。
「ふふ、狼クンが無事に生きているだけで私は嬉しいよ。はい」
赤ずきんはポーチからリンゴを取り、狼に与える。
尻尾を大きく横に振って、リンゴを銜えると容易く噛み潰し、美味しそうに食べた。
「……くそ、くそっ!」
外に放り出されて倒れていた男はホルスターから自動拳銃を抜き、片手に握り締めて赤ずきんに銃口を向ける。
一発、破裂音が響いた。
「いっ!?」
グリップが押しのけられるような衝撃が手に伝わり、男の手は空っぽになる。
「な、な、ぁ」
六インチのダブルアクションリボルバーを構えた赤ずきん。
地面を回転しながら離れていく自動拳銃を呆然と眺めた男は、ゆっくり目線を前に戻す。すると、目の前には唸っている狼の姿があった。
「うぅあ?!」
『よくもボクを騙したね! この、この!』
前脚で何度も男の顔面をバシバシ叩く。
「いて、いてぇって、悪かった、悪かったからやめてくれぇ!!」
「だってさ、狼クン。大目にみてやって」
『分かった!』
狼は大人しく赤ずきんのもとに戻り、一人と一匹はテントへ。
その晩、木の枝が燃えている焚火台を眺めながら、イスに座る赤ずきんはテーブルに新しいミニボトルの赤ワインを置き、魚を串焼きにして食べている。
『お魚、売ってたの?』
「うん、養殖、しているんだって」
『ようしょく?』
「人工的に育てて、増やしてるんだってさ」
『ふーん、それって美味しいの?』
「そうだね……一〇点満点中五点かな、まぁまぁ」
『満点の美味しいお魚は?』
赤ずきんは、懐かし気に目を細めた。
「おじいちゃんが釣ってくれた魚、かな」
『おじいちゃん?』
「そう、おじいちゃん」
赤ずきんはそれだけ答えて、串焼きの魚にかじりつき、夕食を摂った。
狼は不思議そうにしながらも、味付けされていない焼き魚に噛みついた。
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