戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

VSメドゥーサ–1

公開日時: 2021年8月9日(月) 21:07
文字数:3,610

 その車内は比較的落ち着いた物であった。極東支部付近の森を走行している時は凸凹した地面のせいでかなり乗り心地が悪かったものだが街へ出た時にはタイヤの揺れも収まり、尻に違和感がするほど滑らかなアスファルトを走る車内へと早変わり。足を組んで頬杖をつきながら窓の外を眺める歩夢と腕を組んで任務内容を思い出す駿来。2人は相対的な性格であるが八剣班の中では良き親友であり、良きライバルであるのだ。


 向き合って座る中、静寂を打ち破ったのは歩夢だった。丸い片眼鏡の奥には歪んだような瞳孔が見える。


「あぁあ、異動に移動を重ねて支部に帰ってきたのにまた移動か……。僕ら忙しすぎじゃない?」


「贅沢言うな、歩夢。俺たちはただの遠征任務で通常通りの活動をこなすだけでよかったのにあの東島班や稲田……いや、福井班達は色々と大変だったんだ。あの福井柔美という女の前で言ってみろ。どうなるかは目に見えるぜ?」


「分かったよ……」


 渋々と頷くが歩夢の顔からは疲れが取れていないのかゲッソリとどこか本調子ではなさそう。その疲れの原因は同じ八剣班の新人枠、水喰昇が原因だ。この青年は「自分がこの世界でどれだけ通用するか」を確かめに戦闘員になった行動力鉄砲玉の男である。戦闘の才能に恵まれた彼は上位魔獣の亜種とも言える孤軍鯱ロンリーキラーと適合。トントン拍子で八剣班に入隊したのである。


 そんな昇は早速と班長である八剣玲華に戦いを挑もうとしたが彼の心根を理解していた玲華は「見鏡未珠を倒せば考えてやる」と催促。そして未珠に戦いを仕掛けるが惨敗する。その敗北の際に未珠は「弘瀬駿来に勝てればもう一度戦ってやる」と催促。昇は駿来に戦いを挑んで敗北。その際に「恋塚紅音に勝てればもう一度戦ってやる」と言われ紅音に戦いを挑み……。


「なんで紅音は僕を指名したんだよ……! おかげで訓練中は昇のしょうもない戦いに巻き込まれるし、僕が楽しくお酒を飲んでたら意味の分からない絡みをしてくるんだ!!」


「いやまぁ、落ち着けよ……。でも紅音が戦ってないということはお前、昇には負けていないんだろう?」


「当たり前じゃないか。アイツは魔装の身体強化に頼りすぎる。上位者の動きを見て訓練を積み上げた僕がアイツに負けるはずはないんだ」


 昇もそうだが歩夢も歩夢でプライドの高い人間だった。名門、明通家の次男坊に生まれたが進学に失敗し、家を破門。そこから流れるように戦闘員に入隊し、上位適合発覚。八剣が来る前の見鏡班に入隊し、それはそれは輝かしい経歴を持つのだがそんな歩夢のキャリアをぶち壊すほどの強さを持った人物が入ってきたのである。


「僕は駿来、君に勝たないといけないんだからな。決着をつけたいものだよ」


「はは、俺はいつでも受けて立つぞ?」


 そう、弘瀬駿来の登場だ。あるわけがあって戦闘訓練にしか参加しなかった駿来が見鏡班にやってきたところから歩夢は自分のちっぽけな強さを恥じ、生まれて初めての努力をしたのだ。最初は毛嫌いをすることも多かった駿来だが彼自身、歩夢のことを必死に努力することができるすごい奴として仲良くしてくれるので今や良きライバル、親友のポジションを築き上げることができている。そんな親友相手に歩夢で「んでさ」と話を進め出した。


「さっきの“あれ“はなんだよ?」


「“あれ”? なんのことだ」


「みんなが支部から出る時にやったやつだよ」


 時は少し遡る。遠野翔太が待っていた倉庫の中で歩夢と駿来は同じタイミングで車に乗ろうとしていたのだ。その時に駿来の名前を呼びながらモジモジと近づいてくる女の影があった。紅音である。少し赤面しながら近づいてきた愛すべき女に駿来は首を傾げながら反応した。


「どうした?」


「あの〜、駿来〜。お願いがあるんだけど……」


「おう?」


「今回の戦いは本当に危険だからさ。おまじないが欲しいなぁって」


 紅音はポケットからソッとあるものを取り出して駿来にスッと手渡す。普段は着けていないはずの薬指専用指輪であった。紅音の魔装は右左両方に着用する指輪だ。なんともご丁寧な話であるが紅音の左薬指に指輪はない。


「指輪、つけてくれる?」


「こうか?」


 駿来はスッと指輪を薬指につけてキュッと安定させた。緊張した顔から一気に花のような笑顔になった紅音を見て駿来もニッコリと微笑む。薔薇色の空間となった駿来と紅音であるが戦闘員非リア代表の者どもはギョッとした顔で何やら妬ましい視線を送っていたものだった。


 ここまでを思い出した駿来は特に問題がなさそうだと判断してケロッとした顔で歩夢を見る。純粋無垢な顔で見つめられた歩夢は少しだけ目頭にシワを寄せて「やれやれ」と反応をした。


「一体どう育てばそんなお人形みたいな無垢な目ができるんだか……」


「あれは別に大したことじゃあないだろ」


「いやいや、あれは露骨すぎだろ? 左手、左手の薬指だぞ? お前、わかるよな?」


「意味は分かるが紅音にそんなつもりはないだろうに」


「お前バカか。あれはどう考えても脈アリだって」


「いやー」


 腕を組んでフンスと笑いながら窓の外を見る駿来を見て男として少し腹が立った歩夢は今まで合わせていた視線を逸らして少し嫌らしく毒を吐く。


「もしかして駿来、紅音のこと嫌いなの?」


「あ゛っ? んなわけないだろ。何で俺が教授の推薦を蹴ってまでして戦闘員になったと思ってるんだ」


「紅音の親がした借金返済のためだっけ? お人好しがすぎるよ、ほんと」


 歩夢のリアクションはいつも大きい。本人は飄々と生きていると思っているそうだがはなから見れば両手を広げてやれやれとポーズをとっている歩夢は飄々と生きているようには見えない。駿来は敢えてそのことには触れずに本心を話し出した。


「ちげーよ、バカ。紅音のことを愛しているからだよ」


「だったら何で紅音の気持ちに何の反応も示さないんだよ」


 ごもっともな質問を受けて装着していたガントレットがスチャリと音を立てる。その音を聞き逃さなかった歩夢はゆっくりと視線を駿来に合わせに行った。こういう押しには少し弱い駿来は頭を掻きながらため息混じりに声を出す。


「あ〜、聞くか?」


「ここまで喋ったんだ、聞かせてくれよ」


「俺告ったんだよ」


 衝撃の発言に歩夢はギョッとした顔で駿来を真正面から見た。駿来から見れば歩夢が目を大きく見開くのは相当驚いている証拠なのでそりゃそうかと納得する。片眼鏡の奥の瞳は暴れ狂っていた。


「マジで? いつ? 結果は?」


「落ち着け。これは未珠さん以外俺と紅音しか知らないことだけどな。高校の時さ。幼馴染だったアイツのことが俺は好きだって気がついたんだ。それで居ても立っても居られなくなって告った。そしたらフラれた」


「えぇ、アイツ振ったのか!?」


 トントン拍子で語られる衝撃の事実に歩夢は今から激戦地へ出向くことを忘れてまたまたオーバーリアクション。その様子はまるで中学生のようだが駿来は何も言わない。歩夢は歩夢でその恋愛があまりにもベタすぎることに吹き出しそうになっていたが最後のフラれた発言で一気に衝撃へと成り代わった。


「そ。でも諦めきれなくて改めて友達としての付き合いを続けたんだ。そんな関係だった時に紅音の親のことをしってな。あとは知っての通りだ」


「アッヘェー、そんなことがあったのか。でも紅音の気が変わったとかあるのかも……?」


「まぁないだろうな。アイツは昔から頑固だから。そういうところも好きなんだけどさ」


「ベタすぎんだろ、お前」


「ハイハイ。ったく……俺ら今から戦場に行くんだぜ? 何話してんだよ」


 ようやく自分たちの話が場違いであることを悟ったらしく、駿来は舌打ちのあとに深く椅子に座ってまた瞳を閉じた。


「まぁまぁ、いい話が聞けた。愛する紅音ちゃんのために生きて帰るとしよう」


「お前殺すぞ、マジで」


 そんな会話を続ける中で今まで一番空気を読んでいた運転手はここぞというタイミングを見つけて車を止める。目的地到着ちょうどに話が終わってよかったと思いながら後ろに振り返り、臨戦態勢を整える二人に話しかけた。


「お二人共、目的地に到着しました。警備班の報告では超大型の目的は数ブロック先からこちらに向かって接近中とのことです。……支部より、既に民間人は避難が完了しているから全力で戦ってこいと」


 運転手の言葉を聞いてさっきまでお楽しみ空間だった車内は煮えたぎる戦闘のボルテージに包み込まれる。序列一位の風格を見せながら駿来はガントレットを、歩夢は背中にかけてあった弓に手をかけて目だけを合わせあった。


「ねぇ、駿来。全力で、だってさ」


「標的は超大型とも言ってたぜ?」


 車から降りた二人は横に並びながらお互いの顔を見せ合って武器を構える。


「つまりさ」


 歩夢の問いかけを聞いた駿来はガントレットから黒い光を、歩夢は畳まれた弓を起動させて緑の光を発生させる。瞬く光の中で漆黒の弁慶と碧眼の射撃者は確かに微笑んだ。


「いい的ってことだよな!」


「いい的ってことだよね!」

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