「エ、エリー……」
マルスは目の前で大楯を掲げ、飛びかかってきた狐の攻撃を防いだ一人の戦闘員を見ていた。白く透き通る髪、白人特有のミルク色の肌、碧色の目、服は演習で見た彼女の戦闘服ではなく、白色ベースのワンピースだった。戦闘には不向きなはずのお出かけ用の踵の高い靴を履いている。日傘があればエリーはどこかのお嬢様のようである。
「援軍って……お前だったのか……」
「えぇ。私は貴方達と違って普通に会う人がいたからこの辺に来てたんだけど」
エリーはそういいながらマルスの後ろにいる香織をじっと見る。香織はデートもどきをしていたことがバレたような気がしてスッと目を逸らした。
「あぁ、香織。こいつは二回戦で俺が相手した稲田班のエリー」
「エリーです。一瀬香織、ですよね? 反田から聞きました」
「あぁ……あの人から……」
淡々と自己紹介をしてくれたエリーと彼女の口から漏れ出た反田という言葉に香織は「アハハ……」とぎこちない笑みを返す。香織の中で反田一馬は思い出したくない嫌な出来事として片付けられていた。
「エリー、この女性を入り口まで連れて行かないといけない。手伝ってくれるか?」
「……彼らに頼めば?」
エリーは入り口側の方向を指差した。その方向には狐が通させまいと密集して唸っているだけである。マルスは何を言ってるんだ? と首を傾げていると突如として入り口付近から突風が吹き荒れた。それによって勢いよく放射状に吹き飛ばされる狐達。何匹かマルスの剣に刺さったので彼は「ウゥ……」と唸って刺さった狐を振り下ろした。
何が起きたのか全く持ってわけがわかっていない女性はマルスと香織とエリーに囲まれてオドオドすることしかできない。パニックになりすぎて気を失いそうになった瞬間、彼女の肩を何者かがそっと手を置いた。
「もう大丈夫、僕と直樹が君をシェルターまで送るよ」
サムズアップしてニッと笑う青年が女性の肩を掴んでいる。緑色のジャケットの下には白色のシャツ。深緑のズボンを着ており、双身剣を持った稲田班所属の戦闘員、双葉小次郎だった。
「え……、あ……?」
「行くヨォ〜!」
小次郎は女性をお姫様抱っこのように抱えて広がった狐が体勢を整えるうちに入り口まで素晴らしい速度で駆けていった。その光景を見てたマルスと香織は「今の、何?」とポカンとした表情になる。そんな二人に話しかける人物が一人。
「初めまして……かな? バーチャルウォーズでは対面できなかったね。稲田班所属、佐久間直樹です。さっき走って行ったのは僕の幼馴染兼稲田班戦闘員の双葉小次郎」
丁寧に自己紹介をしてくれた人物は二回戦の一番最後でレーダーを盾にオドオドした挙句に素直に降参した戦闘員、佐久間直樹だった。左腕に抱えているノートパソコンのようなレーダーが魔装の稲田班の索敵役である。
「お前達が援軍だったとは……」
「アハハ。ちょっと縁を感じるよね」
佐久間は茶色のロングTシャツとジーンズの超地味コーデをした人物で髪型も少し目が隠れがちな長めの髪型。直樹という名前は優吾からよく聞いていたのでこいつだったか……とマルスは少し感慨深くなったのだ。
「お待たせぇい! 第一任務完了じゃい!」
あまりに場違いなほど元気な声で走ってくる小次郎。ショタ顔スマイルを決めてゴーグルをつけた姿はまだ幼い印象を受ける。しかし、直樹が「もう24なのに……」と呟いてることを聞いて圧倒的に年上であることを知った。
「あの……どうやって攻め込むとか作戦などはあるんですか……?」
今まで黙っていた香織が少しソワソワしながら直樹に聞いた。直樹は「勿論あるよ」とレーダーを起動させた。レーダーの機体に茶色の線が入って起動する。そしてショッピングモール内の地図を見せた。
「この赤い点が幻狐。見えてないけどフロアを埋め尽くすほどいるね」
直樹のレーダーは物凄く高性能であり、赤い点として幻狐を表示する。その動きを細かく表示して進行方向の予測まで行っている。平面状の地図やホログラムを使った立体地図など様々な見せ方が可能なのだ。
「この魔獣は本来大人しい性質で人間に危害を及ぼさないはずなんだけど……おかしいね。この施設内の狐はちょっとトチ狂ってる。数が多いから気をつけないと……」
直樹を真ん中に置いて護衛する形で戦闘を強いられたマルス達。しかし、飛びかかってくる狐は小次郎の突風によって纏められるようにして吹き飛ばして時間を稼ぐことができる。これが2位の実力……とマルスは感心した。
「よし、作戦は決まり、説明するからよく聞いてね」
直樹はレーダーを使っての索敵を行いながら説明を始めた。幻狐の毛は特殊で光を反射する性質を持っている。この毛を使って太陽光などを微妙に歪めることで盲点を作り、視界に自分の姿を映さないという芸当ができる魔獣なのだ。現在、姿を現している狐以外にも隠れている個体がいることがレーダーによって判明した直樹は光を遮ることにする。この施設内のブレイカーを落として電力を断ち切り、電灯全てを消灯。浮き彫りになった狐を全て討伐する作戦だ。
「ブレイカーは一階フロアから繋がる関係者口の奥にある。僕と小次郎で落としに行くからエリー達はここで迎え撃ってくれないかな? 幸い、個体の強さはそうでもないから」
「わかったわ」
淡々と決められていく作戦にマルスは感心した。二回戦でミサイルを使った分断作戦が成功したのもこの直樹という人物がいたおかげでスムーズに進んだのだ。本体の戦闘性能は皆無でもこれだけの段取りのよさやレーダーがあれば十分な力になる。
「ふぅ〜……一般装備だけど拳銃あってよかった。小次郎、行こう」
「アイアイさー!」
拳銃とレーダーを持って緊迫した表情で向かう直樹と遠足にいく小学生のようにウキウキした顔で走る小次郎。どこの班にもデコボココンビという存在はいるものだということがわかった。
「じゃあ、俺たちはここで迎え撃つんだな? エリー、香織、出るぞ」
「う……うん」
香織は大槌を構える。なんとなくエリーという女性が来たことによって自分の存在が薄くなっていることに引っかかりながらも飛びかかってくる狐に対して横ナギフルスイングを打ちかますのであった。
〜ーーーーーーー〜
関係者口へ向かう小次郎と直樹に対して狐は飛びかかるような体勢で襲いかかる。しかし、そのたびに小次郎が双身剣を振るって切り捨てるなり、吹き飛ばすなりしてくれるので直樹はレーダーを確認するだけとなっていた。
「ここだ、小次郎。中にはウジャウジャいるから気をつけて」
「わかってるよぉ! 開けるね」
今だにどこか楽天的な小次郎にため息をつく直樹。小学生の時から小次郎とはずっと一緒だが大人になっても彼の性格は変わることはなかった。二回戦で相手した関原さんも苦労したんだろうなぁ……と考えていると小次郎はガバッとドアを開ける。ドアの先には入り組んだ通路があり、その通路からフッフと狐が次々に姿を現した。小次郎は「おぉ、怖」とだけ言い残して双身剣を構えてニッと笑う。
「竜巻燕!いっくよぉ〜!」
高速回転を開始した双身剣を中心に狭い通路内で竜巻が巻き起こり、狐を巻き込んで小次郎の元に接近させる。この狭い通路上に発生させた竜巻は狐の皮膚を捥ぐように吹き荒れて隠れていた狐さえも巻き込んでいく。小次郎はその吹き荒れる竜巻の中に潜り込んで自分の体を風に乗るように回転させて竜巻の中でもがく狐を切り捨てていった。音をあまり残さずに急所である喉を切り裂いていく小次郎の風格には迷いがない。
楽天的な性格が戦闘にも活かされており、頑固たる自信の一撃。オーバーキルなんてことはせず、確実に相手を仕留めていく戦闘は序列2位「タクティクス」の名に恥じない戦闘法だった。
「ねぇ、かっこよく見せるのもいいけどさぁ。僕も大変だから……よいしょ……、急いでね?」
「わぁっかてるぅ!」
一般装備の拳銃をレーダーの補正を利用して脳幹に目掛けて射撃する直樹。数はエリー達の方へ寄ってるからか数えるほどしかいないが拳銃で対処するには大変な作業だった。パスンパスン! と発砲しながら「あぁ……こんな時に咲さんがいたら楽なのに……」といつもはベッタリとくっついてくるメンヘラ女のことを思い出していた。
「直樹! 突破口は開けたよ!」
「お、本当だ。ナイス、小次郎。進むよ」
関係者口のドアを閉めて入り組んだ通路を進む小次郎と直樹。余裕が生まれたのか、小次郎が直樹に話しかける。
「まぁさか、こんな任務するとは思わなかったなぁ……。直樹」
「そうだね。しかもこんな街中に魔獣が現れるのも前代未聞だし……。自然にあの狐がこの施設に入ったとは考えられないよ」
「でも、この狐の能力は姿を消すだよ?」
走って移動しながら足元の狐の死体を指差す小次郎。直樹は「それもそうなんだけど……」と言葉を紡ぐ。
「第三者の介入がないとあそこまで大人しい魔獣が凶暴になるかなぁ……。人間には手を出したことがない魔獣なのに……」
「今、噂の亜人って存在のせいなのかな?」
「その可能性が高いけど……どうして凶暴化に……一体なんのために……」
実際、直樹達は亜人と交戦したことはない。交戦したのはあの新人殺し、東島班だけである。亜人は単純に殺すだけの存在なのか、何か巧妙な手口を使って、ある目的のために動いているのか? だとすればこの施設に狐が現れたことに意味はあるのか? 亜人の目的は何なのか……。
「あ、電力室。ここだね」
ガチャリとドアを開ける小次郎。急いでレーダーを確認したが幸いブレイカーのある電力室には狐はいなかった。奥にあるブレイカーを直樹はこじ開けて「これを下げるんだよね?」と直樹に確認。彼はうなづいた。ガシャンと降ろされた瞬間、施設内が真っ暗になる。この関係者口には窓がないため一瞬で視界が真っ暗になったが直樹は適合生物の恩恵によってある程度の暗視効果があるためにそのままレーダーを確認する。これで狐は姿を隠すことができなくなった。おかげで隠れることができなくなった狐はパニックを起こして狩りやすくなるだろうと思っていた直樹の思考は完全に裏切られる。
「は……、ちょっと待てよ……?」
狐を表示している赤い点が一斉に移動を開始した。二階、三階にいる個体も一斉に移動を開始してエリー達の方角へ向かっているのだ。エリー達が危ない! と思うが何故か狐はエリー達を襲うことはなくスルーしていく。向かう先は入り口……。
「しまった……、入口には光があるよ! こいつら外に出るつもりなんじゃ……!」
悪夢はまだ終わらない……。
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