「血を啜って能力を奪う力……?」
「あぁ、その通りだ。やつは現在、小次郎と俺の力を少し奪っている」
稲田は鎖鎌の分銅を振るいながら悠人とマルスに能力の説明を行った。マルスはその説明を聞きながら今までの奇妙な臨時任務を思い出している。発端は4位へと繰り上がった後日に行った辺境調査、パイセンとサーシャが事務局付近でイリュージョンフォックスの足跡を多数発見。そしてそこから日を置いて狐が姿を現したのが自分と香織が買い物に行った時。そこから非番の日を挟んで今日、レグノス班が狐討伐任務のために出動。結果、全滅。稲田班は半壊。おそらく、狐は戦闘員の情報を探るために使っていたと悟る。自分がどの能力を欲しいかを見極めるために。光を浴びることで姿を消す能力を持った狐がいれば任務出動中の戦闘員の情報を探るなんて朝飯前である。
「探していたんだな……餌を。それじゃあ俺が一回相手した狐達の中にお前が混じっていてもおかしくなかった」
「勘が鋭いのな、その通りだ。我が力を得るためには愚者共の力が必要だった。必要な力を得るための正当な殺し、人間も行っていたことだ」
マルスはビャクヤの言葉を聞いて資料部屋で読んだ資料の人間の言葉、「人類の発展のための正当な殺し」という文句を思い出して舌打ちする。人間が亜人に行ったことは許せることではない。今亜人がやってることも許せるものではない。この亜人を動かしている神がいるのか分からないが今はこの悲劇を絶たないといけない。マルスは剣をビャクヤに構える。隣に悠人が立って同じように夜叉を構えた。
「お前が殺したんだろ……レグノスさんを……。お前が……!!」
「何を言っておる。貴様ら人間も我の先生を嬲り殺した。面倒なのだよ……愚者共に説明するのも」
悠人はグッと黙り込んでしまう。憎しみは憎しみしか生まない。これはマルスがチェスをやってる上でずっと思っていたことだった。あくまでも自分たちは魔装を持たなかったら愚者と呼ばれても仕方のない一般人なのだ。そのことを悠人もわかってるが故に黙る。そして無言でマルスにうなづいて突撃した。
ギミックが作動して蛇腹のようにうねるマルスの剣に空気中の水蒸気が張り付いて足元から霜を作り出す悠人の刀。ビャクヤはスゥっと太刀を抜いて不規則に襲い掛かるマルスの剣を横薙ぎ一閃、受け止める。滑らせるようにして受け止めたマルスの剣を潜り抜けるように悠人は一閃を仕掛ける。しかし、ビャクヤは辺りに突風を発生させて悠人の接近を阻止した。強制的にねじ曲げられた空気がゴォオオ! と音を立てて悠人に襲い掛かる。悠人は一瞬だけルージュマンティスを発動させることで気圧を退けることに成功した。
マルスも一旦距離を取ると風が晴れたところを狙って稲田が鎖鎌を振るう。試合で見た時よりかは怪我の影響もあり鈍いところもあるが力量としては十分な動き。ビャクヤは全身の整体電位を稲田から少しだけ奪った力で上昇させ、稲田の鎖鎌を受け止めた。痺れるような苦痛はないが指先が小刻みに震えるような違和感はあった。分銅で太刀を絡めとった稲田は鎖を引いてビャクヤを引き寄せて斬り裂こうとしたがビャクヤが回避と同時に突風を発動させたので逆に稲田が吹っ飛ばされることになった。
なんとか空中で体勢を整えて着地する稲田。しかし、傷が傷んできたのか膝をついてしまう。稲田の顔からは脂汗が垂れていた。
「稲田さん!」
「気にするな」
「でも……! これ以上動いたら本当に取り返しがつかなくなります!」
「小次郎の……一馬の……円にエリーの仇を取るのは俺だ」
犠牲者の中にエリーの名前があったことにマルスは驚いた。奇妙な存在と思って警戒していたがまさか犠牲者になっていたとは……。正直言って彼女から聞き出したいことは沢山あった。しかし、あの時施設で戦った時以外は事務局で彼女を見かけていない。稲田班には親しく話せる仲がいなかったマルスは偶然鉢合わせる展開を望んでいたのだが現実はそうにもいかなかった。
「稲田、休め」
マルスは稲田の前に出る。悠人は一瞬、呼び捨てで呼ぶなよ……と言おうとしたがマルスの顔があの決勝戦の時のような決意に染まったものになっていたのでグッと喉元で堪える。マルスだって怒りはある。始めは仕方がないからと人間の味方についたが今は違う。人間側の神として何ができるかをずっと考えていた。結論として、自分を必要としてくれた人を守り切る。これがマルスの存在意義である。
「稲田班やレグノス班の奴らはいいやつだった。班長のお前が無理をしてどうする。稲田班の象徴となるのがお前の役割だ。無理するなよ」
稲田はマルスのこの言葉にグッと黙って悠人から最後の冷却を受ける。これ以上冷却すると壊死してしまう可能性があったのでこれが最後である。稲田を守るようにマルスと悠人は隣同士に立つ。
その様子を見てビャクヤは「相変わらず団結は早いんだな」と呆れたような表情で能力を起動させる。ビャクヤの周囲を突風が吹き荒れて彼を包み込む。電気を含んだ突風を身に纏って稲田の身体強化の劣化版のような強化状態に入る。稲田ほど素早く動くことはできないが全身の筋肉が反応して凄まじい力を生み出す強化状態である。
「出るぞ、黒戦剣」
「銀刃鮫!!」
魔装の身体強化を施したマルスと悠人は同時にビャクヤに斬りかかった。ビャクヤはさっきとは比べものにならないスピードで太刀を振るう。マルスはジャケットの右腕部分をスパッと切られて血を吹き出してしまったが悠人がすかさず冷却で血を止める。そのことに感謝しながら一歩踏み込んで剣を突き立てに行く。
ビャクヤは最初から見切っていたようにマルスと悠人の剣を受け止めた。マルスにも悠人にも剣を伝って電流が襲いかかり、スパーク仕掛けたので急いで距離を取ろうとしたがマルス達の背中を押すように発動された突風によって引き寄せられてしまう。二人は同時に引き寄せられて勢いよく頭をぶつけてしまい、一瞬だけ視界が揺らぐ。ビャクヤはその隙にとバサリと二人の腹に傷を入れた。少しだけ血を取るための傷なので深くはないが苦痛は襲い掛かる。
ビャクヤめがけて飛ぶ血飛沫を見た悠人は瞬時に血液を冷却させてビーズ状のしていく。突風に乗って高速で飛んできたビーズをビャクヤは急いで叩き落とした。これじゃあ奪うことができないことを悟ったビャクヤは舌打ちをする。斬られた胸を押さえながら笑う悠人を見てマルスも汗を垂らしながら「ありがとな」と答える。
「中々の実力なのだな。人の身でよくぞここまで……」
ビャクヤは腕を組みながらフゥムと興味深気にマルスと悠人を見る。そしてこいつらの血をなんとしてでも啜ると決めてジュルリと舌舐めづりをした。
「ククク……これが我の望んでいた能力だぁ〜!」
「これは能力じゃない。俺自身だ」
舌打ちをしながらビャクヤに返答するマルス。やはり自分と悠人に目をつけたか……と警戒する。現在相手が奪っているのは稲田の電撃を少々、そして双葉小次郎の竜巻燕、突風で防御を展開しながら太刀に流した電撃は強烈だった。もしもビャクヤに能力を奪われると本当に取り返しのつかない事態にまで陥ってしまう。それだけは避けなくてはいけない。
今度はビャクヤから迫ってきたのでマルスと悠人は身構えた。振るわれた太刀は放射状に突風を吹き荒らし、マルスと悠人の足場を一瞬だけ悪くする。変に空気がピリピリして毛が少しさか立っている部分もあり、ビャクヤの電撃の威力が増していることを表している。マルスは決勝の八剣玲華戦を、悠人は水喰昇戦を思い出しながら迎撃した。マルスは受け止めたらすぐに引き離す。悠人は流れるように下手に力を入れないようにして太刀を弾いた。依然として電撃は襲いかかってくるがこの苦痛に苦しんでる暇はない。マルスと悠人は無言でうなづきあってビャクヤの太刀をコンマ0秒のタイミングで合わせて同時に斬りかかる。
その様子を見ていた稲田は準決勝の時とは想像もつかない連携を見せる悠人とマルスに驚きを隠せない様子となっていた。自分も混ざろうかと思ったがこれは横槍を入れない方が良さそうだと思うほど洗練された共闘。言葉なんか必要なく、目線だけで味方の行動を把握して最高のコンディションで戦闘する若さゆえの神業。稲田は「すごい……」と呟く。そして同時に自分には知らない間になくなっていた熱意というものを思い出した。上位班の班長をする時にはもうなくなっていた人として大事な、戦闘員として大切な何かを守る熱意。レグノスからもよく「お前は強いんだけどなんかなぁ……」と言われてきた言葉の意味が今わかった気がした。
仕事と割り切って淡々と強さを使っている自分がいたこと。その強さは誰のためであって何のために向上させていくのか? という根本的なことを忘れていたことに稲田は気がつく。だから準決勝でも舐めた口調で「諦めろ」なんて言葉をかけてしまったのだと。上位班なら「かかってこいよ」と言った方が相手のためになっていたということに気がついた。
「これが……新人殺し……、新人なんて言葉消えてしまうような実力持ちの若手班か……」
フッと笑う稲田。遠目であるがその様子を見ていたビャクヤはなぜ笑っているかは分からないが少し気分が悪くなる。愚者もとうとうイカれたか……と思うと同時に待てよ……とあることに気がつく。
今斬り合ってるこの二人組はまだ若い。人魔大戦が起きた時の自分と同じくらいである。そう考えれば……とビャクヤはニタリと笑ってすり足の要領で距離を取った。その頰まで裂けるような笑みが不気味になってマルスと悠人も距離を取る。「おい何を……」とマルスが声をあげようとするとビャクヤの太刀の先端から一点に集中された風圧で作った稲妻の弾丸が現れて一直線に飛んでいく。その射程の先にいた人物を知って悠人は声を上げる。
「稲田さん!!」
悠人が声を上げて振り返ると胸部に大穴を開けた稲田が……。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!