戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

VSアラクネ-3

公開日時: 2021年8月23日(月) 21:10
更新日時: 2021年8月24日(火) 18:54
文字数:3,078

 玲華はたしかにその悲鳴を聞いた。坑道全体が細かく震えるように恐怖に包まれた空間で驚嘆しながらアラクネと対峙する。アラクネが装甲を開いたと思えば中にいたのは一回り小さい肌色のアラクネが粘液を垂らしながら姿を現した。


 玲華は産み落とされた赤子のような印象を持つ。いや、人そのもののようなアラクネを見たが故に何かと関連づけようと脳が必死に動いていた。魔獣の域を明らかに離れすぎている。肌色の体は全て人間の腕であり、八本の脚も同様、体や人間だった部位も全て腕を複雑に絡めることによって形を成していたのだ。


 アラクネの人型の部位を見るとさっき潰した頭や切り落とした脚に跡が全くなかった。


「糸で装甲を操っていたようで?」


 この魔獣のルーツはなんであろうか。蜘蛛の魔獣をベースにしたことは分かるが残酷な方面で考えると人間を依代に製造したとしか思えない。そう考えると亜人の所業に怒りが湧いてくる。いつもは表情を全く変えない玲華の顔に筋が浮かぶ。


 咆哮を終えたアラクネは玲華を、玲華はアラクネを警戒する。お互いに獲物を越えた脅威としての目で相手を見ている。がらんどうなアラクネの目はたしかに玲華を見ていた。そんな玲華も様々な重みを詰めた眼差しでアラクネを見る。


 アラクネの人型部位が半分ほどの大きさに縮小したと思えば自由になった腕同士が絡み合い、巨大な二本の腕を作り出す。全身より大きい巨大な腕を見て玲華は低く剣を構える。


「こんな変形まで残っているとは……」


 眼差しの奥で警報が鳴る。言葉を発した一瞬の隙を縫うようにアラクネは動き始めたのだ。脚で跳躍したアラクネは一直線に玲華目掛けて腕を振るう。


 流石の玲華も反応することができず、壁に吹き飛ばされるが激突の瞬間に壁を踏み込み、そのまま走ることで勢いを殺した。壁上方まで走った玲華は真下にいるアラクネ目掛けて飛んだ。アラクネも急降下する玲華にさっきよりも大きな咆哮を上げて腕を組んで迎撃の形を取る。


「そこ!!」


 突き出された腕を剣で流して、腕に飛び乗った。縦に長い傷ができたアラクネはさっきとは違い、恐れを全く見せずに飛び乗った玲華を振り落とそうと必死にもがく。その腕に剣を突き刺して玲華はしがみつく勢いで持ち堪えた。


 刺し続けるにあたってアラクネの叫び声は段階を挙げるように激しくなっている。その叫びは痛みの叫びか。腕を地面に叩きつけながら発狂するアラクネには手が負えず、玲華は飛び出して一旦距離をとった。


 少しだけ息が荒くなっている自分がいる。思ったよりこの腕の状態が厄介だった。自分の剣を見てみるとその先から柄まで赤い血が垂れており、ベタリと玲華の手に引っ付いて垂れる様子は本物に見えた。


「やはり本物……」


 静かな怒り、体にこもった息をゆっくりと全て吐いてから一気に吸い込んだ。極限まで締め上げられた体に剣は呼応するように光り輝いた。踵から足を踏み込んで一気に駆け抜ける。


 右腕を大きく振るってアラクネはなぎ払おうとするがこれを回避。回避に続いて接近する過程で玲華はホルスターに回した弾丸を発射した。直撃だ。その手応えを感じながらさらに接近を試みると左腕が確実に玲華を捉える。剣を縦に置いて受け流し、地面に無事着地した玲華はまたも距離を取られてしまった。


「おかしい……。目がある部位を先に潰したのに相手は確実にこちらを狙ってきました。まさか、蜘蛛型本体? それとも両方? 分かりませんね」


 考える八剣にアラクネが両腕を組んで一気に振り下ろす。他愛もない一撃だったので容易に避けた。


「危な。一秒も経ってないのに縮めてくるなんて。随分と早い」


 さっきから独り言を脳内でブツブツと唱えて糸口を掴もうとしているが相手がただ糸を出してくるだけでこっちの意図は何にも進展しなかった。思いついては消して、思いついては実行して、そうやって小さな穴に差し込む糸を玲華は紡ぎ出す。ここまで考えながら戦うほど、このアラクネは手強い。魔獣と人間とでは強さが違うと言ってしまったがどこか人間らしさを感じるこの魔獣は本当に奇妙なものだった。


「とりあえず、やってみましょう」


 さっきの腕のタイミングで拘束を行わなかったことを見るに、糸を出す機構は装甲の中にあるとみていいはず。玲華はクッと唇を噛んで再び突撃。腕を避けながら今度は蜘蛛目掛けて弾丸を発射した。直撃したアラクネは不自然なほどに攻撃をやめて跳躍したのだ。


「そっちが本体ですか!!」


 やっと掴んだアラクネへの意図。跳んだアラクネは身を少し捻りながら真下の玲華を見ている気がした。明らかに恐れている。跳んだアラクネの下に入るタイミングで玲華は合わせるように跳躍した。ガンソードはさっき以上に光り輝き、核の魔石が玲華の右腕を巻き込むようにして幾何学な模様を作って本気の一撃の合図を送る。


 空中で回転を入れながら玲華は光り輝く剣をアラクネの蜘蛛型に差し込み、下から一気に切断していく。叫び声をあげるアラクネに辺りに飛び散る血潮の嵐。これでいい。回転を終えた玲華が着地したのと遅れて地面に追突するアラクネ。振り返った先には無惨に斬られた姿が残っていた。


 蜘蛛の部分がM字に割れて萎むように崩れており、両腕を落として動くことはなかった。さっきまで腕を絡めながら動いていた蜘蛛とは思えないほどの萎え様であった。一気に決めるために剣の振動を震え上げさせて演習では見せなかったほどの威力を誇る剣だから当然か。


「やりましたね」


 そう声を上げた刹那、蜘蛛部分の前方が光った。玲華は瞬時に剣先を持って光る部位目掛けて投げる。がしかし、さっきまで落ちていた右腕が起き上がってその剣を弾いたではないか。眼を開いた玲華は起き上がった左腕で握られてしまった。


 玲華に見せつける様にアラクネの蜘蛛部分に近づいた腕。玲華の視線の先には割れた蜘蛛の頭から一匹の蜘蛛が出てくるという想定外な出来事が起きていたのだ。蜘蛛が出てきたタイミングで腕以外の部位が腐る様に消えていった。蜘蛛は人間の頭くらいの大きさであり、目と脚がついた脳みそと言った奇妙な姿をしていたのだ。


「まさか……この巨体をそんな体で操っているとは」


 コマドリのように脚をヌルヌル動かす小さな脳みそは糸を引くように動かして右腕を加えて玲華をさらに強い力で締め上げた。息苦しさと体にかかる重みに耐えながら玲華のドレスアーマーはヒビを上げる。


「そんな小さな体で……でもおわり」


 さっきから焦るような表情を見せない目の前の人間に脳みそは苛つきを感じていたがその余裕の理由を知ることになる。玲華がそう口にした途端にさっき弾いたはずの剣が突き立てられるではないか。まさか離れていても手繰り寄せることができるとは思えなかった脳みそは弱々しい声を発して糸を離してしまった。


 腐るように消える巨大な腕の中、玲華は優雅に着地して足元で蠢く脳みそを一瞥する。被害者なのはこの脳みそもそうであった。亜人、一体どんな素材でこの蜘蛛を作り出したのか。考えば考えるほど残酷であるが……玲華は剣を脳みそに突きさした。最後に響いた弱い声は段々小さくなっていき、消えた。


「そんな業をあなたが背負うべきではない。どうか、安らかに」


 体を構成していた無数の腕が崩れなかったことを見て脳みそが本体であることが確定した玲華は腕の持ち主に祈りを捧げる。少しヒヤヒヤする戦いであり、一種の哀しみを感じる脳みそに祈りを捧げた。


 祈りを終えた時、坑道全体が揺れ始めた。


「流石に限界が。早く出るとしましょう」


 先に逃げた戦闘員を心配しながら玲華は走り出す。


 アラクネ、討伐完了

主は何の試みを図ったのか。か弱い螽斯に英雄の如き力を授けた。そうして地上に蔓延ることになったのが鬼螽斯デモングラスホッパーである。冬きたりならば寝床を作るが良い。従えた虫に作らせるが良い。体に生えた剣と共に英雄の道を歩まん。

 

「魔獣記」より抜粋 “英雄の虫”

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