これまでの亜人騒動において痛い結果となってしまったのは戦闘員事務局だけではなかった。極東支部直属魔獣研究所、縮めて魔研も窮地へと陥ったのである。主に極東支部のサポートとして存在するこの施設であるが現在はレグノス班壊滅、稲田班は半壊と言った大ダメージの影響でどちらも本部からの支持率が大いに下がったということになっていた。
研究所の資金は主に本部からの支給で成り立っており、十分な資金をもらって研究を進めていたのだが今回の騒動によって支持率は減少、それによって研究資金も絞らなくてはならない事態に陥ったのだ。一定の支持率の基準が厳しく定められた中で本部からキツイ一言をもらった魔研所長、小谷松はこの状況をどう打開しようかと色々と思考した。魔獣を捕獲して魔石を抜き取り、その魔石を利用した新しい魔装を作り出そうとしたがそれをしたところで何も変わらないことを知り、打ち切った。
小谷松は自分の所長部屋で研究結果のレポートを閲覧している。タブレット型端末にまとめられた情報を横目にこれからどうしていこうかの思考を続ける。現在進めている計画が成功すれば……この研究所の支持率は大いに飛躍し、あのレイシェルの騒動を無かったことにできる。その上、小谷松自身の地位も上がることになるかもしれない。戦闘員事務局の次なる所長へとなり、権力を更に上昇させることが出来るかもしれない。本部からは「レイシェルを見張れ」との連絡が来たので小谷松は早速佐藤に連絡し、監視役して利用したのだ。
レイシェルの動きをその都度報告してもらいながら自分は研究所の手配を進めていくのだ。最近はずっとそのような生活だった。自室で資料を閲覧しているとコンコンとノックの音が。小谷松は「入れ」と声を上げる。入ってきたのはファイルを片手に持った女性だった。濃い青色の縁のメガネを着用しており、一つ括りにした茶髪を背中に流している。現在、小谷松達が進めている研究の主任に任命された女性で性を上和田という。上和田は一礼を行ってから報告を始めた。
「主任の上和田です。所長、発見された核が安定したのは昨日ご報告した通りです。今日は装備を着用させた上で起動させて見たのですが……こちらをどうぞ」
ファイルに挟まれたタブレット端末に映像を映し出す。さまざまなアングルで撮影された映像だった。カッとした白いライトが背景を彩る中で何やら無数のコードに繋がれた3種類の影が見える。小谷松は少しだけ目を凝らした。その影に薄緑色のライトのような線が入ったと思うとゆっくりと動き出す。
「これで……サンプルは完成です」
小谷松は上和田の報告を聞いてデロリと笑った。どうやら運命の女神は小谷松に微笑んだようである。ようやく、研究の完成が来た。そう確信すると言葉にできない高揚感が胸の底から湧き上がってくる。あまりの興奮に息が荒くなりそうだったがグッと胸を押さえてこらえることに成功した。
長い間、長い間構想をまとめて準備を進めていた。本部のコネで成り上がったレイシェルに対し、小谷松は野心と這い上がる地力だけで成り上がった研究員だ。この研究所長を任されてから進めていた裏の計画。日々デロリとした笑顔を向けてしまうのは課題だったが勘づかれたということはない。違和感は与えてしまったと思うが度重なる運命的なシナリオや佐藤のおかげあってここまでくることができたのを小谷松は嬉しく思った。
「よくやってくれたね。実験は成功だ、上和田君」
「はい、その通りです。所長、念願の達成ですね!」
上和田はパチパチと拍手する。元々、小谷松のことを心の底から尊敬し、彼のために必死に動いてきた彼女のとってこの実験の成功は本当に嬉しいものである。こうすれば研究所の支持率をも上げることができ、甘よくばレイシェルの地位も奪えるかもしれないのだから。全ては下心に動かされている。
「ベースの魔獣は邪虎、魔猿、そして斬撃蛇です。彼らの核が一番安定しました。その核をベースに、我々がピックアップした魔獣の部位や一般装備を掛け合わせることに成功。あとはご覧の通りです」
そう、彼らが作っていたのは様々な魔獣の良い部位を掛け合わせて作り出す人為的な改造魔獣である。内部に人工頭脳を組み入れた半自発的改造兵器。小谷松はこの改造種を作り出すことで極東支部の研究所の支持率を上げる打開策を練った……という上向きの理由を用意している。たしかに打開は必要だ。このままでは極東支部もろとも価値のないものになっていく。それは避けなくてはならない。そうであるが小谷松も良くも悪くも人間だ。当然、野心はある。今よりも権力を、金を、名声を求める人間である。この改造種をうまく使えば大きな抑止力になる上、あのレイシェルの始末だって可能だ。研究員の理は考えるかどうかではない、行うかどうかだ。小谷松は考え、実行した。自分を中心とした極東支部戦闘員を作り出すと。自分では勝ち目がないと思っているからそこらに生息する魔獣を利用したまでだった。
「ですが……よくこんな製造方法を思い付きましたね。遺伝子によるショックが起きる部位を機械で補強して多数の魔獣の良い部位を組み合わせることに成功したんですから。一種の魔装とも言っていいです。新型の魔装……。本部もここまでの実験は行わなかったそうですし」
「極東の魔獣は偏りなく様々な種類の魔獣が生息している。島国だけの特権さ。大陸だと地形や気候に好き嫌いが出てしまうからね。それに、これは教科書では習わないことだ。それが研究員、戦闘員には分からない」
現在製造された改造種は3種類、全部で6体まで製造された。サンプルを含めた個数で現在製造された改造種は厳重に保存されている。まだ作りが難しい改造種も存在し、サンプルだけ保管されている個体もいるがそれなりの数は出来上がっているのだ。素材は付近に生息する魔獣なので機械製造の費用だけ。いつも通りのコストで作れるのは大きかった。あとは効率よく量産する方法を導き出すこと。それともう一つ……。
「缶詰の調子はどうだい?」
「もう抵抗もする気力もないのでしょう。今は大人しく、あの部屋で眠っています。面倒なことが起きないうちに行動したので心配するようなことは……」
「いや、そういう心配をしているんじゃあない。改造魔獣の仕事が増えるかどうか、それを確認したくてね」
上和田はボールペンをカチッと鳴らしてから納得したかのように頷いた。実にいい部下を持ったと思う。小谷松は頬杖をつきながらいつものデロリ顔で端末の映像を再生させる。老けた顔はその心を表しているものなのか。彼のシワはいっそう濃くなったような気がしないでもない。だがそれでいい、それがいい。それほどまでに成し遂げたかった彼の研究だ。神の微笑みより我の微笑み。小谷松は実に満足そうである。
「いずれ……レイシェルは失脚する。その時は私達の時代だ。極東支部は私が……そして研究所は君が支配するだろう。製造された改造種達と私に忠実な部下を揃えた理想の極東支部が出来上がる。そう思わないかね?」
「その通りです」
「亜人とやらにも互角に相手できるようにプログラムした魔獣達だ。いい戦績を残せるさ」
デロリと笑う小谷松。自分の抑止力に反発する戦闘員をどうするかの検討も付いている状況、随時佐藤から連絡をもらってるので支部の情報は網羅している。念のためにと戦闘員の魔装に施した仕掛けに小谷松は感謝した。その仕掛けを使う時はまだ後かもしれないが今大事なのは改造種の個数を増やすことである。いずれは改造種の軍隊が出来上がる。本能だけで暴れまわる魔獣を自分の手の中に収めることができる。満足感の波が押し寄せて小谷松は「ハハッ」と笑った。
その時だ。
炸裂音のような壁が崩れる音がしたのは。何かを切り刻むような音がどこからか聞こえる。そのあとに部屋まで突き抜けるような衝撃波が研究所内を駆け巡り建物全体が大きく揺れた。そのような音をかき消すかのように緊急サイレンが研究所内に鳴り響く。テーブルに捕まっていた小谷松は何事かと一瞬揺らめいたがすぐにいつもの冷静さを取り戻した。このサイレンは外部からの侵入者が入ってきたことを意味する。それもほぼ強行突破で。冷静を装う上和田はタブレットに移る監視カメラの映像を見て声を上げたのだった。
「所長、亜人です」
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