戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

火蓋は切られる

公開日時: 2021年4月30日(金) 20:15
文字数:2,975

 時は少しだけ遡る。辺境調査としてレグノス、稲田班が戦闘してる地区の森とは真逆の方角にいた東島班はあることに異変を感じていた。それは足跡がある地点へと一斉に向かっているということ。そしてその足跡がイリュージョンフォックスであったと言うこと。そのデータを集めて悠人達と共に考察していると急に端末を操作しているパイセンのバットにノイズが走って誤作動を起こした。パイセンのバットに吸収した端末は強い電波を感じるとノイズを起こすような誤作動を起こしてしまう。そしてこのノイズはパイセンに見覚えのある現象であった。そう、二回戦の佐久間直樹のレーダーの電波と一緒だったのである。あの逆探知現象が起きたということに困惑したのは悠人だ。


 朝の集合で電波が発信された地点で戦っているのはレグノス班のはずなのだ。どうして稲田班の電波が発信されているのか。ただならぬ異常を感じた悠人は辺境調査を班長命令として中止にしてレーダーの地点へと疾走を開始した。悠人にしてはおかしかった。人員はレグノス班で十分なはずである、あの狐を相手するとなれば。何かあったとなれば本当に狐の黒幕は亜人だったということになる。全員が急いで走っていると急に森全体が錆臭い臭いで覆われるようになる。どこかにこびりついた血の臭い。辺りを見ると全身を何かにむさぼり食われたレグノス班の死体があった。死体といえるものはごく一部で殆どが肉片といってもいいほど凄惨な姿となった戦闘員がほとんど。マルスの「亜人か……?」という言葉に疑うものは誰一人としていなかった。


 また足を進めると異常にツタで絡まれた木の抜け道があり、先頭に立っていた悠人が刀でツタを切るとドサッ! と音が立ってツタに絡まっていたあるものがマルス達の足元に落ちてくる。上半身だけとなった黒川松詠の亡骸である。「ありえない」と呟いてるような表情をする黒川の死体で吐き気を覚える慎也を優吾と香織が看病する中、蓮があるものを発見して先に進んでいった。


 倒れている大渕とルイスである。隼人が脈拍などを確認するとかすかであるが生きていることが判明。出血が両方酷かったので急いで手当てをすると先にルイスが目を覚ましてくれた。「大丈夫ですか!?」と声をかけり隼人を見て安心したのかルイスは「すみません」と一言。そして何があったのかを説明する。狐とトカゲの亜人がレグノス班を攻め込んで全滅、救援に向かった自分達稲田班も危ない状況と。違う地点で班長達が戦ってると思うが……と言った後に立ち上がろうとしたがルイスは腹に重傷を負っているのでうまく立ち上がれなかった。大渕と共に茂みの中に移してここで待っていてくれと言いながら悠人達も向かおうとする。その時にルイスが一言。


「どうして……どうして……元々舐め腐った態度を取ってしまった私達を助けてくれる?」


 それに対して悠人は「……戦闘員だからですよ」と言ってビャクヤの元へ向かって現在に至るのだ。


 マルスは一通りのことを思い出しながら悠人の指示を待った。悠人はようやく吐き気から復帰した慎也を見て声を上げる。


「まだ狐は残ってるのか……。蓮、隼人、慎也、優吾、お前達は狐の相手だ」


 蓮が投げナイフを取って周りに潜む狐をキッと睨んでいると「天野原君」と彼に声をかける人が一言。ウェーブがかった桃色の髪を持つ女性、福井柔美だった。


「私たちも手伝うね」


「福井さん……、怪我は?」


「だーいじょうぶ。スライムなんだから怪我はないよー」


「福井さんらしいや」

 

 今ここに残っている稲田班は霧島、佐久間、福井、張そして稲田。稲田は腹部を刺されてしまったのでうまく動けないし、死んでしまうかもしれない。悠人がすぐに患部を冷却して処置をした。血は止まり、稲田の脂汗が少しマシになる。


「まさか……お前に助けられるとはな」


「俺もびっくりです。マルス、俺はあの着物の男を相手する。手伝ってくれ」


「わかってる」


 マルスは背中の剣をゆっくりと抜いた。さっき見ていた死体の中にはレグノスやギーナの姿はなかったがおそらくもう死んでいると判断する。あのレグノス班が全滅して稲田班も半壊状態となったのであれば相手の強さは異常だった。マルス、悠人が着物を着た男。パイセンとサーシャ、香織がトカゲ男を相手すると名乗り出た。実は大渕の手当てをしている時にサーシャが円のアザだらけの死体を見つけてしまったのである。


 相手の武器を見ると着物は太刀その隣のトカゲ男は何も武器を持っていなかったことから肉弾戦で円と相手したと判断。円の仇うちになるかはわからないがサーシャの中で必然的にトカゲを相手すると決まっていた。もちろん、一人で相手させることはできないのでパイセンと香織も付き添いである。


「おい、トカゲ。少し離れたところで話をしよう」


「ケッ、そうするでさぁ」


 ケラムとパイセン達は地点を移動していった。それを見送った悠人達であったが依然として不安は残っている。時間稼ぎにもなるかわからないような強さを誇る相手であったことに心配していると蓮達も狐を討伐するために地点を変えていった。その場に残ったのは着物とマルス、悠人そして稲田である。着物は少し面倒な顔で話し始めた。


「お前……施設で我の狐と相手した奴だったな。まさかここで対面するとは……我も運が悪いのかいいのか分からなくてなったわ」


「知るか。あの狐を送ったのはお前か。そして……レグノス班や稲田班の班員を殺したのはお前だな?」


「飲み込みが早いものだな。その通り、これは亜人の……狐人族ビャクヤとしての復讐だ。人間が同じことを我達にした。それだけに過ぎない」


「……お前は何人殺されたんだ」


「先生、ただ一人だ」


「じゃあ……お前は何人殺したんだ」


「今まで食べた食事を数えたことがあるのか?」


 マルスは舌打ちをして剣を構えた。悠人も「テメェ……」と怒りをあらわにして夜叉を抜く。マルスは戦ノ神だ。人間でも亜人でもない。しかし、マルスは戦闘員でもある。それはこの前の戦闘演習で十分知れた。その戦闘員になることによってマルスは神である感情を失いそうになっていた。自分は何であるべきなのか? 甘さを捨てるにはどうすればいいのか? その自問自答はマルスを苦しめる。剣を振る理由さえも消えかけたが臨時任務や非番の日での絡みを思い出すとそんな気持ちもなくなってくる。


 マルスのことを必要としてくれる人がいる。それだけでマルスは嬉しかったのだ。神の頃とは違う。いて当たり前ではなく、いてくれて嬉しいと思われたことはなかった。それがマルスを変えるきっかけとなったのだ。人間が過去に行った過ちは許すべきものではない。だからと言って今亜人が行っていることもいいこととは言えない、どちらも悪いことなのだ。


「悠人……俺が今何考えてるかわかるか?」


「あぁ……生きて帰るぞ、マルス」


 隣でそう言い放った悠人に対してマルスはフッと笑って魔装を起動させる。その様子を見ていた稲田は心のそこからこみ上げてくる何かを感じていた。初めて演習であった時とは違うこの一体感。新人殺しの若さ故の強さを知った気がする。ビャクヤに斬り込みに行く二人を見た稲田はゆっくりと立ち上がった。血はすでに止まっている。稲田は分銅を振るってもう一度電撃強化を施す。


 稲田、東島合同班、戦闘開始の火蓋が切られるのであった。

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