戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

班長

公開日時: 2020年11月23日(月) 21:00
更新日時: 2020年11月24日(火) 11:19
文字数:3,968

 その場に残された悠人は鞘から夜叉を引き抜く。先ほどの二刀流は勢いに乗って成功したがもう二度目はないだろう。タイムオーバーで出来上がった火傷を冷凍しながら悠人は夜叉を起動させた。辺りに冷気が迸り、湿っている地面は悠人を中心に一斉に霜柱を上げる。凍えはしないがどこか冷たい風が辺りに吹き荒れる。


「クッ……!」


 月輪は両手にチャクラムを構えて舌打ちをする。相手は本気を出そうとしている。ここでまた舐めた真似をすると自分は何の役にも立てない。月輪だって副班長だ。序列2位の副班長なのだ。プライドを守るためにチャクラムを投げつけた。地面を切り裂きながら悠人の元に襲いかかってくる。彼は姿勢を低くしてチャクラムを刀で滑らせるようにしながら回避。夜叉の霜柱の上を滑走しながら低い姿勢で月輪に斬りかかった。


 しかし月輪はもう片方のチャクラムを同時に投げて先程投げたチャクラムを引き寄せる。これで悠人を三枚おろしにしようとしたが彼があらかじめ発動させていた防護壁によって軌道をそらされて急接近。月輪は足元の霜柱を利用して滑るように後方へ移動してなんとか斬撃を回避した。


「危ねぇ……、さすがは班長さんね」


 チャクラムを手に取り、靴にへばりついた氷を地面を蹴るようにして剥がす。対する悠人も腕に覆われた氷を払い除けて刀を構え直した。ふと考える。今頃マルスはなにをしているだろうか? エリーを捕まえることができたのか? それとももうすでに戦闘に入っているのか? 通信機を手に取れない今では分からないが今まで以上にマルスを信用することができた。


 チャクラムを構える月輪はフッと笑みを返す。それに対して悠人の顔には笑顔がない。油断するとやられる。本能が警告するのだ。相手は序列2位の戦闘員。それも副班長を務める凄腕。武器はチャクラム、中距離から遠距離を攻撃可能な投擲武器。投擲武器本来の弱点である隙を魔装の力で完全にカバーした月輪は弱点がなかった。


「華麗な足取りだな、副班長」


「そういう班長さんは余裕がないわね? お仲間はもう半分が死んでるんでしょう? お友達は大丈夫かしら?」


「……、何故知ってる?」


「私の班員にね。レーダーを使う子がいるの。その人のは高性能でね。貴方たちをバラバラに分断したミサイルを指示したのよ」


 悠人はあの時の爆撃を思い出し舌打ちをした。こういうシナリオになることは全てタクティクスの計画だったことを思い知らされる。それと、また自分のせいで死ぬはずのない味方がやられたことには申し訳なさを感じた。痛かっただろう。苦しかったであろう。その罪を償いためには自分が死なない、リタイアしない、それだけだ。


「マルスの忠告は全部合ってたってことか……」


 悠人はグッと刀を握りしめて奥歯をガリリと食いしばる。音を立てて欠けた歯をプッと吐き出した。薄い朱色の血が滴る。その様子を見た月輪は少し歪んだ笑みを浮かべながら中腰のような体勢で話しかけた。


「舐めてかかるから悪りぃんだろうよ、東島班長。アンタもシメちゃおうか?」


 悠人は刀を構えて月輪をキッと睨んだ。明らかに雰囲気が違う。どうやら独り身になると隠れてた本性を出す女のようだ。見たところ身長が150しかないような小柄な女性が荒々しい言葉を使って威嚇するのは少し滑稽であるが悠人は自分を律して観察した。昔は感情に任せて突撃するが今は違う。纏われる冷気は悠人の腕から刀を包んでいき、刃渡りを伸ばした氷の太刀を生成する。


 その太刀を構えて低い姿勢で抜刀姿勢を取った悠人。この構えをする際には隣で楓が炎を揺らめかせる刀を同じような姿勢で構えている。楓の面影を感じながら悠人は刀のツバに親指をかけた。


「出るぞ……」


 月輪はチャクラムを投げつける。それを悠人は刀を使って弾こうとしたがなんと地面を跳ねるようにバウンドしたかと思うと真下から自分めがけて襲いかかってきたのだ。海を跳ぶイルカのように襲い掛かるチャクラム。物理法則なんて完全に無視である。現在、ここが海の中だとしたら自分は間違いなく囲まれている状況。攻撃が深い、速いではなく深い。深海まで追い込まれるような圧をかける不規則なチャクラムの動きは悠人の冷静さを徐々に削っていく。


 なんとかその包囲網から抜け出して悠人は円に斬りかかる。力強く横凪に振られる悠人の刀は月輪に牙を向ける鮫の如く喰らいつきにいく。しかし、もう少しで刀が届くところでチャクラムが悠人めがけて襲いかかり、背中を切り裂かれてしまった。


「グゥアアアァ……!! ッツぁ……ッデェ! ハァ……!!」


「すごいでしょ? わたしの魔装」


「ウゥ……ウゥぁ……!」


 斬り裂かれたあとなのにまだ激痛は止まらない。悠人の背中はジャケットが破れ、血を滲ませる縦の線が出来上がっている。急いで夜叉で冷凍し、出血を抑えた。これが痛み、これが戦闘員。悠人の目からはあまりの痛みに涙が溢れているが無理やり冷気で止血をして立ち上がる。鞘を杖のようにしてフラつく足に喝を入れながら立ち上がるのは非常に困難だ。


 相手のチャクラムは恐らく軌道を自由に操れる能力。でないとあんな地面を跳ねるような動きはできない。悠人は全身の脂汗に不快感を感じながらも体勢を整えた。ここで負けるわけにはいかない。絶対に負けない。自分がいなくなれば生き残ってくれた班員に見せる顔がない。仮に自分なしで勝てたとしても恥ずかしくて一ヶ月は顔を合わせることができない。


 そんな悠人をみて勝利を確信している月輪。通信機には何人かの仲間の消息が断たれているときており、それは東島班の戦闘員に敗北したことを表す。中々実力はあるそうだ。しかし、勝たなければ意味がない。


「諦めろよ」


「するか、バカ」


 月輪は月輪で「若いってね……」と面倒な気持ちを隠せないでいた。これだから新人殺しはいつまで経っても新人殺しのままなんだと思っている。己のプライドに飲み込まれて目の前の課題が見えなくなっている。普通だったらここは味方と合流しようと逃げるのが正解だろうに。


「はぁ……、諦める気持ちはないのね。新人さんもおんなじ感じなのかしら?」


「あいつは……違うな」


「は?」


「マルスは……新人のクセに俺よりもいい作戦考えるし、魔装の使い方は上手いし、それに……班員の気持ちにも寄り添える」


 ずっと悠人が思っていたことだった。数週間前に入ってきたのに自分よりも全てがいいマルスに勝手に悠人は嫉妬していた。どうせならこいつが班長なら責任を問われなくて済むという考えでいたのだ。それでもマルスは自分を「お前が班長だろ?」と呆れた視線で忠告してくれている。初めは嫌味かと思って気にも留めなかったがこの試合で思い知らされる。バカは自分だと。


 勝手にライバル意識をしてマルスを勝手に遠下げてしまって……だからスムーズに戦闘が進まないのだ。いちいち突っかかるからマルスも反発する。当然だ、自分だってそうするであろう。そんなマルスが自分に気付いて欲しくて忠告してくれていたと気付いた時は申し訳ないのと同時に嬉しかった。あの時の楓を見ているようで懐かしく思えたのだ。


 楓と喧嘩をした時は絶対楓が叱る側であった。その内容は「仲間は捨て駒じゃない」と。ろくな教育をしない悠人を叱る楓のいうことは聞けたのにどうしてマルスのいうことを聞けなかったのか、答えは簡単。自分が正義だと思い込んでいたからだ。


「なぁ……副班長さんよ。悪って知ってるか?」


 急になにを話し出すのだと月輪は少し警戒する。そして悠人はガチン! と刀を構えて決意表示を円に見せる。その瞳は先ほどのようなプライドの塊のような色ではなく、戦闘員としての目をしていると思った。透き通るように光り、ひどい現実をも乗り越えてしまうような人間としての脅威。悠人はもう一度刀を構えて辺りを冷気で包み込む。先ほどとは比べものにならないほどの寒さで悠人の口からは白い息が吐き出されていた。


「悪は自分の正義を人に押し付けることだ……。己のプライドにすがって他人を見捨てることだ……。今わかったよ、どうしようもない新人のおかげでな」


 そして悠人は急に斬りかかりに行く。月輪はハッタリか!? とチャクラムを2対投げて軌道を操る。悠人は防護壁を展開しながらチャクラムを回避、そして上空に飛び上がった。円は思いっきり地面を跳ねさせてチャクラムを飛ばす。悠人はそのチャクラムを刀で受け止めながら月輪の元へと急降下していく。回転するチャクラムは何度か刀を弾いて悠人の肩を切り裂いたが彼は痛みに耐えながら全身に力を込めていく。


 そして一旦月輪がチャクラムを引き寄せたところで冷気を発生させた。バリバリバリ! と音を立てて氷が月輪の腕を覆い、動きを封じる。


「グッ!?」


 チャクラムと地面の水分が完全に凍り付いて月輪の腕を拘束していた。あのチャクラムは一旦彼女が触れて投げないと軌道を操ることができない。いずれ、月輪の手に戻る。そこを見計らってチャクラムごと氷漬けにして月輪の動きを封じた。悠人はその冷気で刀を包み込んで凍てつく太刀を生成、そして流れるかのように刀を振りおろす!


「そんな悪に飲み込まれてクタバルくらいだったらよ……班長なんか名乗れるかァアアアアア!!」


 ちょうど真上を見上げた月輪の体を真っ二つに斬り裂いた。半分になった月輪の体からは血飛沫が吹き散らかされるが辺りの冷気で凍りついてビーズのような塊となり悠人の足元に落ちていく。そのビーズも彼女の残骸も光となって消えていった。


 悠人は消えゆく光を目で追いながらふと考える。久しぶりに刀を振えた気がした。本来の刀。自分が思う大切を守る。今の自分の大切はなんだ? 今頃戦っているであろう新人の影を悠人は思い出していた。


「絶対に……負けるなよ。マルス」


 悠人は仲間の元へと向かっていくのだった。

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