隼人達が急いで向かった先は中核部分だ。パイセンが愛用してるガタが来た通信機から出たノイズの発信源がその中核部分だったから。ノイズが発生するという事はこの通信機にはキャッチできない電波、通信以外の機器が起動していることを表す。
「隼人、そこのドアだ!」
「わかってる!」
隼人は鍵がかかっているはずのドアを思いっきり蹴り飛ばす勢いで鍵ごとぶち壊し、部屋に侵入した。部屋の中は書類が散乱し、全体的に青白く発光する部屋だった。それもそのはず、蹴り飛ばす勢いで隼人達が乗り込んだのに何食わぬ顔でコンピュータを起動させて呑気に鼻歌を歌いながらメモリーカードを取り出した亜人がいたのだから。黄色と黒の虎柄にも見える髪色をしており、腰部分にヒョロリとした尻尾がヒョコヒョコ動いてることを除くと人間のような見た目だった。しかし、その目は猫のように瞳孔が開いており亜人であることを物語っていた。
「あぁ、遅かったね」
比較的幼い、自分達と同じくらいの年齢を感じさせる顔から想像できるような声を発せされて隼人達はビクリと震える。こっちは4人がかりで乗り込んだのに相手は家にお客様が来たかのように動揺もなく接するのだ。どこかズレており気持ち悪い。亜人は何食わぬ顔で彼の足元にある倒れた女性を担いで隼人達に投げつけた。その女性は変わり果てた姿の上和田だ。今の今まで嬲られ続けたのか身体中に充血したコブが出来上がり、顔の原型が分からない。それに体はもう冷たい。隼人は優しく彼女の亡骸を壁に寄せてキッとルルグを睨む。
「テメェ……!!」
「やるよ。君、年齢的にまだ若いと思うから。ドールみたいに楽しみなよ」
ニッコリとした顔で言い放った言葉に隼人は脳天を貫くかのような怒りを感じ、腕をアーマーで包んで亜人に殴りかかった。踵から踏み込んでスピードをつけて亜人に殴りかかる。しかし、亜人はニッコリ笑って隼人の拳をガシッと受け止めた。驚く隼人だったら急激に激痛が襲いかかり腕を引っ込めて後退する。
「ウッツ……ワァアア!?」
「近づかないでよ。もうちょっとで仕事終わるんだからさ」
隼人の腕には何かで引っ掻かれたような黄色の紋様が出来上がっており、それが彼の腕を蝕んで激痛を与え続けているという生き地獄を感じさせられていたのだ。ポタポタと血が垂れる隼人の腕。心配したサーシャが隼人の腕に触れようとするが彼は手を引っ込めた。
「手を出すな!!」
「でも隼人君!? 腕が……!」
「うっせぇ! 野郎、ふざけやがってよ!!」
亜人はコンピュータからギコギコト音を出して吐き出されたメモリーカードを大事にケースに入れる。軽い鼻歌を歌いながらケースを胸ポケットにしまった亜人は傷ついていない腕を使って指さす目の前の人間に「ん?」とだけ声を上げた。
「どうしたの? 僕は亜人で君は人間。目的も考えも違うから時間使いたくないんだけど」
「お前……人を殺して何がしたいんだ! それがお前の正義かよ? 殺しは正義なんかじゃない!!」
「それを知ってるのに君は僕を殺しにかかるんだね」
隼人は真正面からの亜人の返しに反論が出来ずに「グ……」とだけ声を漏らす。この感覚は決勝戦で自分の叫びを現実という形で押しつぶした恋塚紅音の時と同じ感情を得た。羞恥と恐怖で心が壊れそうになる。
「待て隼人。お前は下がれ」
パイセンは興奮する隼人の肩を掴んで一旦後退させる。傷ついた隼人を後ろにパイセンとサーシャが前に出てその隼人を守るかのように蓮が進み出た。パイセンは目の前の亜人の尻尾や髪色を見て声を上げる。
「そのシケ面はゲリラ部隊で名を挙げた虎人族か。お前の目的はなんだ? 見たところ……研究所の殲滅ならこんなところでメモリーカードにデータを送信しないよな? 被害が小さすぎる」
「ふふ、君は話が早くて助かるよ。僕は最強の虎人族、ルルグ・ギモンドさ。目的……若造の君達には知られてないと思うけど……ここには面白い秘密が隠されてるんだよ」
「秘密?」
「そう。ひ、み、つ」
明らかに作り声の高音で両手をゆっくりと合わせてペシペシと拍手のような動きを取るルルグ。パイセンが過去に相手した亜人、ケラムとはまた違った気持ち悪さだ。こちらは言葉は通じるし、意味も通じるのだが相手のどこかがずれており感覚として気持ちが悪い。ニタニタと笑うルルグに「ケッ」と唾を吐いたパイセンはバットを構えた。
「秘密も何も関係ない。ごあいにく、正義も悪もお前には大差ないと思うがな。これも任務なんだ。お前を殺す」
「言うねぇ、君」
ルルグは凄まじい速度で走り出し、パイセンの眼前に姿を表す。その速さに隣で槍を構えていたサーシャはギョッと目を開けた。すぐさまサーシャが突き出した槍とルルグの爪が交差して火花を上げる。パイセンは「わりぃ」と言いながらバットを起動させて身体強化を施し、ルルグの頭狙って振り下ろした。ルルグは踵から後退してバランス良く体勢を保ちながら器用にバックステップをする。振り下ろしたバットは虚空を殴りつけ、気がつけばルルグは元のコンピュータの位置に戻っていた。
これが戦闘民族であるライカンスロープの身体能力。まだ相手は亜人の能力を使っていないのにも関わらず魔装の身体強化と引けを取らないこの実力。只者ではない。
隙を突いて蓮は投げナイフを2発投げつける。回転しながらルルグに襲いかかるナイフであったがルルグの爪が虚空を切り裂くと空中に先程の隼人の時のような黄色の亀裂が発生し、蓮の投げナイフを弾き飛ばした。ネットのようにルルグを守った亀裂はうっすらと消えていく。
「なんだそれ……、それがお前の能力かよ」
「そう、僕が放った斬撃は僕が許可するまで漂い続ける……。今君たちがこの亀裂に触れよう物なら……この亀裂が許さないよ」
そう言いつつもルルグはタクトのように人差し指を振るって隼人の腕に纏わりつく亀裂を解除させた。彼の腕から激痛が消えて纏わりついていた嫌な紋様も消える。隼人は自由になった両手拳をぎゅっと握る。傷から血がピシッと噴き出したのですぐさまアーマーで包んで外側から全体的に圧をかけることで止血を図った。
「テメェ……なんのつもりだ」
「ただのお楽しみは最後まで取っておきたいだけさ」
ルルグはまたパシパシと拍手を始める。興奮した際の彼の癖はこれのようだ。前衛に構えるパイセンとサーシャも一歩だけ退いて武器を構えた。ルルグは指で胸ポケットをツンツンと突く。
「ここに……人間の英知が眠っている。君たちは魔獣の対策のために忌み嫌うべき存在から武器を作り上げた。その知恵を利用させてもらうよ」
そのセリフを聞いたサーシャはピクッと眉を動かせて話の間に入る。
「なら……本当にデータの奪還が目的なのね? それに亜人がどういう経緯で秘密とやらを手に入れて……ここまでくるにあたったか……」
「まぁまぁ、答えはいずれ分かるよ。ビャクヤやベイルに聞いたけど……僕らの想像以上に今の時代の人間は大変だ。君たちは複雑すぎる。もっと単純に生きるべきさ」
ルルグは腰についたベルトから安全ピンを外してあるものを放り投げる。それは閃光弾だった。咄嗟に目を閉じたサーシャ達、しまった! と思いながら一瞬間に目を開けるともう既に敵はいなかった。一瞬だ。実にあっけない。相手は始めから自分たちを殺すことが目的ではない。そうなればマルス達が戦いに行ったメインエントランス付近にいる亜人はただの時間稼ぎだったとも取れた。
「畜生! 逃がした!! パイセン、どうする?」
「どうするも何も追うことは不可能だ。それにしても……どうなってる。この研究所には俺たち戦闘員には知らない秘密があるような言い草だったぞ? その秘密をいつ亜人が入手した?」
パイセンの呟きにその場にいた全員が唸る結果になってしまう。情報が少なすぎる。考察するための情報がないのに考えることは沼に浸るきっかけにもなってしまう。一旦そこの思考を止めてパイセンは通信機を起動させようとした。
「とりあえず悠人に連絡……は?」
パイセンの腕についてある旧型の通信機を起動させたわけだがここで何故かノイズが発して通信ができない状況に陥っていたのだ。パイセンの通信機は旧型だ。作りは丈夫だが時たま余分な電波を受け取ってノイズを起こすと言う欠点がある。これをうまく使えば逆探知でレーダーの役割にもなるのだが今回は明らかに違う。
「どうして……この研究所に余分な電波が発生させられてるんだ?」
パイセンの呟きに頷いている一同だったが急に隼人が「いっデェ!」と声を上げる。見ると隼人の腕に覆っていたアーマーが解除されて元の腕輪に収納され、止血が中断された直後だった。蓮が呆れたような視線で隼人を見る。
「何勝手に解除してるんだよ、隼人」
「しらねぇよ……、勝手に解除されたから……」
偶然サーシャが戸棚に予備用なのか包帯があったのを発見し、ギュッと隼人の腕を縛ることで止血に成功する。ガーゼがないためすぐに包帯は血で滲んで気持ちの悪い状態となったが仕方ない。
「パイセン、余分な電波……解析したら?」
「あ、あぁ……そうだな……ん?」
パイセンはバットを起動してそこから探知機を出して解析を試みたがそれは無念に終わる。いつもはパイセンの意思に従って起動するバットなのだが今は何故か起動しない。パイセンが「は?」と冷や汗を垂らす。心配になったサーシャが彼に「パイセン?」と話しかけた。パイセンは冷や汗を垂らしながらゆっくりとサーシャ達に向き直って「大変なことになったぞ」とだけ喋る。
「ちょ、わけわかんないんだけど? どうしたの?」
「魔装が……機能停止を起こした」
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