書庫へと出向いたマルス達がいる研究所から離れた場所にある極東支部は会議室に覚醒魔獣騒動で活躍をした班長、副班長はもちろん、その他の序列は低いが実力はあるとのことで選抜された班が集まっていた。班長として出向いた悠人であるが副班長はまだ研究所で眠りについている状況。決まったことがあれば責任を持って悠人が説明をしないといけないことにある種の緊張感を抱いていた。
「東島さん、資料です」
「グスタフさん、ありがとうございます。……今日は本当に色々な班が集まっているんですね」
「えぇ、亜人との交戦経験がある君たちや福井班はもちろん。改造魔獣や覚醒魔獣での実績から八剣班、遠野班を選出。それから序列は低くても特定の分野で活躍できると踏んだ班が亜人への対抗勢力に選ばれています。詳しいことは今夜の会議で説明しますよ」
「なるほど……」
椅子に座っている悠人が見渡すと向かいの机などに見たことはあるが実際交流をしたことがないような班長、副班長が数名ほど。チラリと目があった時にはニコリと微笑み返してくれる者もいれば特に反応も残さないような人でキッパリと分かれている。悠人はその中に今は懐かしい安藤と寧々がいることを発見して顔を明るくした。
「あ、安藤班長……!?」
「やぁ、東島君。僕たちも亜人勢力への対抗に選ばれたそうなんだ」
「そ、そうなんですね。嬢ヶ崎副班長も……ご無沙汰です」
「どうも。ところで、彼はどうなの?」
「か、彼ですか? 俺の知ってる人かな……」
寧々に対しては苦手意識を持つ悠人が珍しくしどろもどろとしていると寧々は遠慮なんか知らないようにズカズカと近づいて悠人に顔を少し近づける。香水くさい肌にしかめ面を出しそうになるが悠人は必死に耐えながら色々と思い出していると寧々の方から口を開いたのだ。
「新人よ、あの黒い髪の子。最近見ないけど大丈夫なの?」
「あぁ、マルスですか……。えっと……」
「寧々、マルス君は今研究所で療養中だよ」
「えぇ!? 療養……なんでそんな大事なことを言わなかったの!?」
「彼には彼の輪がある。それの邪魔をするような君にはちょっとねぇ……」
「ナッ……」
寧々はまだ売れ残っているらしく、そのままへたり込むようにして椅子に座り、落ち着きを取り戻した。安藤は安藤でほくそ笑みながら寧々の隣に座って目伏せで「ごめんね」と伝えて細い目とニッコリとした笑顔を見せる。あの目が開いた瞬間を見たのは優吾とパイセンだけだと聞く。素性がしれない男への恐怖。悠人は隣に副班長がいないことがここまで心細いとは思わなかった。
一通り班長達が揃ったところで部屋に入ってきたレイシェルは彼女指定の席に座ってコンピュータを広げて一息ついてからいつもの風格で声を発する。
「夜分遅くにご苦労。これより対亜人勢力としての会議を開始する。今回集めたのは我々、戦闘員が新たな脅威である亜人達への対抗、民間人への被害の現象を目的とした動きを確認し合うためのものだ。意見があるものは遠慮なく発言してほしい」
悠人は改めて広い机を見渡して班長達の面を確認した。八剣班や福井班、そして遠野班に至っては十分に亜人や覚醒魔獣などの勢力を理解しているからか面構えが違う。が、集められた他の選抜班達はどこかピンときていないような顔なのも事実。稲田やレグノス班の死を前にしても実戦がないと深くは理解できないものなのか。悠人はどこかこそばゆいような気持ちでいた。
「今回選ばれたのは八剣班、福井班、東島班、遠野班の実戦経験が豊富な彼らと特定の分野で力を発揮できると踏んだ鳥丸班、堀田班、木原班、そして安藤班だ」
「一ついいです?」
スッと手を挙げたのは鳥丸班班長、鳥丸大輔である。煤や汚れが少し目立つ作業服のようなものを着た職人肌な戦闘員だ。年齢は詳しくは聞いたことはないがもう三十歳近いらしい。
「選ばれたのは選ばれたで光栄。俺達、鳥丸班の役割も大方理解している。まさかとは思いませんが亜人と僕ら補助を戦わせたりはしないですよね?」
「無理に戦えとは言わない。前線で戦う必要がない班もいるのは事実。もし亜人との戦闘になりそうなら全力で逃げろ。奴らは魔装を必要とせずとも超常現象を引き起こして戦っている。それでレグノス班が全滅したのはまだ記憶に新しいはずだ。鳥丸、堀田、木原、安藤班は前線で戦わなくともそれぞれの班の役割を全うしていればそれでいい」
「前線で戦うのは妾達と福井、東島達じゃな? 翔太はその中間じゃろう」
「その通りです。こちらの資料を参考に。前線で戦ってもらいたいのは八剣、福井、東島。そして不測の事態に遠野班を想定。残りは前線が実力を発揮できるように動いてもらいます」
「よろしい」
あのレイシェルが未珠相手に丁寧語で話す姿を見て震える悠人。見鏡未珠とは一体何者なのか、ますます分からなくなってしまう。動揺する悠人の様子を見て少しだけ気分を良くした未珠であった。
「レグノス班達が犠牲になった亜人の襲撃の際、幻狐の出現や行動範囲が大きく広がっていたことは皆も承知だろう。それらは狐人族の亜人が使役する魔獣だったことから奴らは魔獣で我々人間の監視を行なっていると推測している。そして現在、生存が判明している亜人はこの六名だ」
資料に書かれていたのは悠人達が戦った記憶にも新しい亜人達のことを記した文献の引用であった。空の一族である鳥人族、樹海に潜む人狼族、各地を放浪していた狐人族、軍隊のようなコロニーを作っていた虎人族、沼地に村を作っていた蜥蜴人族、自然と共に生きていた樹人族である。亜人の記載に合わせて彼らが使役しているであろう魔獣の予想も書かれていた。
「木原、何かあるのか?」
口元にペンを押し付けながら声を漏らしたのは木原班、班長の木原マキエ。レースが重なったような服を着こなした波打つ髪を背中に流した戦闘員。悠人から見ればかなり歳上なはずだが若さは依然として保たれているかのよう。
「毒怪鳥……かは分からないけどよく似た鳥を最近よく見るのよね。鳥丸さん、ご存知?」
「鳥型魔獣? 僕らの班は夜の偵察だと場所も限られるからなぁ……。でもちょっと前に僕らの班も見たはずだ」
「けど鳴き声が何か違う。毒怪鳥達は何かを呼んでいるかのような……、綺麗な声じゃないのはたしかだけどね」
鳥丸班副班長の夜野神奈子は半分同意の形で頷いていた。悠人達、新人殺しが改造魔獣や覚醒魔獣と言った騒動に巻き込まれている中で鳥丸、堀田、木原班はある種の調査を行っていたらしく、彼らの証言は全てその時のことを示している。
「おばちゃん、確実に亜人は動いていることは分かったよ。鳥型魔獣が動いているなら鳥人族が何か企んでるとも見ていい。奴らはああ見えて準備を重ねてせめてくるからな。魔獣の活性化もそうだし、亜人の動きも気になるが……東島の仲間達はどうする?」
会場に戦慄のような不穏な空気が流れ出した。レイシェルは書類から目を離して瞳を閉じた後に淡々とした口調で声を上げた。その先の内容を悠人は知っているはずなのに何故か身構えてしまう。
「見ての通り、東島班の副班長やその他の班員は現在、研究所で療養中だ。覚醒魔獣との戦いで魔石が使用者だった彼らの体に潜り込んで侵食した。膨大な力を手にした代わりに意識を失って研究所で療養を受けている」
ざわめきは起きなかったが事情を詳しく知る八剣、福井、遠野班以外の班長副班長の顔が引き攣った。それもそうであろう。自分たちが使っている道具が使用者を侵食しているという事実を知った、それに合わせて魔石が体の中にあるという魔獣のような現象が起きていることを知ったのだから。スッとそれに対して手を挙げたのは堀田班班長の堀田玲司であった。
「我々の仲間となる人物が魔獣のような不可思議な存在となっている、とでも言いたいのか? 俺は信用することができない。魔石による侵食、我々の敵になる可能性だってあるはずだ。そんな化け物のような奴と共に戦うのはゴメンだな」
「お言葉ですが堀田班長……!」
思わず立ち上がった悠人。一瞬だけ堀田を睨もうとしたが相手はベテラン戦闘員で有名であり、鍛え上げられた肉体とノーリスクを追求する頭を持つ堀田玲司だった。いくら経験がある悠人が圧をかけようと動揺するほどの男ではない。
「この世界は若さの勢いだけではやっていけないことはお前も知っているだろう? 見れば東島班九人のうち、五人までもが魔石の侵食にあっている。仮に亜人の襲撃までに療養が終わったとしてもどうなるかはわからない。そんな相手に俺は味方として近くにいるのは危険だと言っているんだ」
「たしかに前例のないことなのは俺だって承知です。そんな先のことは分からないのも事実。ですがアイツらがもし……もし敵になるようなことがあっても俺は……!」
「お前が責任を取るのか? 無駄な犠牲を班長の一存で行ってきたお前が? 俺たちにも危害が加わればどうする? お前に責任が取れるのか? 過去にお前が見捨てた仲間達への罪は一生続くんだぞ」
その言葉に悠人は押し黙ってしまった。今まで新人や仲間を見捨ててきたのも事実。こうも言われてしまうと何も言い返せなかった。今は堀田にだけ目を向けているが他の班長達がどんな顔をして悠人を見ているかを確認するのが怖すぎる。そのまま謝って席に座ろうとした時、机をノックするような音を立てた人物がいた。
「私は東島君達を信じるよ」
福井柔美であった。目を見開いて驚く悠人を副班長である咲が背中を叩いて座らせる。座らせたのと同時に咲は悠人へ疑いを向ける戦闘員達に向き直りながら言葉を発した。
「たしかに東島君が過去に無意味なことをしていたのは事実よ。でもそれとこの魔石の話は別件。一緒にしないで欲しいわ。魔石に侵食されたような瞬間、私や班長、東島君も見ていたけど私たちを守るのに必死だったのよ」
咲の頭の中には慎也と咲からベルゼブブ兵を跳ね除けて気がついたら戦闘が終わっていた時の優吾の背中がずっと写っていた。柔美だってそれは同じ、あの時の隼人の叫びを聞いている。それに稲田班長を助けようとしてくれた時のことも、全部覚えている。借りがあるとかないとかではなく、柔美達は本当の意味で悠人を信用していた。
「東島さん、八剣班もお気持ちは同じです。未珠さんや藍さん、昇さん達から何が起きたかは全部聞いています。今まで大変な任務ばかりを全て貴方達に押し付けていたようなものです。これからはそれぞれの実力が発揮できるように協力することから始めないといけません。……もし何かあった際の責任は取れますか?」
八剣からの視線を真正面に受け止めながら話を聞いていた悠人はグッと右手を握ってから歯を食いしばって頷いた。
「もしアイツらが皆さんを傷つけるような動きをした場合……俺が止めます。俺が……トドメを刺します」
その姿勢に頷いてから八剣は腕を組んで考えている堀田に向き直った。
「彼の覚悟は十分に伝わったかと思います。堀田さん、私からもお願いです。今は彼らを信じてください。そうでもしないと私たちはまた同じことを繰り返すかもしれないのです」
「……ッチ。今はだぞ? 少しでもおかしい素振りをすれば俺は容赦しない」
「他の班もそれでよろしいですか?」
「遠野班は賛成だ。コイツらを邪険にするのは惜しいほど実力がある」
「鳥丸班は堀田と同じ考えで動きます」
「面白そうだから木原班は東島班を信じる方向でいくわ」
「安藤班も信じるよ。最初からそういう流れさ」
未珠が今まで黙っていたレイシェルに対し、顎をしゃくるようにして催促したことで会議は進行された。現時点で決まったことは鳥丸、堀田、木原、安藤班によって一帯を調査、活発化している魔獣を発見し、残りの前衛班でその魔獣の討伐をして研究所に魔石を送り、活性化の調査を続けることに。
「近いうちにまた亜人の襲撃はあると考えておくように。グスタフ、警備班に少しでも魔獣や亜人らしき動きがあると民間人に動いてもらうように伝えておいてくれ。その基準の説明書類も同封で」
「かしこまりました」
「それでは今日は会議を終了する。皆、ご苦労だった」
会議が終了して殆どの戦闘員が立ち上がって去っていく中、堀田は東島の顔を一瞬だけ見てそのまま去っていった。その場にはまだ座り込む悠人と立ち上がって伸びをした柔美と咲。そして面白そうに見ている未珠と八剣が残っていた。
「おつかれさま〜。後でお茶持ってきてあげよっか?」
「あ、いえ……」
過去の罪もまだ終わっていないことを思い知らされたのか、悠人は頭をかきながら深く考え込んでしまっていた。そのまま歩こうとしても体がいうことを聞いてくれない。
「東島、もう決まったことじゃ。妾は妾達の仕事をする。無理に気を引き出さなくてもよい。同じ心持ちである程度の結果を残し続けよ。そうすれば堀田もお主を認める」
「は……はい」
「東島さん、研究所の仲間達にもよろしく言っておいてくださいね。それでは、お暇いただきます」
軽く会釈をしながら去っていく八剣達に悠人は深々と礼をした。ドアが閉まるまで頭を下げていた悠人は顔を上げて深呼吸と伸びをしてから頬を叩く。
「俺……頑張ります」
それだけ言い残して去っていく悠人の背中は柔美から見ても大きく見えたのだった。
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