戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

因果

公開日時: 2020年10月19日(月) 21:07
文字数:3,572

「復讐の力……?」


 田村は糸の上でベイルの言葉を反芻していた。別種の能力は生まれつき持っているとされる。それを与えられたように言ったベイルの言葉が何か引っかかったのだ。難しい顔をする田村を横目にベイルは豪語した。


「そうだ! 我のご主人様がくれた復讐の力! くたばれ、人間!!」


 ベイルは田村めがけて飛んでいき、彼女は右手を振るって針を操るが1発も当たらなかった。また瞬間移動を利用されて背後に気配を感じる。とっさに糸を射出して背後のベイルめがけて襲い掛かるがベイルは糸の軌道を読み取って瞬間移動を繰り返し、田村の顔面を殴り飛ばした。


「田村さん!」


 悠人が墜落する田村を受け止める。彼女はかなり強く殴られたのか、頬にアザができていた。慣れない戦闘を無理に行っていたせいか、もう動けそうにない。ゆっくりと物陰に田村を隠れさせているとベイルが地面に降りてくる。悠人は身構えた。そして女性を無残にも傷つけたベイルに対してギンと睨む。


「……女だぞ?」


「見ればわかる」


 その一言に悠人は夜叉を抜いてベイルに斬りかかった。ベイルは爪を出して迎撃する。しかし、体を凍えるような寒さが覆い尽くすことにベイルは違和感を覚えた。そして一旦距離を離して、地面の石を拾う。悠人の冷気に勘付いたベイルはとりあえず距離を取って指でコンコンと石を突くような真似をする。


「お前達は瞬間移動をただの移動だと勘違いしてるだろ? それが違うんだよな」


 ニッと笑ったベイルは拾った石を指で突く。すると石が消えたと思えば体に鋭い痛みが走ったのだ。無理矢理引き裂かれたような痛み。顔を歪めながら服をめくって確かめると石が自分の体にめり込んでいた。瞬間移動することで無条件で相手の体に飛び道具を当てる。ベイルが編み出して応用である。


 覚悟を決めた悠人は奥歯をグッと噛んでめり込んだ石を引き抜いた。血が吹き出して刺さった腹部に鋭い痛みが走るが冷気で止血をして痛みを抑える。そして体の周りの空気を凍りつかせ、防護壁を貼った。


 その状態で刀を振るってベイルに近づいていく。ベイルはもう一度石を瞬間移動させるが自分が指定した座標の部位を凍った空気が邪魔をして刺さることはなかった。


「ッチ、考えたな……」


 爪を出し、悠人との鍔迫り合いとなる。悠人がベイルの腹を蹴り、ベイルの体制が崩れたのを見計らって地面を凍らせて完全に動きを封じる。横なぎで斬り付けようとするとベイルは瞬間移動を行って視界から消えた。しかし、周囲に渦巻く凍った空気がベイルの動きを拘束する。ベイルは翼を無理に開いて空気を貼り退けて空中に飛び上がった。


 悠人は一帯の空気を凍らせ、足場を作りその足場を使って空中に飛び上がる。ベイルは「まだやってくるのか!?」と少しだけ目の前の人間に驚いてしまった。その動揺をかられて背中を斬られてしまう。飛び散る血は凍ってビーズのように辺りに散らばる。ベイルはそれをみて一斉に悠人めがけて瞬間移動させた。


 悠人はハッとして能力を解除する。辺りの温度が元に戻り、ビーズ状の血はただの液体となり服が汚れてしまったが何の影響を受けない。


「解除……、貴様……ただの人間ではないな」


「お前もな、もしかして……毒怪鳥を引き連れていたがお前がリーダーか?」


「勘が鋭いな」


 先ほどの糸を扱う人間も強かったが、この目の前の刀を使う人間は桁違いだった。目の色が違う。燃えるような目をした何らかの感情を抱く目。ベイルにはわかった、自分と同じ目の色をしている。


 悠人は悠人で鳥型魔獣を束ねていたのを見て、彼が操っているものであると推測していた。ここら一帯の鳥型はおそらく彼が操っているものだ。昔の嫌な思い出を思い出してしまい彼は舌打ちをした。


 時は三年前に遡る。当時、悠人は15歳。彼は中学を卒業すると同時に戦闘員になった人物だ。理由は父を超えるため。悠人の家は父親が戦闘員の家で父は悠人が3歳の時に死んでいた。父の復讐のためになったとかそういうものではなく父の生き方に感じるものがあったから。


 人のために生きてきた父がとにかくカッコ良かった悠人は戦闘員になることを希望した。一人でではない。彼には双子の姉がいた。名を東島楓とうしまかえで。楓もまた、父親の生き方に尊敬を感じた人物であった。双子二人で志願兵として戦闘員に入隊。その時の適合、悠人が銀刃鮫シルバーメガロ、楓が緋爪斬虫ルージュマンティスであった。


 武器の相性も良く、当時の班員からはかなり可愛がられた。しかし、悠人が班長に就任した去年に悲劇が襲う。丁度鳥型魔獣の任務だった。いつもどうり任務を終えたのだがそれは自分の判断ミスだった。魔獣はまだ息をしており、ゆっくりと悠人に近づく魔獣に彼は気がつかなかった。


「危ない!」


 それが楓の最後の言葉だった。気がついた時には彼女の下半身だけがフラフラと立っており、自分の元に倒れかかってきた。悠人は訳がわからなかっていなかった。呆然とする悠人を差し置いて仲間がトドメをさしてくれ、任務は終わった。


 あまりにも呆気なくて楓が死んだとは思えなかった。しかし、魔獣の死体から覗く無機質な顔をした楓の顔を見た時に彼の頭の中に「死」という言葉が脳裏を横切る。悠人は発狂した。


 事務局に帰ったが悠人は注意散漫で仲間を死なせた戦闘員として評価を受けることとなり、彼は仕事を放り出し気味になった。そのせいか、新人が自分の班に入ってきてもロクな教育をすることはなく、よほど強い新人以外は初任務で討ち死にするようになった。そして「新人殺し」のレッテルを張られるようになったのだ。


「人間だよ……」


 悠人は声を上げる。ベイルは「ん?」と反応した。


「道理を外したゴミみたいな人間だ。復讐、復讐って言うけどさ……」


 悠人は左手で紅色の刀に手をかけて精一杯の力を込めて抜いた。ジャリィイイン! と音を立てて刀が現れる。


「楓は……楓は関係ないだろ……」


「関係ない? ふざけるな! 貴様らが言えることか! 無差別に働かせておいていらなくなったら仲間もろとも殺したのはどこのどいつだ!! あぁ!!」


「楓は関係ないだろうがあぁ!!」


 大好きだった双子の姉である楓の仇! と二刀流で襲い掛かるが怒りに任せた無駄の多い動きであった。ベイルは少しだけ憐むような眼差しを込めて瞬間移動で斬りかかる。爪は悠人の腹部を貫通した。


「勝手なこと抜かすな! この人殺しが……!」


 ベイルの一言で血を吹き出しながら悠人は凍りついた。「人殺し」、そう亜人だって人なのだ。その言葉が頭に響いて悠人は絶望する。自分が何をしたいのか分からない。


「悠人!?」


 眼下を見ると目の前の人物の腹部をベイル自身の腕が貫通していることに絶望した表情の彼の仲間達がいた。その時である。ベイルの体が動かなくなっていたのだ。なんだ!? と体を確認するとトドメを刺そうとして挙げていた左腕が完全に赤色の氷に覆われて止まっていた。


「貴様、血を!」


 流れるを血を凍らせてベイルの動きを拘束していた。その時であるベイルの背後から声が聞こえた。目だけ移動させると黒髪の人物が背後に立っていた。その人物は少し考えるような表情をしながら剣を振るった。


「すまない、これも仕事なんだ」


 そう言って凍ったベイルの腕を斬り落とした。悠人も限界に達し能力を解除されて、ベイルは痛みに耐えきれなくなってその場から墜落した。そして腹部に穴が空いた悠人を抱えるマルス。彼は舌打ちをして地面に着地する。


「ッチ……、これだから人間は……」


 地面に降り立つと田村が急いで悠人を糸で巻きつけて介護していた。悠人は腹部に巻かれた糸のお陰ですぐに意識を取り戻す。そして周りに集まった仲間たちに気がついた。


「……みんな?」


「良かった! マルスが助けてくれたんだぜ? お礼を言えよ!」


 本当にホッとしたのか、隼人はマルスを指差してにっこり笑った。悠人はマルスを見て、腹部を見た後に


「来るのが遅いんだよ」


 相変わらず毒を吐く悠人にマルスは不機嫌極まりない表情をする。本当は亜人を助けてやりたかった。それでも現状を見るに人間を助けないとパワーバランスが追いつかない。仕方なく人間側についているだけなのだ。


「知るか、怒りに左右されるのはいい加減にやめろ。いいな?」


「お前に何がわかるんだよ」


「亜人の事情も考えてみろ」


 その場に不穏な空気が循環するが隼人がすぐに周りの空気感を良くしようと笑いかける。


「そういえば香織とエリスはどこなんだ?」


「彼女は集合部屋付近で隠れているはずだ。すぐに行こう」


 悠人の言葉に全員が頷いて香織の元に向かった。マルスはその場に残されてただ一人、空から落ちてきたベイルの腕を見て舌打ちをした。グシャ……! 血肉が潰れる音をただ一人、マルスは聞いた。あまり気分の良いものではない。マルスは顔を歪める。


「何が関係ないだ……、全く」


マルスも香織の元に向かって行ったのだった。

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