足元から生えてきた影を飛び上がって避けたマルス。通信機の奥で至る所で救援要請がかかっていたり、どこかの班の誰かが怪我をしたとの情報が絶えず入ってくる。ベイルだけではない亜人の姿もキャッチされている中、被害を最小限に抑えるためには亜人との実戦経験の濃い新人殺しが適任と見えた。レイシェルの指示と悠人の分散によって班員をバラけさせていき、ここに残ったのはマルスと悠人、そして香織だった。
「すまんな、せっかく集合したのにまたみんなバラバラだ」
「それもそうだな……。悠人、話の続きは明日にするか」
「あぁ」
ベイルはまだ地に足をつけてはいなかった。背中の翼を羽ばたかせて地に足をつけるマルス達を一瞥している。初めて出会った時よりもその瞳孔は締まっており、狂乱さを引き抜いた冷酷さだけを感じさせる。ベイルの左腕からは月光に反射して緑色に光る義手のようなものがあった。カリカリと音を立てながら動く関節部、手の甲に宝石のような一つの石が埋め込まれている。魔装のようなものだろうか、亜人の技術は人間には解明できないものばかりである。
急降下してきたベイルめがけて刃を勢いよく射出して応戦する。マルスが飛ばした刃は空中で散弾のように弾けてベイルに襲いかかった。紙一重の時間の中でベイルは瞬間移動を繰り返し、すり抜けるようにして回避をするではないか。これが通る望みは薄い。コケ脅しは相手に通じないのはマルスも分かっていた。今まで隠されていたベイルの鋭い爪が振るわれたのを見てマルスは片手剣の形から大雑把な大剣に変化させて盾のように受け止めた。
「左腕の礼をしなければいかんな、人間」
「礼ならもう間に合っているさ……!」
押し切ったマルスはすぐさま両手で剣を奮ってベイルの腰元を狙って切ろうとするが瞬間移動には勝てなかった。すぐに距離を取られてしまう。
「まだ満月じゃない。何故今夜ここに攻めてきたんだ」
「ほぉ、満月のことは察せられていたか……。この時代にそんな人間がいるとは驚いたわ。満月……そう、今宵こそが満月よ。我々の獣らも絶好の場で喜んでおるわい」
ベイルの左手が光ったと思えば彼の影から這い出てくるように鳥が出てくるではないか。黒い体にどこか月明かりを浴びて碧色に光る羽を生やした鳥だ。何匹も空に舞い上がってマルス達を見ていた。先程八剣班によって討伐されたはずの鳥達が蘇ったかのように空を舞っている。これだとキリがなかった。今だに鳴り響くサイレンの中、薄明かりがついた夜の街を飛ぶ鳥達。夜が明けるまでには決着をつけなければならない。民間人の生活だってある。戦闘員は彼らを守らなければならないのだから。
だがそれはベイルも同じだった。腕の魔石が効果を出すのも夜であるから。朝になると全てが消えてベイルの計画は破綻してしまう。どうか今は時間を稼いで力を溜めなくてはならないのだ。そうしないとベイルが望む風を吹かせることができなかった。
「我らが送った魔獣やらは全てお前達によって討伐されてきた。邪魔が入らなければ我は計画を完成させられる。……いや、そもそも貴様ら人間が我らを放っておいてくれれば……ここまで動くことはなかった」
「ここまでの人を殺しておいて……!」
悠人が前に出ようとしたがマルスはスッと彼の前に腕を出して止めた。悠人はハッとしてマルスを見る。マルスの目はいつもよりも赤黒く光っているようだった。
「鳥人、お前の気持ちはよく分かる。先代の人間が行った虐殺は愚かだ。ぺリュトンを復活させてどうなる? それがお前の……鳥人族の掟か?」
ベイルは大きく震えたようだった。間髪入れずに鳥が襲いかかってきたので香織と悠人が同時に攻撃をして墜落させた。翼を折られた影の鳥は跡形もなく消えていく。マルスはというと剣を元の片手剣に戻してスッといつものように構えて何があっても行動できるようにしていたのだ。
「一連の鳥型魔獣の動き……。森に置いてあった大きな魔石……。そして……エリスを使った魔獣生成。全てこの時のためだったんだろう? 鳥人が神として崇めていたのはぺリュトンだ。月の鳥……魂の運屋とも言われるな。違わないか?」
「貴様……本当に人間なのか?」
「あぁ、人間さ。誰がこんなことを指揮している。ぺリュトンを知るものは長い歴史の中でも……」
ここまでマルスが話したところで鋭い痛みが頭を襲う。何かに刺されたかのような痛みが永続して発しているのでマルスは頭を押さえながら倒れ込んでしまった。急いで悠人と香織がマルスを介抱する。起き上がったマルスは痛みで歪む視界の中、斜め前方にあるビルの屋上に何か人影を見たかのように思えた。戦ノ神は何もしていない。この頭痛は謎だった。
ベイルは相手が急に倒れたのをいいことに一旦飛び上がってから考える。視線をたしかに感じたことを。ご主人様の視線ではなかった。考えられることとして一つだけあるがその次を考えるのがどうも怖いのだ。考えを振り切ってから目の前の人間が人の歴史上あまり知られることがなかった情報を知っていることに驚愕してその動揺を拭えない状態でいる。腕の魔石が意気揚々と輝いているがベイルはマルスに対してある疑問を持っていた。
「賢者でさえ明確には知らぬことを知っている……。あの人間は……?」
ぺリュトンが鳥人族の神であり、今自分がつけている腕の石がぺリュトンのものなど誰が知り得ようか。腕を奪われた時も妙に落ち着いた風貌で血を見ることに慣れたような人間だったがそれだけではない何かがあるように思えたのだ。だがベイルの使命は夜を待ち、石の力を貯めていくことだ。森に置いて鳥型魔獣を導いていた時に影を使ったがこれがうまくいき、ベイルも使い方を学んでいたからこそである。鳥型魔獣のような影響を受ける人間はいないはずなので気がついてなければそれでいいのだ。
「賢者かと思えば青二才であったか。戦いはまだ終わっておらんよ!」
立ち上がったマルス。先ほどの頭痛は嘘のように引いており、苦痛から抜け出した清々しさを感じるほど体に余裕が出ていた。剣の色が少しだけ濃くなっている。戦ノ神も警戒しているようだ。マルスは剣をグッと掴んで空を飛ぶ相手に構え直した。亀裂が出現し、その間から赤黒い灰が出現する。その灰を見たベイルはまたも震えたような気がしたがマルスは無視した。
影の鳥が一斉にマルスに襲いかかったが灰を振りかけるように剣を振るうと影はぐぐもったような音を立てて消えていく。それでもくぐり抜けてやってくる影には香織と悠人が相手をしていた。発達したような脚を振り下ろすようにして攻撃してくるが悠人と香織からすれば慣れた動きだったのですぐに討伐する。このタイプの攻撃はどこかで見たことがあったのだ。鳥を出すだけでは何もないと判断したベイルは左腕からモヤのように影を纏わせてマルスに拳を突きにかかる。振られた拳を後退して避ける。道路標識にそれが当たったと思うと飲み込まれるように標識の一部が消えた。
その様子を見たマルスはさらに灰を濃くして周囲に浮遊させる。影の正体は今だに分からないが当たれば大惨事であろう。ここはマルスに任せた方が吉だと察した悠人と香織はマルスに気を取られるベイルの隙を盗んで一旦後退していった。
「香織、隼人や蓮は堀田班長達の元に向かったな?」
「えぇ。サーシャやパイセンは福井班……優吾達と木原さん達は遊撃ね」
「俺たちはいつ誰が危機になっても動けるようにしよう。……にしてもあんな技いつ覚えたんだ……、マルス」
香織はマルスの暴走を知っている。それに研究所で本を読みながら寂しそうにしていた様子も、出征を尋ねられて即座に話を切ったことも。何がマルスのタブーで何がマルスにとって正しい質問か、今は分かりそうになかった。ただ……今までの会話からマルスはどこか人間離れした何かがあってもおかしくないと思うのだ。そうなった時、香織はマルスを見放さずに約束を守ることができるだろうか、一緒に強くなるという約束を。
「……技も何も関係ないわ。……私たちはマルスに任せすぎじゃないかしら?」
「ッグ……、でも……今は仕方ない。俺たちの仕事は仲間を死なせないことと……民間人を守ることだろ? 死なせないようにするためには不利な状況で突っ込むべきじゃない」
刀にグッと力を込めて悠人は考える。ベイルとの会話、聞いているだけだったが記憶には残っていた。影から這い出てきた鳥達、あれは先程まで街を襲っていた毒怪鳥とはまた違った印象だ。生きている感じがしなかった。物陰に隠れてからすぐに任務内容を確認していく。「街に光の柱のようなものがたった」、「鳥型魔獣達の出現」、「追いかけるように亜人の出現」、ベイルの話していた影の存在や夜でないといけないという話。
「香織、さっきの鳥達……どこかで見たことがある気がするんだ。えっと……なんだ」
「剛脚鳥?」
「それだ……!」
つい先日、堀田班が討伐した剛脚鳥とそっくりだった。支部周辺に生息する鳥型魔獣で飛行をするのはするが下手なことで有名。基本は森の中を発達した足で走る森のランナー。攻撃にすぐ対応できたのも習性として刻まれた足技を悠人が知っていたからだ。
「森の中にいた鳥とそっくりだ。香織、もう一つあったな? 俺たちはその存在に合っている」
「魔石……?」
悠人は頷いた。魔石、鳥丸班と出会った時に見ることになった魔石だ。日が経つにつれて色が濃くなっていくとの情報が任務記録に記されている。人形の男と共に研究班に送られてその結果は随時悠人が確認していた。それと会議での木原班の情報。夜導かれるように鳥型魔獣が徘徊しているとのこと。誰かを呼んでいるような声を上げる情報だ。
悠人の中で違和感が確信へと変わり、それがまた一つの問題を生む。もしそれが本当なら今も導いている魔石が街のどこかにあるはずなのだ。いくら亜人と言えど街という狭い空間に魔獣を長居させることはできないはずだから。気を惹かせる魔石があるはず。が、分かっていれば福井班の直樹が感知して破壊しているはず。悠人はここで行き詰まった。誰か、誰かレーダー以外のことで感知できる者がいないだろうか。
「悠人……?」
「香織、これが合っているかどうかは分からないが……影の本体というものがあるかもしれないんだ」
一通り説明してから香織も同じように驚いていた。悠人達が隠れる側まで影の鳥の死体が飛んできて二人は大慌てで避ける。いつまでも考えることはできそうになかった。香織は触ろうとしたがスッと腕が透けて触れられなかったことがわかり、すぐに腕を引っ込めた。魔装で殴ることができていたのは魔石との反応があったからだろうか。それとも攻撃する時だけ実体になるという仕組みがあるからだろうか。香織は粉のように消えていく影の鳥を見てボソリと一言。
「本当に生きてないみたい……」
「生きてない……?」
ここで悠人の頭に一つの打開策が生まれたのだ。もしこれが間違っていたとすれば恥をかくか無駄足になるかのどちらかだ。それでも構わないと悠人は通信機を叩いてある人物に連絡をした。
「おい優吾! 聞こえるか!」
「おっ……おう……あまり声出さないでくれ。俺は無事だから……」
「お前、言っていたよな?」
「何を?」
「亡霊を見たって言ったよな……!」
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