戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

ライダー

公開日時: 2021年6月5日(土) 20:55
文字数:2,961

 時はマルス達が研究所へ侵入した同時刻、研究所からは少し遠く離れた地域の駐車場で通信機をいじる人物がいた。バイクの椅子に腰掛けながら通信機を起動させて首を傾げる人物。


「……っれ? 通信切れた?」


 その人物、遠野翔太とおのしょうたは左手に掴む紙袋の紐と右手に持つ通信機をチラチラ見ながらため息をついた。せっかく久しぶりに連絡したのに既読無視はどこか萎えてしまう。椅子の代わりに使うバイクに腰掛けながら頭をポリポリかいた。最近、駆け込んだ理容店でジョリジョリに剃ってもらったツーブロックの頭が特徴的であり、立派な筋肉を持った男だ。目つきも悪いと他人によく言われるが本人は全く自覚がない。髪の色は茶髪に近く、新緑の目はイキイキと輝いている。ライダーズジャケットを羽織っているその姿はバイク乗りさながら。彼は最近一方的に連絡をもらうだけであったレイシェルに自分から連絡をしたのに既読無視をくらってしまい、戸惑っているところだ。今までは翔太からの連絡を受けるとレイシェルはすぐに反応していたが今日は違った。既読はするけど反応がない。一見どうでもいいことなのだが彼からしたら少しおかしいことなのだ。


「翔ちゃん、どうかしたの?」


「おぉ、紅羽くれは。おばちゃんに久しぶりに帰れるって連絡したんだけどよ。既読無視された」


「まぁ珍しい。レイシェルさん、翔ちゃんからの連絡があったら食い込む勢いで返事するのに」


「だよな? 何かあったのか……」


「さぁ……なんとも」


 紅羽こと、蛍原紅羽ほとはらくれはは翔太に少々心配したような視線を送った。燃えるような炎の赤髪を一つ括りに背中に流しており、巫女服のような白と赤を基調とした和服を着ている女性だ。桜色の唇にキリッとした目、枠の薄い眼鏡を着用した凛々しい女性である。紅羽は中腰で翔太の通信機を覗き込むようにして通信機を拝見した。


「こまめに連絡はとっているのね」


「近況報告はその都度送れってうるせぇんだよ」


「ハイハイ。班長の役目をしてるんだったらいいわ。先生には何も送らないの?」


「今は送りづらいだろ。稲田やレグノスの件に合わせて俺がなんか送ってみろ。何を思われるか分からない」


「そっか……」


 遠野翔太、極東支部所属戦闘員であり序列4位遠野班班長を務める人物だ。通称「トラベラーズ」と呼ばれるこの班は翔太を班長、紅羽を副班長とした5人編成の班だ。極東支部の事務局を拠点にはせず、常時遠征を行って日本全国を回りながら魔獣の討伐を行い、各都道府県地域で給与をもらって生活している。


 基本は野宿な訳だが入浴は寄った街の銭湯を利用したり、極東支部が遠征用に設置する仮拠点のような施設で寝泊まりをする。極東支部の遠征は彼らで成り立っていると言っても過言ではないほどの功績を残す班なのだ。あだ名の「トラベラーズ」は遠征から取られたものだった。そんな翔太はレイシェルと随時連絡をしており、レイシェルもある意味で問題児な翔太の行方を知るために連絡しているようなものだ。行き先は全て翔太の独断なのでレイシェルも知るよしない。彼からの連絡と遠征支部の連絡によってレイシェルも現在地を把握するという方法で成り立っているのだ。


 最近は討伐任務が落ち着いたので久しぶりに極東支部に帰ろうとしていたのだ。そうであったがレイシェルの連絡を聞いて稲田とレグノスの死を知った。彼らは翔太から見ると尊敬できる先輩でもあり、共に戦った仲間でもある。八剣玲華が極東支部にくる以前、見鏡未珠を筆頭とする見鏡班時代に同時に入ってきた3人、それがレグノス、稲田、翔太だった。彼ら3人とギーナ、円、紅羽は同じく見鏡班の班員であり、未珠のことを先生と敬っていた人物だ。翔太は現存する未珠の最後の弟子となっている。あの2人の死を知った時は一瞬だけ頭の中が真っ白になり、声もあげることができていなかった。口を魚のようにパクパクさせて移動手段のバイクを止める。街に流れていたテレビからは極東支部の悲劇についての特集が盛りだくさん。悪夢そのものだった。


 紅羽はこのことを承知しているからこそ、翔太に合わせたのだ。彼のショックは相当大きかった。全身から垂れる冷や汗に震える口、力が抜けて倒れそうになる体をなんとか起こして手押しでバイクを運びながら宿を探したものだ。だからこそ今日行おうと思っていた帰還は彼なりの考えの元に行っている。極東支部に、見鏡先生に自分はまだ生きていることを知らせて少しでも希望を持って欲しい翔太の願いだ。自意識過剰気味でもあるがどこか心配なんだろう。


「翔ちゃん〜。買い出し終わったで」


「ただいまです。副班長」


「ただいま、あなたの可愛い部下が帰ってきましたよ〜」


 仲間の班員が買い出しから帰ってきたようだ。お土産をたらふく買ってプレゼントしようという翔太の考えに賛同して色々買い込んでくれている。意気揚々として仲間は帰ってきたのに翔太は背を向けて通信機をジッと見ていた。顔を合わせずに通信機に合わせてガリガリとすり足を取る翔太に何かを感じて目を細める仲間達。紅羽はそんな翔太を横目にまた何か起きるかもしれないと危機感を感じている。


「すまんな、お前ら。お土産の紹介は後だ」


「え、どうして……?」


 紅羽の問いかけに翔太は通信機を見せながらバイクのハンドルを手に取った。他の班員もどこか真剣な眼差しの翔太を見て「ん?」と声を上げる。


「ちょーっと寄り道しないといけないぞ。今から魔研に行く」


「ちょ、翔ちゃん……! 誰からの任務よ?」


「おばちゃんだ。返事したって思ったらちょっと色々なことが書いてあってな……。魔研に亜人が襲いにかかってるらしい」


「亜人……!?」


 この班は亜人に対しての戦闘経験は皆無であり、そもそも極東支部の内情も通信越しでしか知り得ないので亜人への心構えは少ない方だ。翔太を除いて。彼はバイクに跨りながら通信機を切って腕を組んで考え事をしていた。


「それだけじゃあない。後のことは移動しながら教える。野郎ども、お仕事だ」


 班員はいつも以上に翔太が険しい顔をしていることに何か気がついたのか、お土産をしっかりとバックパックにパッキングして大事に背負い、それぞれのバイクに跨った。全員で一斉にエンジンをつける。対魔獣用のバイク、それぞれの適合の魔石を内蔵しており、魔装の影響を受けないような作りになっているバイクだ。これによってバイクのエンジンやモーターが狂うことはないという仕様の遠野班専用バイクである。


「魔研には新人殺しが救済に向かったらしい。俺たちはその援護だ」


「新人殺し……絡んだことは一切ないのに翔ちゃんが援護……どうしたのよ?」


「アイツらには……借りがある」


 翔太はバイクのアクセルを振り切ってバイクを走らせた。仲間の班員も同じようにバイクを巧みに操って公道からそれた下道へ出る。借り……、稲田やレグノスのために戦ったとされる若手の班、東島班への借りだ。それにもしレイシェルの言ってることが真実なら放っては置けない事態にまで発展する。そうなる前にも助けに向かわないといけないのだ。


「先生……後もうちょっとだけ……頑張るからさ」


 翔太はバイクに収納してある自身の魔装、鉄パイプを取り出して走行中の右手に構え、地面に叩きつけながら気合を入れる。翔太史上で初の救済任務が始まろうとしていたのだった。

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