戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

会談

公開日時: 2023年3月22日(水) 19:07
文字数:3,845

 地下シェルターの爆発からかなりの時間を遡る。新島荘を遥かに離れた極東支部の局長室には何やら重い空気で立ち込めていた。重く、そして一定の緊張が波を打つことなくずっと蔓延っている。少し退屈で億劫な空間の中でレイシェルは支部周辺の魔獣よりも恐ろしい本部と各支部の局長との会談を行っていた。

 画面の中に映る各支部の局長達の顔、あるものは呆れたような目であるものは何か面白いものを感じたのか口を尖らせ、あるものは厳格な顔を一切動かさずにレイシェルをジッと見ていた。


『それが君の意見かね?』


「依然として変更はありません。極東における亜人襲撃と魔獣活性化要因の拠点の攻撃、加えて拉致された戦闘員の救助は行います」


 レイシェルの意見に我先にと口を開いたのは本部局長基、対魔獣戦闘員協会の総帥を務めるハンスという名の男だった。スイスに拠点を構えるこの本部の男は秘書のグスタフよりもかなり高齢で己の足で立って歩けるほど丈夫な体ではないが威厳と頭脳は引けを取らない。レイシェル直属の上司であるに加え、彼女が戦闘員の時から総帥として組織の頂点に立つ男である。


『君のわがままには振り回されてばかりだ。こんな東の果てにある小さな島に支部を置くことになったのも君のわがまま、長年戦闘員の殉職が多い君の組織の存亡に振り回されているのが我々だ。災難だな、わがままな君に似合う不可思議な国を守ることになろうとは』


「この国を守ると誓って今まで、後悔はありません。それに……この支部が崩壊して困るのは本部やその他支部の貴方方でしょう。今回の攻撃作戦で亜人との戦争が決着するとは私も思ってはいない。ですが、終結に向けての大きな一歩となる確信が私にあります」


 レイシェルは知っている。支部ができた経緯としては一番新しい極東支部の地位は間違いなくその他支部の最低であることを、そして支部長や総帥の輪の中で一番年下の自分の意見なんぞ通ることはないと。多々ある魔獣襲撃と亜人によって極東支部の成績は例年よりも遥かに下がっている。総帥含めたその他支部長達は極東支部を廃止して中国、アジア支部に吸収し彼らの製造する対魔獣装備を戦闘員に浸透させるべきだという意見が通っている。

 戦闘員としてみれば正解だろう。が、その意見には大事な人間であることを捨てるという倫理観のカケラもない意見でもあった。新人殺しの魔石侵食を目にしたレイシェルにとって組織合併は更なる悲劇を生むと考える。そうは思わないのが亜人襲撃による魔装酷使を経験してない他支部というわけだ。


『たいそう立派な口で物を言い、今まで組織を運営してきたようだがこれ以上好きに動かれると私の支部もよろしくないですなぁ。私たちは平和になればなるほど必要のなくなる組織。せっかく島国に脅威が集まっているのだから君らでなんとかしてほしいのは山々ですけどね』


「島なのは貴方も同じでしょう、ジョージ支部長。この作戦が成功したとしても極東だけで収まる戦争ではありません。貴方の島も脅威に襲われます。えぇ、必ず。その被害を最小限に抑えるためにも今回の作戦は必須です。拉致された戦闘員は必ず役に立ちます」


『失脚がそんなに怖いのか? レイシェル』


「レイシェル支部長だ。今回の作戦がもし失敗すれば世界の危機になる。この極東だけで被害を抑えたいのなら飲み込んで欲しいものです」


 オセアニア支部長ジョージはおしだまった。ただの戦闘員からのし上がり、そしてわがままで支部長となり極東に支部を開設した女を相手にしている。並大抵の煽りには動揺しない。


「そして、今作戦には見鏡未珠も賛同しています」


『ほぉ! それはそれは……。世界の天下無双とも言われる極東支部トップの副班長が賛同しているとは……面白いですなぁ。彼女は冒険心のあるお方でしたかな?』


 意気揚々と声を上げる中国•アジア支部長。細い目をスゥーッとレイシェルの方に向けながら声色だけ優しい様子で話しかける。


『勝算……あるんですか?』


「彼が戻ってくれば……あります」


『ハッハ! 世界の危機に必要なのは一人の救世主! おまけに貴方は命のピンチ! 面白いですなぁ……!』


 この東の果てにある小さな島国に就任するにおいて課せられた条件が一つある。レイシェルのわがままで設立され、独自の魔装を開発し、多種多様な魔獣を討伐してきたレイシェルに課せられた条件、それは見鏡未珠の保護と秘匿情報を知るレイシェルが戦闘員の業界から去る際は本部に護送され始末される。この条件は戦闘員、非戦闘員には一切記されていない本部とその支部長達、そして見鏡未珠だけが知る機密事項であった。


『その、君がいう彼が戻ってこなかった場合……まず極東支部は壊滅し……どちらにせよ君の命はないだろう。それでも……作戦を実行するというのです?』


「いずれ私は死ぬでしょう。それほどの戦地に拠点を構えているのですから。作戦が成功しても亜人との決戦に備え、極東かその他地方での決戦になり得るのは確実、作戦が失敗すれば私とグスタフの身は貴方達の自由にして構いません」


 オセアニア支部長ジョージは頭を抱えて黙るしかなかった。そもそも脅しのつもりでレイシェルに課せた条件を呑んで極東に支部を構えた女には本当、何も通じない。助け舟を求めるが如く総帥の方を見たジョージだったが総帥の目と口元は会談が始まる前よりも遥かに緩んでいた。


『わがままに乗っては来たが……正直君に恩を感じている部分はある。……見鏡未珠が本当に承諾したのか?』


「間違いありません」


『ふぅん……、レイシェル。私は本作戦を許可する。彼の情報を色々頂戴した上での承諾だ。救出作戦基亜人拠点の襲撃を任せよう。そこで全員討伐できれば十分だが……最小限の犠牲で亜人討伐、拠点の破壊ができれば他支部の協力も要請する。……どうだ? 皆』


 偉大なる総帥のお言葉にすぐに反対を入れようとする支部長達だったが肝心の反対理由が思い浮かばない。逆転できるしっかりとした理由が一切出てこないことにただ巻き込まれたくないという一心なのだとレイシェルは悟った。


「ご協力感謝します。では、作戦の準備がありますので失礼」


 会談の画面を落としたレイシェルは久しく使った巨大モニターの電源を落として深く座り込んだ。メガネを外して大きな息を吐いた彼女の元に紅茶を入れたグスタフがやってくる。話の内容を全て知っていたのかグスタフの表情はレイシェルを労い、そしてこの先の未来についての覚悟を決めているようだった。


「……振り回してばかりですまんな」


「いいえ、初めて貴方に出会った時からそれ相応の覚悟はありましたよ」


「やめんか、敬われることはしていない」


「フフ、見鏡様からも了承のご連絡が。もう既に戦闘員出発の準備を進めているようです」


「繋げ」


 メガネをもう一度かけてから紅茶を一口飲んだレイシェルの元に通信がやってきた。


「私だ」


「おうおう、妾じゃ。レイシェル、お主ほんと面白い女じゃの! 妾ワクワクしていたぞ」


「未来視できるからといって勝手に楽しまないでください。貴方も十分に振り回してばかりですから」


 通信機の奥からは未珠の笑い声だけが響いている。未珠の存在は偉大だ。彼女の存在そのものが都合が悪い対魔獣協会にとって彼女を味方につけたレイシェルは非常に強い。初めて彼女と出会ったのは本部で戦闘員を行なっていた頃だった。ガラス越しの出会いだったレイシェルと未珠。そこから未珠が望んだ故郷である極東を守るために極東支部を設立したのがレイシェルである。


「お主は少し休んでから東島達への指示を頼む。……少々豊が余計なことを言ったようだが見える未来は悪くない。精いっぱい、がんばれ」


「貴方もお気をつけて」


 通信機を切ったレイシェルはずっと隣で待ってくれていたグスタフの手を包むように取って「ごめんなさい」とだけ謝った。


「何を謝ることがあるのです?」


「この作戦が成功しても……失敗しても……皆に危険がやってくる。上に立ってからというもの……私は」


「レイ、君はよくやった。むしろやっている方だ。マルスさんも東島さんも他の戦闘員も皆貴方を慕っている。貴方のために改造魔獣を駆逐したことを忘れたのかい? ただ……私の前だけ、こう甘えることを許そうか」


 元はグスタフの後輩として戦闘員に入隊してきたレイシェルだったが我が強い女でよく衝突していた。が、その我の強さで協会の禍根を解決し、グスタフを誘ってレイシェル、未珠、そしてグスタフの三人で設立された極東支部の今を見ると不安になるのも分かっていた。

 が、レイシェルにはそんな脅威を払い除ける部下が大勢いることも知っている。彼女の強さを知るものはいる。不安がることはないのだ。



 離れた居住区を出て戦闘員を手配する未珠も同じことを思っていた。己の体の限界を日々感じながらも戦うのはレイシェルへの恩と己が好きと思うからである。


「先生、俺たちは先に行く。車両で来るならかなり遅れが出るだろうから先発の遠野班に任せろよ。じゃ、あとで」


 慣れた手つきで最初に出発手続きを行った翔太達を見送りながら未来視を行った未珠は今後の未来はまだ明るいということを確信し、不安を拭った。


「レイシェル、行ってくる。……お主のわがまま、楽しかったぞい」


 八剣班として出発する未珠の脳裏には初めてレイシェルと出会った際に本部の総帥に声を上げたレイシェルの姿がハッキリと映っていたのだった。


『貴方が文句を言うのなら彼女に変わってその十字架に上がればいいでしょ!!』

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