「俺たちが対亜人戦力の主要だって?」
優吾が不在の中、マルスの病室の中でパイセンの声だけが響いていた。他の病室でも良かったのだが万が一のためにサーシャの病室が一番近いマルスの部屋に集まり、椅子を並べて悠人は対抗会議の内容を話していたというわけだ。悠人が研究所にやってきたのはマルス達の見舞いという面もあるが八割ほどはこの対抗会議の内容を伝えにやってきた。サーシャがまだ眠っているがとりあえず、と悠人は話し始めたのだ。
亜人に対する勢力の中で主要となるのが八剣、福井、東島、中立として遠野、補助として安藤、鳥丸、堀田、木原班が編入されたと聞いてパイセンはこめかみを人差し指でトントンとしながら何かを考えている様子だ。全員、マルス達が魔石の侵食によって療養中なことは知っているらしく、あまり好意的に思われていないことも悠人は説明していた。
無理もないはずだ。被害者にあたるマルス達は何故か納得してしまい、この魔石の侵食の中でいかにして犠牲を出さずに戦えるかを考えることになる。それもそうだがマルスは安藤班を除く補助の班と会ったことがないので彼らについても考えることにした。
「安藤班は演習で戦った者達だ。けど……残りの班は初めて聞くな。演習の時は当たらなかったのもそうだが終わってからも他班との交流はかなり限られている。どんな班か分かる人はいるか?」
「大雑把だけど俺は知っている。鳥丸班、『骸拾い』は索敵や救出任務に特化した非戦闘員構成の班だ。戦闘実績はよくないが索敵などにおいては八剣班に匹敵するほどの実績を持っている。昆虫型魔獣の巣に侵入して魔装のサンプルを回収したこともあるらしい。よくやるぜ……」
戦闘員の内情においてはパイセンが一番詳しい。彼自身、交流したことはないが班長の鳥丸大輔はそこまで気難しそうな印象はない様子。副班長と班員はあまり顔を出さないそうでパイセンもよく分からないらしかった。
「次の堀田班だがあだ名は『ダイバーダウン』。水中活動、地中活動の実績が多い戦闘班だ。班としては問題ないが……悠人、堀田玲司は気難しいだろ?」
「まぁ……ここだけの話……な」
「あ、俺それ知ってるぞ。班長の堀田玲司。元々ボクシング界隈で成り上がろうとしてたそうじゃんか。ここにきてるってことはなんかあったからだとは思うけど……。気難しい理由はそれか?」
「さぁ、どうかしら。元々の性格もあるのかも」
堀田玲司に関しては班員の中でも情報共有が多くなされており、隼人、香織も少しだけ知っているらしく相槌を打ちながら班の内情を話している。班長副班長以外はあと二人の班員で構成されており、適合が水中、地中活動とそれぞれ特化しているようだ。魔装に関してはまだ知られていないらしく、話はそこで止まってしまった。
「そうか……。序列で見れば堀田班の方が下だが索敵班である鳥丸班があまり知られていないのも納得だな。そうではあるが索敵の実績だけで五位に成り上がっているなど中々だぞ? ……一体どんな魔装を所有しているんだ」
「すまん……マルス。鳥丸班の内情は本当によく分かっていない。遠野班長辺りに聞いてみるよ。問題は木原班だ。パイセン、こっちの情報はどうだ?」
「班長副班長の二人構成、どっちも女性……それ以外は俺も分からない。歴は二人とも長いはずなんだ。でも俺たちには縁がなさすぎてその姿も拝めているか分からない。悠人、木原班はどんな感じだった?」
パイセンに話を振られた悠人であったが会議で見た木原班の木原マキエ、見た目だけぼんやりと思い出せるがその語り口調からは性格が全く読めず、服装の雰囲気や班の内情から戦闘班には見えなかった。正直、これだけしか分かっていない。
「本当に謎だった……。他の班と共に行動することから『武士憑き』のあだ名があるが正直、それの意味さえも分からない……。でもあの人だけだったんだ。会議の時に新人殺しの味方についたのは」
「よく分かんないやつが味方についたのか? 残りの堀田と鳥丸班は俺たちのことよく思ってないのにだぜ? わっかんねぇの」
今まであまり他班と交流ができなかったことが仇となっている気がした。確定している手札は自分たち新人殺しと福井班、八剣班、遠野班に安藤班だ。マルスが唸るようにして考えていると病室のドアが開いて優吾が入ってきた。椅子を自然と持ってきて悠人の横に座る。
「見鏡副班長は?」
「もう帰るらしいよ」
「あの人、何をしにここに来たんだ?」
「……さぁ、気まぐれだってさ」
間を置いてから優吾はそう声に出して目頭を押さえながら深く腰掛ける。昔の優吾と比べると余裕が段違いだ。それにこの魔石騒動の中で彼が一番落ち着いているように見えた。悠人は遅れて入ってきた優吾に今までの話を説明している。悠人は悠人で説明が上手になった気がする。優吾も相槌を打ちながら聞いているし、隼人のフォローもあってかすぐに理解したようだ。雰囲気が良くなっていることを察してかパイセンと香織は気分が良さそうな表情。
「なるほど……。安藤班ならあの札で敵を誘い込めはするが亜人相手に通用するとは思えない。奴らは札よりも入り組んだ樹海などで住んでいたから。配下の魔獣相手なら彼らは十分な戦力……」
「そうなると思う。優吾が来たから話すがまだ続きはある。会議で興味深い報告があったんだ」
これも大事な報告であった。それは鳥型魔獣についてのことである。鳥丸班や木原班の報告で最近、鳥型魔獣が活発であり、夜行性ではないはずの彼らが夜に何かを呼んでいるかのような鳴き声をあげたり、無闇に死にに向かうような無謀な行動をしていたりと奇行が目立つようになっていたのだ。
「今日、その調査を鳥丸班がしてくれているんだ。結果などは支部の研究班とこの研究所で共有していくらしい。その時に鳥丸班と接触できるかもだな」
「待て悠人。接触はいいが、鳥型魔獣が夜に活動するのか?」
「あ、あぁ。奴ら、夜を怖がるっていうか……なんていうか。俺も聞いただけだからなんともだが灯りを求めるように移動するらしい。巣から基本離れないはずの奴らだ。調査する価値はある」
優吾はそれを聞いてから目を細めて目をグシグシと押さえていた。
「まだ俺の憶測かもしれない……。詳しい魔石のことは知らないからな。俺は……奴らにも亡霊が見えているんだと思う」
驚きの声さえもなかった。香織が少し引いていたが魔石に侵食されたマルス、隼人、パイセンからすれば他人事のように思えなかったのだ。悠人もどこか不思議がるように優吾を見ている。
「俺が目覚めた時に未珠さんと会話していただろう? あの人も見えるんだよ、亡霊が。俺だってさっきここまでくる時、暗い部屋を覗くと変な影が蠢いていた。亡霊だ。俺と未珠さんに共通すること……それは適合が鳥型魔獣だってことだ」
「お、おいおい待てよ優吾。たしかにお前は鳥型魔獣の魔石がどっかに宿っているから鳥型魔獣と同じものを見てるならまだ分かるぜ? でも見鏡未珠がそれも見えるんだったらおかしいじゃないか。あの人はピンピンだろ?」
「俺も同意見だ。辻褄が合っていない。お前を安心させたいからそう言っただけだろ? それに……今までの戦闘員の記録にも魔石に侵食された例はない。合ったら俺たちでこんなに騒がれてないはずだ」
見鏡未珠。彼女について極東支部側が残したデータは少ない。悠人は関係ないとは思うがあの会議の時にレイシェルよりも未珠の方が格上のようなあの態度がずっと引っ掛かっている。
「今探るのは見鏡未珠の素性じゃないだろ。優吾、亡霊が見えることは本当だな?」
「あ、あぁ……」
「報告をまだ待つべきだが魔獣達にも何か起きているのかたしかだ。魔石が体の中にあるから俺たちもその流れを受けるかもしれない。俺は近いうちに何か大きな災害が起きる気がしてならないんだ。悠人、支部に帰った時に鳥丸班の調査結果をこっちに送ってくれ。それと一応、今回の話し合いは慎也と蓮にも伝えた方がいい。伝言は香織に任せた」
「分かったわ」
「分かった。ったく、マルスには頭が上がらないな。よし、俺は言われた通りに資料を増やすように尽力する。サーシャの目覚めも見たかったが早めに上がった方が良さそうだな。パイセン、サーシャは任せたぞ」
「おうよ」
「優吾、隼人、そしてマルス。出来るだけ無理をせずに。お前達は療養中だからな。けど、訛らない程度に体は動かしておいてくれ」
「分かってるぜ! 蓮にもよろしくな」
「理解した」
「大和田さんには後で挨拶しておく。やることは多い。それでも無駄にはしたくない。みんなもそうだと思う。俺は俺のやることをしっかり遂行するからみんなも頼んだ!」
それぞれが頷いて悠人を見ていた。いつからだろうか、悠人に任せるのが心地よくなったのは。彼に任せるべきだとリーダーの役割を理解したのは。マルスの中で悠人への信頼が生まれており、それが一方通行ではないことを察せられることになった。戦略においては人の手助けが必要だがそれも仕方ない。悠人が頑張る姿を見ているとマルス自身もベストを尽くすように動きたくなる不思議な力があった。
伝言というわけで香織ともしばらくのお別れである。帰る支度をし終わった悠人と香織。マルスは香織に向き直って立ち上がった。
「しばらく会えないが元気でな。無理だけはしないでくれ。お前は止めない限りずっと動き続ける」
「それはマルスもでしょう? 似た者同士、気をつけましょうか。どこをどうすればいいかは私を見てるから分かるでしょ?」
「言ってくれるな」
ポンと背中を叩いたマルスに微笑みながら香織は悠人を追うようにして部屋から出て行った。見えなくなるまで小さく手を振っていたマルスを見て隼人はニンマリと笑いながら両手をマルスの肩に乗せる。
「全く、マルスはいつからこうも柔らかくなったかね〜。握手が分からなかった新人時代が懐かしいぜ」
「お前に言われると腹が立つ」
「なんで!?」
病室の中は笑いで包まれていた。これならサーシャが目覚めても悲しむことはない。その部屋にいる全員がそう思っている。
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