戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

お前ら死ぬなよ

公開日時: 2021年8月6日(金) 21:07
文字数:3,041

 地下に広がるシェルターの中では亜人達が全員集合しており、水晶玉のようなものを覗き込みながら何やら話をしている様子。いつもの席にルルグ、クレア、ベイル、ケラム、ビャクヤが座っており、それぞれ一つの水晶玉を除いていた。真正面にある比較的大きな席にヴァーリとその隣の小さな席にエリスが座り、また一つづつの水晶玉を覗いているのだ。


「お〜、ご主人様。もう動き出した子がいるよ。歩くだけで大災害。僕たちの狙い通りだね」


「奴らはもう動き出したか」


 水晶玉にはそれぞれ担当の魔獣視線の映像が垂れ流しになっている。眼下に望む人間の街、暗い洞窟、まだ復興途中の研究所付近。エリスが生成した果実を得た魔獣達はその近辺に隠れ、今まで眠ってきた。眠りから解き放たれた魔獣は無敵だ。禁断の果実を得た魔獣達はまた違う境地へと進んでいる。ヴァーリはフンスと笑ってから水晶玉をただひたすらに覗くのだ。


 全てはあの美しい者のために。ヴァーリの目に映るのは今頃部屋で寛いでいるであろう「あなた様」と呼ぶ人物なのだ。


「ご主人様、もし予定通りに動かないやつが現れると……」


「問題ない。ベイル、お前は見ないうちにかなり冷静になれたのだな。予定通りに動かなくてもその過程で人間に危害を加えれるのなら……尚更」


「承知」


 腕を組みながら質問した鳥人族ベイルは水晶玉に視線を移した。それぞれ送り届けた視線から観察して自分たちが出るときにどう動けばいいのかのシミュレーションにもなる。貴重な戦闘データが取れるいい機会でもあるのだ。亜人達は各々の復讐の目的と次に戦闘員に会った時はどんな返事をしようかと考えを膨らませる。


「だが今回生み出した魔獣達は試作品の域を出ない。仮に失敗してもなんらかの被害を出させることに成功すれば大目に見てやってもいいだろう」


 完成された魔獣達はケラムとベイルによってそれぞれの準備地点にまで送られることになっていた。それが今回の計画の始まりのようなものである。とある地点を目的地で囲い込むように配置した魔獣達。ベイルもケラムもバレることなく魔獣を送ることが出来たようだ。


「配置についたか……。いいか、お前たち。これからが宣戦布告だ。我が一族の仇を、父を母を殺されたお前たちの仇を、そして……死んでいった全ての亜人たちの仇を取るのはお前たちだ。人間たちには慈悲はいらん、牙を剥け。時代に世界に人間に殺された同胞の仇を討つための戦争。勝てば正義だ……。お前たちは英雄になれる」


 ヴァーリの言葉に大きく頷く亜人達。隣に座るエリスはどこか悲しい目をしながら俯くだけであった。本当に、本当に戦争が始まる。完成された魔獣達によっての宣戦布告が今始まるのだ。ヴァーリや亜人たちの笑い声は収まることはなかった。




 倉庫と呼ばれる移動用車置き場は前に来たことがある場所だった。戦闘演習前の説明のために佐藤が待ってくれていた倉庫だ。あの時の優しい研究者だった佐藤はもいない。どこに行ったのかも分からないのが少し怖いがマルス達は特に何も考えないことにした。代わりに待っていた人物を見て悠人は表情を和らげる。


「遠野班長、間に合ったんですね」


「おうよ、東島。間に合わせるために帰ってきたわけだからな。お、全員集合か?」


 ゾロゾロと倉庫に入ってきた人たちを見て翔太は相槌を打つような仕草を見せて人数を数えながら連れてきた警備班の運転手を車に乗せて行った。翔太は悠人のグループの運転を担当する。パイセン、張、大渕が集まった。大渕は運転する人間が珍しい遠野班の班長だと知って些か興味を持ったそう。


「おぉ、君があの遠野翔太君。運転手は君か」


「あぁ、その通りだ。おっさん、安全運転とかそういうの気にせず行くぜ? バンプス上がった車とか乗ったことあるか?」


「ナウイ感じでぶっ飛びするのね? いいぞ、そういうの大好きだ」


 早速打ち解けたようで戦闘前に余裕の笑顔を見せる大渕。その隣の張は満更でもない様子だ。パイセンは初めて会う遠野班班長を見て「コイツはそうか……」とどこか感慨深い様子。ずっと事務局で育ってきたパイセンもあまりこの男と絡んだことはないようで研究所の一件前は本当にミステリアスな班であったことが示唆された。


 翔太以外の遠野班メンバーはそれぞれの箇所で覚醒魔獣の動きを監視する傍ら、民間人への非難誘導を行なっているようでかなり忙しいようである。ここに帰ってきた翔太も今から死地へ出向くようなものなのでこの班に入ると命がいくらあっても足りないような気もした。


「ったく……ゴールド免許とってもこれじゃあゴールド継続が難しいぜ……。あっ」


 冗談まがいにその場を盛り上げて車に乗ろうとした翔太だったがドアに手をかけた時に見鏡未珠と目が合ってしまった。久しぶりに対面する未珠と翔太。翔太は一瞬だけ目を逸らしてしまったが負けじと彼女にもう一度目線を合わせる。何に負けたくなかったのかは分からなかったが翔太自身、未珠を見たことによって一つのやるせない気持ちが蘇ってきたのだ。そんな翔太を鼻で軽く笑って未珠は声を上げた。


「お主は悪くない。見ない間に仲間思いになりおって。妾が長の時からそうだとよかったのじゃがな」


「先生……。ほんと、アンタ心見てばっかじゃあないっすか」


「すまんの、これも癖じゃ」


 面倒そうに見えてどこか懐かしむように目を緩めながら話をする二人。そこに戦闘員としての威厳はなく、心を許したもの同士の絶妙な距離感だけが存在していた。だが翔太も分かっている。今から悠人達を届けないといけないこと。ここで時間を潰すのは良くない。


 その間に悠人は新人殺しの全員を一箇所にまとめていた。悠人の心配は当たったようなものだが全員、亜人の悲劇や研究所のクーデターなど巻き込まれ、乗り越えての繰り返しだ。構える面が違う。マルスがやってきたばかりの時と比べると面影は感じないほどにどこか達観した雰囲気だった。マルス本人も高まる覚悟とボルテージが渦巻きあって戦闘準備を整えている。


「みんな……、東島班班長としてのお願いだ。必ず……必ず生きて帰ってこい。絶対に死ぬなよ。どれだけ英雄みたいなことしても死んじまってはなんの意味もないからな」


「堅苦しいぜ、悠人? 俺ら新人殺しだ。それに頼れる先輩達もいるんだ。必ず生きて帰ってこれる」


 こんな時に励ましの言葉をくれるのはいつだって隼人だった。ニカっと笑って拳をキュッと突き出す隼人、それに則って隣で拳を突きつける蓮。蓮は隼人ほど積極性はないにしても足手まといになったことがない。隼人と蓮に続いて新人殺しのメンバー達は次々に拳を突き出していったのだ。その拳は悠人から段々中央へと集まっていった。


 皆がやりたいことを察した悠人はまだ18歳だったことを思い出す。一回だけ、一回だけ学生ノリもいいかもなと悠人も拳を突き出した。そしてニヤッと任務前の微笑みをした悠人は声を上げる。


「まだまだ言いたいことはあるが……楽しい話は明日にしようぜ!」


 少し勢いをつけて気合いで拳を合わせあった新人殺し。マルスも同じく混ざって拳を打った。これこそが人間の強さかもしれない。人間の可能性、マルスが守りたいもの。人間としての強さ。それを脅かす存在には裁きを。戦えない全ての人たちのために戦う。それが戦闘員なのだ。


 全員がそれぞれの車に乗って心を落ち着かせた。車が発車する。歯車が動き出す。その出撃が運命への出撃であることを、マルス達はまだ知ることはできなかった。魔石は動き出す……。

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