悠人からの通信によって全員が屋敷に着いた時にはもう夕暮れ近かった。最初に屋敷に戻ってきたのは悠人で次にマルスだ。マルスと悠人はリビングでお茶を啜っていたわけだが外に出かけているはずの蓮、隼人、優吾、香織が中々戻ってこない。いっそのこと悠人は外に出て迎えに行こうか迷っていたところ、蓮と隼人が帰宅。
走って帰ってきたのか肩で大きく息をしながら手を上げて軽く謝る隼人と蓮を見ていると悠人は怒る気を失った。第一、悠人だって大事な会議に遅刻して呼び出されたために怒る資格がなかった。理由を二人に聞くと福井班の所に遊びに行っていたそう。佐久間直樹と一緒に格闘ゲームをしていると遅刻したそうだ。
「マジでごめん、悠人。今度は気をつけるから……!」
「熱中しすぎたわ。すまん」
「いや……今日は俺も遅刻してるからいいよ。あとは優吾と香織……か。マルス、香織がどこにいるかは……」
「知らん」
「そっか……」
何周か回って清々しいほどの簡潔な返事に言われ、どこか傷ついたような様子を見せながらソファを立ったり座ったりしていると香織が到着。手には戦闘員用のテレホンカード。悠人達はドキッとした。大事そうにカードをしまって遅れたことに対して謝る香織、悠人は手をヒラヒラとして「気にするな」としか言えなかった。優吾もその後に到着。頭を掻きながら軽く頭を下げてきた優吾を見て、どこか仲間との距離感を感じる悠人であった。
「全員揃ったな……。ここじゃあれだ。会議室へ行こう」
予め用意しておいた会議室の鍵を見せながらリビングを出た悠人。香織が持っていたカードを見て忘れていた家族への約束を思い出してしまったのだ。マルスを新人として迎えたあの日、母親が近いうちに帰ってくるようにと言ってきたのだが結局帰ることはなかったではないか。とんだ親不孝ものだと悠人は重りを背中に背負うようにかがめながら会議室の鍵を開けた。
会議室の椅子に各々が座って画面を表示する。サーシャが悠人の隣に座って資料を用意し始めた。画面に映し出される会議で発表された今後の作戦とエリーについてのこと。
「マルス君、こればかりは見てくれる? あなたの力も必要なの」
「俺の……?」
「エリーさんについて、何か知っていることはない? もし言えるのなら……なんでもいいわ」
エリーについての話題はサーシャ達から聞くのはやめた方がいいとマルス以外の全員が承知している。エリー生存が分かった途端、マルスはおかしくなったのだから。エリーに関する質問はタブーなのだ。
「まだ……落ち着かないんだ。その話はもうしないでくれ」
「……やっぱりそうね」
サーシャは手応えのない返事を聞いて少し落胆した様子だった。咳払いした悠人がその場の空気を切り替えさせて今後の作戦についての詳しい情報を開示していく。
「みんな、今度の作戦では亜人の拠点を直接叩きにいこうと思う」
この一言で全員の椅子が音を立てて揺れた。今まで亜人との戦いは待ち伏せ、奇襲される側のどちらかしかなかったから当然だろう。レイシェルと話した内容を思い出しながら悠人は説明を開始する。
「覚醒魔獣や亜人が使役する魔獣が最初に出現するスポットがもう明らかになっているんだ。ほら、ここ。日本アルプス付近の山々だ。ここに、使役されている魔獣のコロニーがあるのと合わせて……こっちの分布図を見てくれ。付近の出現頻度も多すぎる。俺たちはここら付近を調査して亜人の拠点を割り出し、各方角から攻める。これが今回の作戦だ」
「高山地帯に亜人の拠点? あんな、山慣れしている人でも危なっかしい地域のどこに亜人がいるんだ? あぁ、それを探すのが仕事だったな……」
「そこに行けば元凶がいるかもしれない可能性があったとして……。そもそも亜人達はなんでこの国のその地方を選んだんだ? いくらなんでも地味すぎるぞ。地味すぎて逆に目立ってる気がするんだけど」
「落ち着け。蓮が言うように魔装を手に持った戦闘員でも、山慣れした一般人でもあの地域は危ない。逆を言えば誰も近づかないっていう利点があるんじゃないか? それとこの国を拠点に選んだ動機はまだ分かっていない。でも、その拠点さえ発見できれば亜人による被害を大きく抑えれるかもしれない。……家族が住んでるところだって……襲われたらなんて顔していいか分からないじゃないか」
香織、隼人、優吾の三人が頬を動かして悠人の言葉に反応した。残りは家族はいない、機能不全で絶縁状態の者達なので共感はできなかった。家族と耳にしてから机に指をトントンと当てて音を立てる蓮を横目に悠人はまた話を進める。
「衣食住は気にしなくてもいいそうだ。高山地帯の麓に遠征用の拠点が用意されている。俺たちはその拠点を行き来しながら周囲の調査、亜人の棲家を見つければ作戦を立てて奇襲を仕掛ける……とのことだ」
「私たちは車の免許、持ってないから遠野班長が手分けして車に乗せてくれるそうよ。私たち以外にも八剣班、福井班、遠野班がついてきてくれるわ。補助班の方々はここらの警備をしてくれるって」
「前回の任務で堀田班の二名が犠牲になってるから、補助班は切られたってわけだ。そっちの方がいい。戦場に出してもいい班とは思えない」
端末を動かしながら唇を尖らせるパイセンと会議で決まっていた遠野班との付き添いの話を悠人は聞きいれ、仲間達もそれらに納得して会議はお開きとなった。慎也と優吾が晩御飯の支度に行こうと席を立ったとき、蓮は椅子を蹴るようにして動かしてパイセンの肩を突く。
「どした?」
「俺らは外に飯行かね?」
「飯? いいけどなんで? 隼人と喧嘩したか?」
「違うわ。あいつとは何もないよ」
「……、わかった」
先に席を立った蓮と隼人は慎也に食事の準備はいらないとだけ言って部屋を出て行った。珍しい組み合わせで食事をしに行くので会議室に残っていた全員が素っ頓狂な表情をして顔を合わせている。視線はすぐに隼人に集まった。
「お前本当に蓮とゲームしてたのか?」
「喧嘩なんかしてないって。ただ……まぁ……なんだ。俺には分かんないけど俺が行く時じゃあない時があんだよ」
出て行った蓮を少しだけ気にしたような表情で見送りながらそばに座っていたマルスの肩に手を置いて立ち上がらせた。マルスは操り人形のように立ち上がった後にゆっくりと悠人の手を振り払う。肩越しに振り払ったマルスの顔は初めてあった時のような余裕のない表情だった。
「まずは自分の心配をしろ」
先にリビングに向かったマルスを見送りながら、悠人は振り払われた肩に手を置いてジッと考える。今は自分の心配をするべき、では何を心配すればいいのか? 正直、掴むことができない様子だった。
〜ーーーーーーー〜
もう暗い居住区の中を大股で進みながら食堂に着いた蓮とパイセンは手早く日替わり定食を受け取って向かい合って席に座る。最近、ずっと屋敷で食事を取っていたのでうるさい食堂で食べるのは久しぶりだった。
「で? ここまで呼んで一緒に飯を食うってことは俺に何か話があるっての? まさか何もないってことはないだろうな」
「ハァ……悠人が家族がどうのって言った時の空気が耐えれなかっただけだよ」
ヒレカツを一切れ頬張って噛み砕いている蓮を見ながらパイセンは今回の話題の全容を捉えようとしていた。悠人には守るべき家族がいて、同じ思いを抱えている優吾、隼人達がどこかハッとした表情になった時、蓮の表情はあの中で一番歪んでいた。親兄弟への嫌悪感が強いのは蓮だ。そこまで考えた時にピンときたパイセンは一瞬だけニヤリと笑って箸を蓮に向けた。
「ハー、隼人は母ちゃん父ちゃん大好きっ子だから俺の気持ちは分からない。親という存在を知らないパイセンに話せば楽になるって思ったわけね?」
「……!」
「かぁー、お前変わんないね。新人殺しで一番、嘘が下手なんじゃないか?」
「いいだろ、別に……! 死ぬわけじゃない」
「まぁまぁ。お前が家族をコンプレックスに感じるほど、嫌っているのは分かる。親は子を愛してくれてるって周りが押し付けるのも無責任ってこともな? こういうこと、隼人には言えないんだろ?」
唸るような音を上げてご飯と味噌汁をかき込む蓮、行動に粗が出ているのは落ち着いていない証拠。パイセンは箸を止めて腕を組みながら蓮を見る。
「話聞いて欲しいなら一旦、その箸止めようや。ご飯粒飛ぶだろ」
「その態度、お前も変わらないな。……ハァ、なんだ? 隼人や悠人や香織は故郷に残ってる家族とかのために戦ってる。マルスはよく分かんないけど……さ。俺は……家族や故郷を捨てて戦ってる。俺は……俺って何に縋って戦闘員やってんだ? ってよく分からなくなった……」
「捨てる神、助ける神じゃねぇの?」
「そうだと思ってたけど……なんか違うんだよ。あん時の俺は馬鹿だった……。それが馬鹿だって気が付いたんならよ……。俺は何を信じればいいんだ……! ってね」
正直、吹き出しそうになった。パイセンはご飯を噛みながら話を聞かなくてよかったとこっそり安堵していたのだ。パイセンは親を知らない。父の顔も、母の顔も、どんな体型なのか、趣味は何なのか、好きな食べ物や好きな色は何なのか、何も知らない。知らないからこそ蓮の相談に中立で答えれると思っていたのだが、蓮の言葉を聞くとどうも「あいつらが悪い」と言ってほしい態度が見え見えなのだ。
「蓮、俺はセラピストなんかじゃないからストレートに言うぞ? お前相談する気ないだろ?」
「は?」
「すまんな。俺はお前の味方にはなれそうにない。俺には家族の愛なんか正直、よくわからないし、お前がどんな思いで苦しんだかも計り知れない。でもな、そんな親から抜け出す行動力はあっても未だに家族の敷居に篭ってるようじゃあ……何も言えねぇわ」
「いやっ、でも……だってそうだろ!? 俺の中にはあの大っ嫌いなやつの血があるんだ……! こんなことなら……俺だってお前みたいに孤児になりたかったわ」
その時、大きな音を立てて椅子を蹴飛ばしたパイセンは食堂の床に倒れた蓮の胸ぐらを掴んで乱暴に引き寄せる。
「おまっ!?」
「女々しいんじゃッ!! テメェ!! ああ言えば『でもでもだって』で言い訳ばかり、軽々しく孤児になりたいがなんだ言ってるけどよ……。俺はなりたくてこうなったんじゃないぜ? 腑抜けたことばかり言ってもお前の望む答えは一切出てこないぞ? 俺みたいに怒鳴られるか放ったらかしにされるだけだぞ? 同情してもらうために家族の有無をダシにすんな!!」
ザワザワと声が立ったところで椅子を元に戻し、蓮を座らせ、周りに頭を下げて謝ったパイセンはそのまま席に座った。蓮は頭を下げてから切り替えて蓮を見るパイセンのタフさに驚いて何も言えなくなっていた。思えば自分は何をパイセンに求めたんだろう。パイセンだけじゃない、隼人や柔美にだってそうだ。心のどこかで誰かに甘えて汁を吸おうとしていたのか、それさえも分からずにホイホイ誰かについて行こうとしていたのか。
「あぁー……久しぶりに大声出したら疲れた。いいか? お前は天野原の名前を継いでいたとしても親の嫌なところを受け継ぐかどうかはお前次第だ。これは嘘じゃねぇ。嫌でもそこは見つめるんだ。大っ嫌いでも絶対にみろ。ダメだと思うんならそこを消せ。お前、甘ちゃんなんだよ」
「あ、甘ちゃん……」
どこかに刺さるところがあった。マルスと初めて話した時も、柔美と一緒にピーチジュースを飲んだ時も、コーヒーを飲んだ時も、誰かの優しさに甘えて蓮は何もしていなかった。覚醒魔獣退治の時の車の中、あの宣言は何だったのか。あれはただ、目の前の危機にハイになって言っただけなのか。人からの痛みには敏感で、自分が出す痛みには鈍感な蓮だからこそ、響く言葉だった。俯いた蓮を見て本当に分かりやすい人間だと思ったパイセンはまた話し出す。
「誰か、誰かとの話でも同じようなこと言われたのか? それで気が付いたのならその人に礼を言っとけ。……蓮、この漬物めっちゃ美味いよな?」
「急にどうした?」
「まぁ聞け。この漬物作るために必要なこと。それは放っておくことだ。壺の中に入れて放っておく。そうすると上等な漬物ができる。でもな、放って置いても完成できない場合がある。それは心を作る時。あれは放って置いちゃダメだ。その都度見てあげて悪いところがあれば直さないといけない。適度に向き合わないと上等な漬物は生まれないんだぞ?」
意味が分からないような分かるような不思議な例え話だった。漬物を口に放り込んでモグモグと噛むパイセン。漬物とパイセンを交互に見る蓮。何かにつけあがって甘い汁を吸おうとするのが悪い所。もう嫌いな家族は遠くの土地にいる。蓮は遠く離れていてもどこかその家族に依存していた。柔美やマルスや今のパイセンにだってそんな態度で接していたから少々、面倒になりそうになったのだろう。パイセンは激昂したがもしかするとあんなに気にしてもらえた柔美にも同じことを思われているのかもしれない。そう考えると怖かった。
「ナイフ握って空飛んでる蓮はかっこいいんだから。いつまでも女々しくすんな。カッコ悪い。まぁ、逃げないで自分を見つめてくれ。蓮、お前の家はどこだ?」
「えっと、ここ……」
「そうだ。ここだ。極東支部だ。天野原家じゃない。家族だどうのって考える必要はないんだ」
今だに蓮とパイセンを気にした声は聞こえているがパイセンは堂々と食事を取っていた。変に姿勢が良い。一周回って周囲のことは気にならなくなり、蓮も続いてご飯をかきこんでいった。何故パイセンが頼りになるかを再認識した蓮なのであった。
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