「よし、ここが倉庫街だ。隼人、後ろはどうだ?」
「っとぉ……音は聞こえないぜ」
倉庫街へと全力疾走で逃げて行った蓮と隼人。ロケットランチャーの音は聞こえなくなり、自分たちは一応逃げ切れたということを悟る。とりあえずほっと一息。滴る冷や汗を服で拭い、辺りを見渡した。冷たい風が吹く錆びた鉄の匂いがひどい倉庫街だ。もし仮にロケットランチャーの人物がここに来てもこれだけ倉庫が設置されたところだと適当にぶっ放すはずだから逃げやすい。蓮はそう考えていると隼人が「あ、悠人!」と言って手を振っていた。
その先には「静かにしろよ」と言いながら呆れた表情をする悠人がそこにいる。少し肩が凍っているかのような傷が生まれていたがこれは止血らしい。悠人の言葉で蓮と隼人は「いつものことだな」と納得する。なんとか仲間と合流できて安心感が募っていったのか幾分か口数が増える蓮。
「それにしても……ここはかなり入り組んでいるんだな」
「そうだな、どこでもいいが探索をしよう。地形を知ることが重要だ」
悠人の言葉に蓮達はうなづいて彼らは適当な倉庫の中に入って探索をすることにする。キィイイイイイ……、という音を響かせて倉庫の扉は開いて行った。中は暗く、蓮達3人は警戒しながら中に入っていく。風が一層冷たい。小刻みに震えていくのは寒気か? それとも恐怖か? あるいはその両方か?
「ただの倉庫なのに……不気味だ」
「幼稚園の頃に入ったお化け屋敷みたいだな」
「わかりにくい例え使うなよ、蓮」
少し変なコメントを残しながら生温い風が吹く倉庫の中へと入っていく。光は差し込んでいるはずなのに奥を全く照らしていない。本当に不気味なものだった。そのときである。
「レグノス班からのプレゼントだぜ! 受け取りやがれぇ!」
そのような声が聞こえたところ二階からライフルを構える複数の戦闘員が音を響かせて射撃を開始した。嵐のように襲い掛かる弾丸を隼人がドーム状に展開した結界で弾いていく。演習を重ねるにつれて結界の制度も上がっていったのか素早く展開された結界は弾丸の嵐から身を守ってくれる。
「よくやった、隼人」
「お安い御用」
アサルトライフルの弾はチチチチチ! という音を響かせて結界によって弾かれていく。リロード中に斬りかかろうか、どうしよう……と悠人が考えているところ。コツコツと言った足音が奥から響いてきたのだ。足音だったものは少しづつ日光に照らされて行って不敵に笑う一人の男を映し出す。ガタイのいい肉体、ボサついているがある程度切りそろえられ、刈り上げた橙色の髪、そして動きやすさを追求したであろう軍服。ターゲットのレグノス班長その人だった。
どうしてターゲットがわざわざ自分達のところに……? と思っているとレグノスはサッと手を挙げて射撃を静止させる。今まで射撃をしていた戦闘員はレグノスの指示に従ってすぐに射撃をやめた。その早い動作に悠人は少し驚く。
「東島悠人、最初に言っておくが……隙があるとは思うなよ? お前が一歩でもそこから動いたらパァだぜ」
見た目通りの低いような声を発しながらレグノスはフッと笑った。手を銃のような形にして撃ったような仕草をとっている。悠人は刀を抜こうとしたが相手の視線や堂々とした態度を見るに本気で言っているということを理解してゴクリとだけ生唾を飲み込んだ。そして一歩だけ後退って声を上げる。
「なぜここに来ると分かった」
悠人は動揺を悟られないようにレグノスに質問した。レグノスはそんな悠人を見ながら少し面白そうに頭を掻いて話し始める。この動揺がバレているかどうかは分からない。悠人は単純に不安の種を心のどこかで潰そうとしていたのだ。
「ん? あーまぁいいか。特別に話してやる。そっちの二人を誘導しただけさ」
レグノスはそう言って蓮と隼人を指さした。当の本人である蓮と隼人はさっきの光景を思い出す。ロケランの戦闘員だ。自分達は爆撃から必死に逃げていてその視線の先にあった倉庫街に逃げ込もうとしていた。そもそも始めに隼人と出会ったあの通路からでは倉庫街にたどり着くことはなかった。路地に入れ込んで通路をずらす事まで計算済みであったという事である。
「あの爆撃は俺達を狙ってるんじゃなくただ誘導してるだけだったんだな。知らないうちに兎を追いかけて迷い込んだ迷宮がここなわけだ」
「ほぉ、おもしれぇ例えするじゃねぇか。その通りだ。ま、東島悠人を釣れたのは想定外だったけどなぁ」
蓮の言葉にうなづきながら回答するレグノス。計算高い班長だ……と思うのと同時に隼人はあることに気がついてレグノスに話しかけた。
「でもさ、倉庫街までは誘導するのはいいじゃん? ここには沢山の倉庫があるのにどうしてピンポイントでここに来るってわかったんだよ?」
そういえばそうである。二回戦の佐久間直樹のようなレーダーの魔装使いがいるのだろうか? ピンポイントでここの倉庫に来ると分かっていた理由も知りたい。その回答を待っているとレグノスは少し困った表情で頭を掻いて「ほら、あれだ……」と答える。
「そこはぁー……長年の勘ってやつだ」
「勘かよ!?」
隼人のツッコミにすぐさま反応してハハハ! と大きな声で笑うレグノス。その声は倉庫の中に反響してエコーのような余韻を残す。今まで見た班長の中で1番絡みやすそうだな……と悠人が少し油断したところでレグノスは切り替えて真面目な表情になった。視線だけで人を殺せるんじゃないか? というほどの鋭い目をしたレグノスを見て悠人は「安藤さんが1番絡みやすいな……」とビビる。
こちらを見渡しながらレグノスは会話を再開した。
「偶然なんだろうが……俺を釘付けにすることが目的。そうだろう?」
バレてる……、悠人達3人の動揺の様子を見て「図星か……」とレグノスは呟いた。そしてニッと笑いながら「だが残念だったな」と喋り出した。
「お前らの目論見は予想できる。フラグにもなってねぇよ。既に俺の優秀な仲間がとっくに動いているからな。要は時間稼ぎなんてもんも意味がないわけだ。伊達でも俺らは長いもんでな。色んな若造を見てきたら頭の中でシナリオを立てれるもんよ」
これが経験の差、これがハイドネームの班長、これが……人数というアドバンテージで3位まで登り詰めた班。これだけの数がある班を束ねる班長にハッタリは効きそうにもない。レグノスの言葉を借りるならフラグにもなってないからだ。彼はフラグではなくすぐに真実を見出すだけの洞察力と経験がある。上位適合が二人いても勝てるのか? と悠人が思い始めたところでレグノスは背中に背負った魔装を掴む。
「さぁ……おしゃべりはおしまいだ。俺達は喧嘩は弱ぇ、けどな戦闘は得意なんだよ。魔獣退治の銭集めをする親不孝者歴は俺らの方が長い」
レグノスは背中に背負った魔装であるショットガンの銃口を悠人達に向けてカチャリと安全装置を外して不敵に笑ったのだ。上位適合の魔獣を持つ悠人が課金勢なら相手のレグノスは無課金勢。培った経験と身体能力と少しの魔装で戦う戦闘員。レグノスの銃口は悠人のメンタルを抉るかのように見つめてくる。
暗闇の中でレグノスの声は不気味に響いた。
「お前から死ね」
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