戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

VSコロッサス-3

公開日時: 2021年8月21日(土) 19:14
更新日時: 2021年8月24日(火) 18:49
文字数:4,440

 砲台状の左腕をから生えたスコープのような覗き穴越しに目があったパイセンは跳ねるように動きながら考えていた。打開策はあるはずだ、その糸口を掴む。発射された網を避けながら舌打ちをする。


「っと、危ねぇ。まともに考えさせてくれないな。こっちの意図読んでるか?」


 冷気を地面に浸透させてコロッサスの足場を奪いながら戦っている悠人はパイセンの独り言を聞き逃さないくらいに集中している。こう見えて耳聡い悠人はコロッサスのの斬撃に鍔迫り合いのようにおしのけながら距離を取ろうとしていたのだ。


「パイセン、考えっていうのは?」


 振り下ろされるコロッサスのサーベルはあの改造魔獣とどこか動きが似ており、線を読み切っていた悠人はなんなく受け流す。亜人の襲撃から刀を持った敵と戦ったからか、人外の斬撃に対する勘が働くようになっていたらしい。刀を持つ右腕は既に氷で覆われており甲冑のようにもなっている。


「その前にだ、悠人。試したいことがある。出力をルージュだけに絞ってくれ」


「……? わかった」


 夜叉を納刀し、悠人は左からルージュを一気に抜き取って構える。夜叉とは違い、攻撃型のルージュは少しだけ重くまた違った身体強化が施される。慣れない剣ではあるが制限時間を無くした今、氷が溶けて熱気が吹き荒れる悠人を見てコロッサスは慄いた。


「パイセン君、おじさんにも分かりやすく教えてくれないかなぁ」


「すぐに分かりますよ」


 出力を集中させた悠人の刀は赤く輝いた。コロッサスは網を発射したのと同時、サーベルでの斬撃を開始する。変わらない高速移動の中、悠人は網を押すようにして砕き、サーベルとなんなく焼き切ったのだ。バターのように溶けるコロッサスの右腕。少しだけ動きが鈍ったコロッサスは悲鳴のような声を上げながら手首を押さえて後退した。ハッとする悠人達。


「恐れている……?」


「やっぱりな。こいつ、熱に弱い」


 ドロドロと表面の金属が血潮のように垂れる様を見て悠人は目を細めながら何かを思い出していた。まだ初々しい頃、片野凛奈のゴーレムにどこか似ている。


「まるで……」


「言わんとすることは分かる。だけどちょっと違うな。こいつは金属だから発火しないし、ダメージはあれどすぐに直るよ」

 

  積み上げられたバラックを片手でいくつかかき集めるように抱えるとコロッサスの傷口の中に飲み込まれ、そのままバラックは渦を巻きながら新たな腕として形が整っていくのを彼らは見ていた。やはりタダでは死なせてくれないらしい。


「どうやって倒す?」


「それも計画済みだ。そのために少し、時間が欲しいんだけど」


「また時間稼ぎか?」


 指を摘むような仕草で悠人を見るパイセン。悠人は少しだけ目を細めながら刀を敵に向けた。危険な仕事には変わりないが時間稼ぎでいうと悠人自身、レグノス班との戦いで無茶をさせた思い出があるのでうんともすんとも言えなかった。


「いいさ。弱点がわかってる分、さっきよりマシだよ」


 二人の後ろから近づく大渕と張。スイッチが入ったパイセンを見てニカッと笑った大渕、完全にやる気のようだ。


「おじさんはパイセン君と交代だね」


「お願いします。それと張さん……」


 振り向いて張を呼んだパイセンであったが苦しむことをやめたコロッサスが首を捻ってコリを直すかのような姿勢で突撃を開始する。新しいサーベルを瞬時に生成したコロッサスを見て悠人と大渕はカバーに入った。


「パイセン、あとは任せたぞ」


 頷いて張に向き直るパイセン。計画を言おうとしたが張は何がしたいのか理解しているような顔つきでパイセンの口を静止させる。


「問題ない。やりたいことは分かる」


「それなら話が早いや。よろしくですよ」


「しかし、いつ気づいた?」


「張さんの初撃です。それまでは攻撃を続けていたコロッサスが突然に中止して回避をした。それを思い出してピンと、ね」


「そうか」


「張さん、思いっきりやってください」


「あぁ」


 福井班の主砲、張は背負っていたランチャーをアーマーを展開させて背中に固定、そのままミサイル砲の数を増やして要塞化の状態になる。それを見たパイセンがニヤリとしたのと同時、悠人がコロッサスの左腕を斬り落とすことに成功したのだ。


「今だ!!」


「勝てる……!」


 少し細めた目に歯を見せながら微笑むパイセンの表情は絶対的な自信の元に動く”分かっている”パイセンだった。亀裂から光を漏らすバットを手に持ちながら瓦礫の山を駆けていく。その後ろから発射されるのは張の誘導ミサイルだ。ミサイルの中、瓦礫の上をかき分けながら走るパイセン。


 コロッサスは自分の体を無理やり引きちぎってイボのように突起物を大量に発生させたかと思うとミサイル誤爆用の弾丸を空中に大量発生させる。鉄の雨の中、パイセンは方向がよろけ始めたミサイルを見て計画通りに満足したのか声を張り上げた。


「血も涙も流さねぇこの冷血野郎! これでもくらえぇ!!」


 千切られた体を埋め合わせるために肉を移動させて無理やり修復させたコロッサスは片足の状態で飛び上がってパイセンを潰しにかかる。ミサイルの軌道は既に逸らした、残るは感情で動く目の前の人間のみ。勝ちを確信して振り下ろすコロッサスだったがパイセンの狙いはミサイルをコロッサスに当てることではなかったのだ。


「……だと思うじゃん?」


 ニヤリと笑ったパイセンの足元にミサイルは着弾。着弾地点を計算していたパイセンはバットから吹き出すように自分を覆い囲める盾を生成して包んだのと同時の時である。着弾したミサイルは大爆発を開始し、ボールのように覆われたパイセンを爆風で吹き飛ばしたのだ。爆炎の中、獲物を斬り損ねたコロッサスは手応えのなかったことにギョッとした目で瓦礫の山を見渡す。獲物はいない。さっきまで余裕そうに笑っていた獲物はいない。


 コロッサス自身、今までパイセン達のことは自分の武器を生成するために廃工場地帯で吸収していた鉄屑のような存在だと思っていたのだ。今度も同じように吸収しようと思っていたのだがどうも吸収できない。コロッサスは初めて相手を獲物だと認識した。鉄屑の山の中にパイセンはいなかった。それもそのはずである。


「こっちだ、冷血野郎!!」


 声が聞こえたのは真上である。コロッサスが見上げると照っている太陽の真ん中あたりに爆風で飛び上がったパイセンがバットを掲げている最中だったのだ。


「これは人間が作った叡智の結晶だ。なぁ、合金獣メタルビースト。人間によって作られたお前がアイツに負けるのは悔しいだろ? 人間によって作られたんだ。お前が人間を救って見せろやぁああ!!」


 その瞬間、合金獣はたしかに吠えた。パイセンのバットは花のように開花する形で広がりながら確かに吠えたのだ。腹の奥から叫ぶように音を張り上げたバットはパイセンの要望通りに変形していく。口から吐き出すように今までとは考えられない速度で飛び出しての変形だ。パイセンは見たことがなかった。


「な、なんじゃこりゃ!?」


 出来上がったのはパイセンの予想を遥かに上回る出来の熱射砲だったのだ。今までバットのサイズを越えることはなかった武器の変形であるが今回は違う。決勝での恋塚紅音を参考に生成されたのはパイセンの身長を遥かに越える大きさの巨大な大砲だったのである。白銀色に青白い血管のような線が浮き出て濃く光っている。右腕に張り付くように形成された持ち手、槍のように図太く真っ直ぐ伸びた砲身に巨大な口。突き出すようにできたスコープ、先端になるにつれて細くなっていく作りは大きな槍のようにも見えた。どれもこれもパイセンの予想を遥かに越える代物が出来上がったのである。


「ま、まぁいいさ! これでも喰らえェエエエエエエ!!」


 左腕をめいいっぱい引っ張り弾倉を動かしながら右の引き金を引いたパイセン。口から飛び出したのは熱射ではなかった。なんと引き金を引くと浮き出たバットの魔石がパイセンの右腕めがけて勢いよく発射されたのだ。


「イッデェエエエエ!?」


 鋭い魔石はパイセンの肌を文字通りめり込ませた。その反動で更に飛び上がりながら絶叫するパイセン。貫くではなく腕の中に埋まり込むように食い込んだ魔石の痛みにパイセンは空中で疼く中、チャンスを見たコロッサスが飛び上がり真上から両手拳を合わせた腕を振り下ろしたパイセンを叩き落とす。


 顔面に鋼鉄の一撃を食らったパイセンであるがあまりにも腕の魔石が自由に動くものだから痛みが凄まじく、顔面の痛みなどあまり感じなかったほどなのだ。墜落する中、照準を敵に合わせたパイセンはいつのまにか完全に埋まっていた魔石を放って置いて歯を食いしばりながら引き金を引いた。


「当たれやぁああああああああ!!」


 突然の激痛の連続でもうどうでも良くなったパイセンがヤケクソでコロッサスを狙い撃つ。銃口から発射された巨大な熱線はコロッサスだけではなく、全体を包み込むほどの巨大な熱の柱として空を駆けていった。




 帰りの車の迎えを待ちながら魔装を携帯状にしたチームメドゥーサ。偶然二人が空を見上げるとはるか遠い先に天まで続く炎の柱を見て口元をピクピクと動かした。


「なぁ歩夢、なんだあれ」


「さ、さぁね」


 平然を装っているが歩夢の震えは音として聞こえるほどだった。




「す、すごいねぇ……」


「終わったな」


 大きな花火を見ているかのような錯覚に陥るほどのパイセンの一撃に全員が引いていると空からパイセンが着地した。かなり高いところからだったがなんなく着地したパイセンに全員が何かを感じ取る。


「パイセン、大丈夫か!?」


 すぐに悠人が駆け寄った時には瓦礫の山の天辺で大の字で寝ており、何か色々抜き取られたような顔のパイセンは悠人達に気がついたのか、いつもより柔らかい声で出迎えた。


「あ、跡形も残らなかった……」


 そのままゆっくりと立ち上がって服についた砂埃を落としていく。ただ、ジャケットに右半分だけついた血潮は絶対に取れず、パイセンの右腕には何かがねじ込んだような傷跡のようなものだけが残されていた。


「俺は大丈夫だ」


「そうか、ならいいが……あれなんだ?」


「俺にも分からん」


 パイセンはふと気になって足元の自分のバットを見た。あの時の巨大なランチャーではなく、いつものバットである。ただ、何かバットに近しい何かを感じるようになっていた。バットが自分の体の一部、比喩ではなく本気でそう思う何かがあった。


「一つ考えれるなら……研究所のアレか……」


 そこでパイセンの意識は電源を抜かれたかの如く、一気に尽き果て瓦礫の山を滑り落ちながら倒れ込んでしまったのだ。山を登ろうとしていた大渕と張は足元に白目も向けずに抜け殻のように気を失わせたパイセンが滑り降りてきたのにギョッとした。


「……気を失っただけだね」


「そ、そうか……。よかった」


 脈拍はしっかりと動いていたので大渕と悠人はホッと息をつく。眠るように動かなくなったパイセンを横目に、腕に出来上がった傷跡は徐々に形を変えて何かの模様になっていくのを彼らは見落としていた。魔石は発動したのだ。

主が地上に生んだ獣に鉄の如き身体を持つものがいた。細く鋭い眼に眠るは叡智であるか。無為の力は叡智の結晶ともなり、天啓を受けし鉄の獣。それが合金獣メタルビーストである。

 

「魔獣記」より抜粋 “鋼鉄の獣”より

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