戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

風のような人

公開日時: 2021年8月2日(月) 19:26
文字数:3,031

 ここ数日特に目立った魔獣の動きは見えず、戦闘員としては平凡な日々が送られている中レイシェルは研究所の落とし前をやっとつけることができて安心したのか深く椅子に座っていた。あれからというものクーデターを起こした研究員の国家裁判やDBC本部、各局長との通信会議があり、レイシェルの神経も擦りおろされてきたようなものだ。


 研究員がクーデターを起こすなど事例がなかったためにレイシェルの失脚まで考えられたのだが全て未遂に終わった件と証言を元にレイシェルは二度目の失脚の危機を乗り越えたのだった。結果、小谷松や佐藤率いる研究者達は本部まで護送されることとなり、それ以外はレイシェルも何も言われなかった。今頃生きているだろうか? と考える時もあるがそのようなリスクを考えた上での改造魔獣製作であろう。考えるのは自分の甘さだけでいい。


 吹かしたタバコを灰皿に捨ててため息をつくレイシェル。第二波が来るであろう亜人の侵攻やこれからの極東支部についての問題。大和田から提示された魔石の資料。そして遠野班の遠征資料についてを考えなくてはならないのだ。


「グスタフ」


「はい、レイシェル様」


「翔太を呼べ。アイツに話がある」


「ハッ」


 遠野翔太はただ遠征として魔獣を討伐していたのではなくある調査任務も兼ねての遠征だった。それは活性化された魔獣の出どころを探ること。活性化魔獣がどこから発見されてどういう経路でやってくるのかの調査である。その結果、かなり興味深い結果として資料がやってきたのだが詳しい話は彼の休暇のこともあり、出来ていなかったのだ。


 ノックの音が響いたのでグスタフは扉を開ける。真ん中をドカドカと歩いてやってきたのは班長の遠野翔太だ。半袖シャツに動きやすい素材の長ズボン。休暇を満喫していたようである。


「出前呼ぶみたいなノリで俺を呼んだわけじゃあないよな? おばちゃん」


「まぁそこに座れ。詳しい話をお前から聞いていなかったものでな」


 応接用の椅子にそれぞれが座り、準備をする。書類を机に広げたレイシェルは淡々と話し始めた。


「遅くなったが。遠征任務、ご苦労様だった。お前がくれたデータは全て見させてもらったよ。移動経路のシミュレーションも行った」


「そうでも言ってもらえないと困るぞ、マジで? こちとら命懸けの任務だったんだ。東西南北日本中を駆け巡ってさぁ」


 グスタフが用意した菓子をつまみ、紅茶を飲む翔太。目上の人間に対する姿勢は失礼極まりない翔太であるがいつも達成してくる任務の内容であったり、その実力からレイシェルも黙認している部分は多かった。黙認以前にそういうところは何を言っても無駄だと諦められているところもあるが。


 机の上に置かれた書類を翔太は閲覧をする。それと併用して当時の任務を振り返ってみた。活性化魔獣を辿って民間人から情報を聞いたりその地区の警備班と協力して調査を続けていた翔太は最近目撃される奇妙な出来事に行きあたった。湾岸部に流れ着いた謎の死骸、山間部にて発見された奇形の魔獣、工場地帯の鉄材が次々に消えていく事件とその場に残された足跡。これらの目撃情報をピックアップして現場に向かい、その周辺を探索すると決まってあるものが発見された。そのあるものをレイシェルがスーツケースから取り出して話し始める。


「分析をしたところ……。異なる遺伝情報を蓄えた未知の物質……といえば簡単だろう。研究班に尋ねてもこの世で発見されたことのない、分類もできない物だと言っていた」


「なんだ、頼りねぇ。優秀な研究者はみんなあの改造魔獣なんていうものを作っていたのか?」


「おしまいまで聞け。分かっていることはこの物質は異なる魔獣の遺伝情報、様々な器官を生成する情報が使っていること。それと植物性のタンパク質で構成されているところだ」


「植物性となると……。あの新人殺しが発見したツタの魔石と同じものか?」


「それよりもこちらの方が情報の大きさであったり、ショックが起きる可能性が少ない。アレがツタだとこれは果実だ。いや……果実を象った魔石だろうか」


「そこはどうでもいい。じゃあ俺の憶測だったこの果実とやらのせいで活性化した魔獣。本来持つはずのない力を得た魔獣が発生している方向であっているんだな?」


 レイシェルはサンプルを大事そうに容器にしまった後でゆっくりと頷いた。


「その方向であっている。お前が発見したこの果実は東島達が見つけたツタの魔石よりもずっと後だ」


「ほう〜。ならこの果実は噂の亜人達の行動と見ていいわけだ。おばちゃん、この果実を見つけて俺がここに帰ってくることを連絡しようとした時……。あの佐藤が暴れてたんだよな?」


「その通りだ」


「亜人が研究所を襲撃したのもその時だ。そして彼らは改造魔獣の研究データを奪還」


「そうだな」


「活性化の原因が亜人なら。改造魔獣の応用として全く別の魔獣が生まれる可能性があるってことだよな? それについてはどう思う」


 翔太は勘が鋭い。見鏡未珠の下で戦っていた時も先を見据えるセンスだけはある戦闘員だった。それは今も変わらないらしい。翔太は腕を組みながら目を閉じて何やら考え事をしている。レイシェルはお構いなしに返事をした。


「それが今日お前を呼んだ理由だ。研究所のクーデターからかなりの時間が経った。お前が報告してくれた調査報告の中でもなるべく近い場所に出向いて確認してきて欲しいことがある」


「今はどうなっているか? ってことだな。俺もおばちゃんと同じ考えだと思うぜ? 亜人の計画はもう完成に近い。今から阻止しようたってもう手遅れだ。手遅れなら手遅れでその魔獣の対策をしたいんだろう?」


「その結果次第で動くプランはもう用意している。その場合は八剣達をここに引き戻すことになりそうだ」


「八剣玲華か……。そうと決まれば俺は準備をしてくる。先に先生が帰ってきたんならおばちゃんに預けた饅頭を先生に渡しておいてくれ。先生、ずんだ餅が大好きなんだ」


 レイシェルが頷くと確認用にまとめた書類を掻っ攫って翔太は部屋を出て行った。その場に残されたレイシェルとグスタフはフッと息をつく。


「相変わらず、風のような人だ。あなた相手にあれだけの態度を取れるのは遠野さんだけですよ」


「態度のことは別に気にしなくてもいい。翔太にも無理をさせてるんだ。とにかく、これは報告以前に準備を進めておいた方がいい。近々、大きな任務がくる可能性があることを東島と福井に伝えておいてくれ。私は大和田と共に対策を見直してくる」


「かしこまりました」


 クーデターが終わったとしても極東支部の緊張は拭われたわけではない。亜人に知られた情報、なぜ彼らが研究所にやってきてデータを奪還したか……。その答えはもう既にあの悲劇以前に確認されていたのだ。人間よりも亜人の方が魔獣の歴史を知っている。活性化の要因、ツタの魔石、果実、そして自由自在に遺伝子を組み込んだ植物を生成する少女、エリスの存在。


「あの時、鳥人族が少女を取り返しにきたのは今日のためだとすれば……。私が認識する以前に戦争は始まっていたということになる……」


 レイシェルは奥歯をグッと噛んで感情を押し殺す努力をしていた。己の舐め腐った感情に腹が立って仕方がない。もう取り返しのつかない殉職をさせてしまった。この責任と罪を背負ってレイシェルは任務を任せている。


「阻止はできなくとも……必ず犠牲は出さないようにするぞ。グスタフ」


「えぇ、肝に命じます」


 速やかに行動に移る二人なのであった。

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