いつから彼は名前も知らない、関わりが一切ないはずの少年を助けるようになっていたのだろうか。困っている人がいると理性よりも体が先に動いて助けに行く、そんな脳筋ヒーローのような頭に……いつからなっていたのだろう。今は貴重な存在である弾丸を消費して引き金を引いた優吾はそう思った。
慎也に吠えられて走り去られたあの時、優吾の頭の中では終わったの4文字がズキズキと頭を突いていた。慎也は戦闘員になるには優しすぎることを知っていたから。下手すれば自分自身でさえも壊してしまうかも知れないほど優しくて、おおらかで、戦いには向かない性格だった。だから優吾はあの助けた繋がりを理由に慎也にみっちりと体術を教えたし、自然と冷静な考えにさせるような教え方で過ごしてきていたつもりだった。
そうであっても慎也の優しさは消えることはなく、いつも笑顔で料理を振舞ってくれたりする慎也を見ていると自分のしていたことは無駄なことだったと、単なるエゴだったかも知れないという考えに囚われる。自滅をしていたのは優吾自身だった。そもそも強さというものをどこか勘違いしていた優吾がいたのかもしれない。
そんな優吾を見て隣で鎖を構える乃絵は少々ムスッとした顔で優吾に話しかけた。優吾は目線だけ彼女に合わせる。
「大原君、なんでそんなにクヨクヨしてるんです?」
「え……?」
「さっき廊下で私とバッタリあった時、あなたは私の肩を掴んで叫んでましたよね? 『関原慎也を知らないか!!』って」
「……」
慎也が走り去っていった時、少しの時間だけ優吾は呆気に取られていたのだがすぐにハッとして彼を探しにいった。慎也だけでどうにかなる問題でもないし、悠人の元へ向かう前に改造魔獣に鉢合わせすると彼は死んでしまうかもしれない。動いた理由は慎也が死ぬと自分の教えが無駄になるからという理由だったろうか……。それは自分のエゴだったのだろうか……。優吾が後ろを振り返ると壁にもたれかかる形で座り込む慎也がジッと優吾自身を見ていた。純粋無垢で……呆れるほど優しくて……助けた当初は優吾の足にしがみつくほど離れたがらなかった慎也。どうして優吾は慎也の師匠的立ち位置になったのか。どうして慎也の危機を察知して動いたのか……。
「もう……お主は知っておるのかもしれんの」
不意に見鏡副班長の言葉が頭に蘇った。戦闘員として大事な戦闘員である理由。彼女は優吾の理由を聞いたがすでにあの時知っていたのであろう。それは本心でないことを、優吾の偽りであったということを。そんな理由で損得勘定で自己犠牲に踏み入れるような行動力は生まれない。無我の境地で他人を助ける優吾になることはできない。
「あぁ……見鏡さん……俺……俺は……」
とうとう動き出した改造種と後ろで座り込む慎也を見つつ、見鏡の言葉の意味を知ることができた優吾。ポロポロと垂れる涙を拭いながら優吾は目の前の敵に銃を構えた。その姿を見て乃絵もニッコリ微笑んで鎖を構える。
「泣いちゃったじゃないですか。救護班時代から見ていましたが……これでこそ大原君ですね」
「うるさい……看護師」
いつから優吾はこんなにも感情的になったのか……。紛れもなく慎也のおかげだった。あの日、あの山の中で出会った少年のおかげだ。優吾には理由がある。戦う理由がある。自分のための理由を持っていれば迷うことはない、絶対に。立ち直れるから……自分が悩む自分の背中をそっと押してくれるから。
その時、起動しないはずの優吾の二丁銃が青白い光で覆われる。信じられない光景だ。強制機能停止因子を組み込まれた研究所の魔装で現在は因子が発動しているはずなのに……優吾の銃は動き出した。姿を現した四足歩行が口から発射したモリを軽いステップで避けて相手の眉間に精神弾を打ち込んだ優吾。その華麗かつ落ち着いた瞬足の早技に乃絵と慎也はギョッとして驚く。
「今俺がお前に銃口を向ける理由は2つだ」
感知できなかった動きに警戒する四足歩行は優吾の声にピクリと反応する。目のレンズを絞るような音が響いて敵もようやく自分のことを脅威と認識したようである。まずは左腕の銃を敵に向ける優吾。
「1つは……ここでできた大切な友達や弟を守るため……」
弟……、その言葉を聞いてハッとする慎也。いつしか慎也のことを弟と思ってくれるほど優吾は慎也のことを見てくれていたのだ。戦闘でも優吾は慎也のそばにいて戦ってくれた。演習の時も優吾は我先にと慎也を助けにきてくれたし、助言も残してくれたのだ。
動かない優吾めがけて改造魔獣は尻尾のカッターを広げて壁を伝いながら優吾に斬りかかった。不規則な動きをするカッターは優吾の首元から一気に脊髄を切り裂いた……はずだった。改造魔獣が斬り込みにかかるとそれはすでに残像で機械の目には恐ろしいほどスローに動いたと認識するほどだったのだ。
「2つ目は……ありえない形で人生を終わらせる人を放って置けない……。俺はそうやって人の人生を勝手に終わらせる奴が許せないからだ!!」
一瞬で改造魔獣の背後に回った優吾は体を駒のように回転させて後頭部めがけて踵落としを炸裂させた。改造魔獣は壁から不時着して床にめり込んでしまう。その状態でもカッターだけを動かして優吾の首を斬ろうとしたが瞬間的な速度では優吾に勝ることは出来ず、1発も攻撃を当てることができない。
2つ目の理由。これは優吾自身が意識をしていなかったことでもある。困っている人を見ると放っておけない。無意識が救出を求めるほど優吾は自分からトラブルに突っ込んでいき仲裁になることが多かったのだ。自分自身ではわからないほど行動力はある。それが優吾だ。
アンドレアや悠人、ギーナはそんな優吾をしっかりと評価してくれていたのだ。あの屋敷にまでわざわざやってきて助言をくれたアンドレアを見た時に優吾は自信が持てなかったのだ。自分はそこまで人に言ってもらえるほど自信はない。そう思っていた。でもそれは一種の甘えだったのかもしれないことをさっき知ったのだ。
慎也から言われた言葉、いつも自分のことばかり……。聞けば答えてくれると甘えていた優吾がいたことに気がついたのだ。答えが見つからなかったのはそれだ。無我になりきれていない。どこかしらで他人に委ねすぎる自分がいたからなのだ。
「こんな俺にでも守りたいものができたんだ……。俺は……新人殺しが……大好きだから」
「優吾さん……」
そうであっても改造魔獣の猛攻は止まらない。背中のハッチが開いたと思うとワイヤーのような触手が姿を現したのだ。ウネリをつけて四方八方から襲いかかる触手は通常の人間や戦闘員では串刺しにされてしまう。そうであっても……優吾は違う。
「看護師、行くぞ! 幻弾鷲!」
「一気に片付けますよぉ! 地獄蝶」
優吾の目が青白く光り、乃絵の鎖が紫色に発光する。乃絵とは戦闘員になったばかりの頃に救護班で出会った看護師なのだ。どうして元看護師の乃絵が遠野班で戦闘員をやっているかわけが分からなかったが事務局に帰還したときに聞こうと思う。乃絵は乃絵で最近は悩みが溜まる一方な優吾をどこかしらのツテで聞いていたので昔の優吾と重ねて心配に思うところはあったのだが今隣で戦う優吾を見るとそういう気も薄れてきたのだ。
廊下でバッタリと出会った時も勢いよく近づいてきて「援軍はお前か!? おい、慎也はどこにいる!!」と肩を掴んできた時には震え上がりそうになったがさっきの優吾の涙や言葉に感じることがあったのか、乃絵の中で大原優吾という人物がすごい人物であるということがわかった気がした。
紫色に発光する乃絵の鎖は襲いかかるワイヤーを縛っては劣化させていき、錆だらけにして風化させていく。乃絵の適合である地獄蝶は上位適合の魔獣だ。あの救護班主任の田村が適合した聖幼虫が羽化した後の姿であり、紫色の毒々しくも美しい羽を持った昆虫型の魔獣だ。
この魔獣にも回復作用は残っており、羽の鱗粉は傷ついた体や物質を再生かつ強化してしまう勢での回復作用を発揮する。しかし、あまりにも回復作用が強くなると毒となり、注入しすぎると中毒症状を引き起こし、体の組織が劣化、ひび割れる形で崩壊をきたして風化してしまうという恐ろしい魔獣なのだ。魔装の場合は通常形態の鎖で巻くと回復作用を発揮、巻いた対象の傷を完治させてある程度の強化までしてしまう便利な代物だが起動させて紫色に発光している状態だと作用は反転。濃度が急激に濃くなり、巻いた対象を中毒発作を引き起こさせるまで毒を注入し破壊してしまう。
乃絵によって巻かれたワイヤーは瞬く間にさびれていき、精神弾で根元を破壊する優吾と合わせるとあっという間に丸坊主になった四足歩行の改造魔獣が。
「これでワイヤーは終わりですね。でもちょっと……ウチの魔装は燃費が悪いんでもう色が消えちゃいまして……。ここには甘いものがないのでもう毒は使えないんですよね……、アハハ」
これが乃絵の弱点。この魔装、強力なのは確かだが燃費が非常に悪い。毒作用を使用した場合、使用時間は持って3分。それを越えると鎖は色を失い、回復作用もままならなくなってしまう。こうなると使用者の乃絵が糖分を摂取すればまた回復作用から支えるようになるのだが今は取り出そうにもできそうにないという状況。実際、遠野班の戦闘では乃絵は回復役として君臨している。
「気にするな。あとは俺がやる。お前も疲れていそうだからな。離れて見てろ」
使用するとその力が一定時間使えなくなるのは優吾も同じだ。だからこそ優吾は燃費が悪いなりに上手に能力を使おうと模索してきたのでまだまだ知覚速度上昇は使用が可能だ。精神弾も問題なく撃てる。これも一種の優吾の強さだ。必ず仲間は守り抜く、そして関係のない民間人を巻き込まないようにするためにも……優吾が頑張らないといけないのだ。
「5発で決めるさ」
口から発射されたモリを優吾は軽いステップで避けながらアンドレアから貰った弾丸をリロードする。そしてまず1発、モリの発射口に打ち込んだ。暴発して爆発しながら吐き出されるモリ。怯む改造魔獣に2発目の弾丸。右目だ。レンズの目に目掛けて打ち込んだ弾丸はガラスが砕け散るような音を響かせて破壊。3発目は左目。破壊。そして最後に繋がる1発。極限までゆっくりになった世界の中で照準を合わせる優吾。紅い閃光の弾丸は優吾の精神弾と掛け合わさり、凄まじいスピードで改造魔獣の眉間を思いっきり貫いていく。肉を抉る中、同じ穴目掛けて撃たれた最後の弾丸。
「チェックメイト」
アンドレアの真似事にも見えるがボソリと呟いた優吾を引き金に勢いよく押し込まれて核を撃ち抜かれた改造魔獣は爆発する。炸裂音と火花を撒き散らかして体の部位が吹き飛んだ姿を見て優吾達は戦いが終わったことに気がついた。火花を散らす改造魔獣を優吾はジッと見つめる。そんな後ろ姿を見て慎也は口をパクパクさせた。
自分はなんて身勝手なことを口走ったのだろう。優吾にも優吾の葛藤があったのだ。こうやって慎也自身が1人で走って転んでしまうから優吾は手放すことができていなかったことを思い知らされる。戦闘員としても優吾は一歩進めたのなら慎也はまだまだだ。まだ……優吾から教えを乞いたい。そう感じて慎也は声を上げる。
「師匠さん!」
優吾は振り返らない。少し気まずそうな表情の乃絵もいる。ハッとした慎也は首を横に振ってまた声を上げる。
「兄さん!!」
振り返った優吾は笑顔だった。
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