戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

誤算

公開日時: 2020年11月11日(水) 20:52
文字数:3,619

 とある地点では木々をなぎ倒すかのような突風が吹き荒れていた。悲鳴を上げるかのように木が音を立ててバリバリと皮が剥がれていっている。理由はこの突如として現れた竜巻のせいであることは間違いない、そしてその竜巻と対峙している慎也は風圧に耐えきれずに目を半分瞑りながら打開策を考えていた。


「風が強い……。早く……優吾さんと……」


 しかし、この突風に立ち向かうほど慎也は脳筋ではない。すぐにこれは不利な状況だと判断し、撤退することに決めるが突風はそんな慎也の考えを読んでいるかの如く移動して慎也を通さない。薄らな目を開けて確認すると竜巻の真ん中に人が見えたので慎也は足を止める。


「あれれー? 君、大丈夫ー?」


 間抜けな声が聞こえて突風が晴れた先には一人の男性がいた。跳ね気味であり、オレンジの髪色、パッチリした目を持つショタ顔、緑のジャケットとシャツ姿、そして突風から目を保護するためか装着してあるゴーグル。終始、人懐っこいような笑顔を向ける男性だった。これが「大人になりきれない人」なのか? と慎也は思ったがすぐに切り替えて針を取り出して指に挟む。


「初めて見るねー、新人殺しの君ぃ。僕は双葉小次郎ふたばこじろうっていうんだよ」


「……関原慎也です」


「関原君、君はここで僕に負けるんだ。もう決まったことだもん」


 双葉は武器である双身剣の刃を慎也に向けた。棒術で使うようなリーチの長い棒の両端が剣になっているというクセの強い武器。クセが強いだと自分の針もいい勝負だが……と慎也は考えながら双葉を観察する。双身剣を笑顔で構えながら「戦うの? 死ぬのー?」と慎也に質問してくる。リーチ状、針を指に挟んで投げても突風を発動させられたら退けられる。ここは肉弾戦で双身剣を躱しながら隙を見て無力化するしかないようだ。


「御生憎、僕と君は戦闘員でしょうに。死ぬのはゴメンですよ」


「じゃあ、戦おっか。そぉれぇい!」


 双葉の言葉を無視しながら慎也は魔装を起動させて身体強化を図り、姿勢を低くしながら接近を開始した。サソリの適合である慎也は低姿勢で移動することに慣れきっている。戦闘員になりたての頃はサソリの生態を勉強して自分の能力を生かそうとしていたものだ。そういった経緯を踏んで針ツボが完成した。当時の先輩戦闘員たちは「そんな使い方が……」と自分を褒めていたなぁと思いながら双身剣を回避する。


 姿勢を出来るだけ低くして背後に回り込むことを意識しながら回避していった。しかし、相手は背後からの奇襲にも対応できる武器、双身剣である。双葉は楽しそうに双身剣を振るい慎也の針を弾き飛ばしていく。そんな状況でも慎也はそこだ! と双葉のかかと目掛けて針を投げつけた。このままいけば相手のアキレス腱を切って足を奪える。と踏んだのだが双葉は双身剣を回転させる。


 回転させた双身剣を中心とした突風が吹き荒れて慎也の投擲した針は違う方向へと吹き飛んでしまう。慎也はかなり動揺して一旦、距離を取った。


「キャハハ! 直樹の予想通りになったじゃーん」


「直樹?」


「おっと、危ない。それは忘れて。君が針を打って僕を無力化することはもう予習済みだよ。だから僕と君がここで出会うように仕向けられた」


 さっきのミサイルの爆撃から回避しているうちにこの場へと辿り着いて急に突風が吹き荒れた。ということはあのミサイルはピンポイントで自分をこの場に……、そうなると意図的な破壊だったことが想像できた。


「あのミサイル……誘導のためですね?」


「そう、わかっちゃったかぁ。ま、バカでもわかるよね?」


 コメカミを人差し指でトントンと突きながら微笑む双葉、慎也は「変にフワフワした人だなぁ」と呆れ果てる。慎也はキビキビした人のほうが好きなのだ。


「これが誘導ならそれでいい。僕があなたを倒して計画のねじれを作る」


「おぉ? 自信ありだねぇ」


 慎也は指に挟んだ針を双葉に投擲した。双葉は目を瞑って双身剣を構えて魔装を起動させる。彼の足元に広がる落ち葉はゆっくりと旋回を始めた。


竜巻燕サイクロンウイング


 その合図と共に双葉の双身剣は高速回転を開始し、彼を中心とした竜巻が出来上がったのである。先程と同じ、挨拶がわりの強烈な突風だ。そして慎也の投げた針の起動を強制的に変えてしまう。慎也なりに「そういうことか……」と敵の作戦を理解する。あのミサイルは誘導するために打たれた。それは確かである。では何の誘導のためか? という疑問が拭えないでいた。相手は上級班の一員だったとしても何人かでコンビを組んで戦うのが一般的である。


 むしろ経験豊富ならそうすべきと言った判断になるに違いない。


 不具合が起きたときのアシスト役もいないだなんてよほどの自信があるか……、コンディションがいいか、あるいはその両方かが考えられる。相手の作戦はこうやって自分達が有利に戦える敵を誘導していく作戦だということが朧気ながら理解できた。そうなると先程の「直樹」が誰かは気になるが今は置いておく。


「君の針はこの竜巻を通過することはできない! もう君の負けってこと!」


 試しにと2、3本投げてみるが全て竜巻に吹き飛ばされて使い物にならなかった。そもそも、風が強すぎて投げることが困難な故に投げれたとしても双葉に届くことはない。最悪、自分に当たる。


 だがしかし、相手は大きな勘違いをしている。針を投げれなくて相手に届かないことを知っただけで勝利を確信するのはまだ早い。それに新人殺しの言葉の意味を間違えているというのもあるが双葉には大きな誤算があると慎也は確信していた。


「アハハ! 君、大丈夫ー?」


「竜巻を作ったことで僕の針を通さない壁を作ったことは褒めましょうか。ですがあなたは大きな誤算をしている」


「誤算?」


 慎也はフーッと息を吐いてから両手の指にそれぞれ三本ずつ、針を構えた。それを深呼吸を重ねた後に一気に首筋に突き刺す。


「グァアア……、ガハッ……」


 頸動脈に直撃し、信じられないほどの激痛が襲い掛かる。脳天を突き破るかのような激痛の後に肺が握り潰されているかのような感覚、空気を貪ってもすぐに抜けていくかのような溺れているかのような苦しみが襲い掛かった。その苦しみに耐えながらも慎也は太腿に針を二本突き刺す。


「グゥウウ……! ウゥウ……アぁ……」


「な、何してるの……?」


 双葉は目の前で針を自分に突き刺して地面に倒れ込み、苦痛の叫びを行なっている慎也に若干引き気味で声を出した。慎也はすっかり倒れ込んでしまったのを見て、「もしかして諦めた?」と想像以上にしょうもない結末になったことに嫌気が差した。


「フーン、自害ってやつね」


「違う!」


 気がついた時には倒れ込んだ慎也は突風の壁を突き破って自分の鳩尾ミゾオチに拳を入れ込んでいた。急に襲い掛かる耐えがたい苦痛に双葉の顔に苦悶の表情が。顔を歪めながら慎也を見ると彼の顔には紫色のアザのような模様が顔に出来上がっており、瞳孔は大きく開いていた。


 双葉が双身剣を振って慎也を斬り倒そうとするが残像を残しながら慎也は空中に前転する要領で回避し、双葉の背中に回し蹴りを炸裂させる。大きく吹き飛んだ双葉はなんとか体勢を整えた。


「ガッ……! どうして……?」


「本当は使いたくなかった身体強化のツボ。現在、僕の身体能力ははもとの数十倍までに跳ね上がっています」


 それを聞いた双葉は慎也からさらに距離を取って最大出力で大竜巻を発生させた。これでどうだ! と慎也を見るが彼は何にも関係ないかのように竜巻を通過して自分の元へと走ってくるではないか! 双葉は半ば絶望しつつも魔装を構えて迎撃しようとしたが慎也の速さに追いつくことができず、気がついた時には心臓に針を差し込まれていた。


「ギャハァ……! ッツが……! ……ッツ……ア……ウゥ……!!」


 吐血を行いながら地面に倒れ込んで双葉は光となって消えていった。そして竜巻も自然と消えていく。その場に残されたのは落ち葉を纏うゆっくりとした優しいつむじ風だった。全てが終わったことを悟って慎也はいつもの優しい笑顔になる。


「独学で生き残った私を舐めてもらっては困りますよ。双葉さん」


 独学でツボを開発し、実践し、強化を重ねていった慎也。データなんかに測定されたとしてもその強さは未知数。勝手に強さを決めつけて勝負を挑んだ双葉の誤算だった。


「それと……ここが仮想だということを忘れてるよ……? ウゥ……!!」


 その場で笑った慎也。その体には亀裂のようなアザが全身にできており、彼も吐血を行いながらその場に倒れ込んだ。勝ったことを喜びつつ、彼は聞こえもしないはずなのにその場で呟く。覚悟していた凄まじい苦痛に耐えながら慎也は笑顔を取った。脂汗と土が混ざってドロドロになりながら仰向けになる。


「まぁ……このツボはスグに毒が回るから数分も持たないんですよ……。優吾さん……皆さん……あと……は……」


 戦いが終わった森の中、優しく拭いた微風は慎也の光を巻き上げていく。その場に残った物は優しいつむじ風だけ。

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