「おい、どうして見鏡未珠がここにいるんだよ……。そもそも何でここに来た?」
「遠野班長が車で送ってくれたんだ。なんで来たかって言われても……。俺はお前らの見舞いで……」
頭をお互いに近づけながらなるべく声を小さくして会話しているつもりだ。が、背後にいる未珠はどこか面白そうな顔で悠人とパイセンを交互に見ている。パイセンにはその視線がチラついているので会話に集中できない。一瞬だけ後ろに振り向いてからまた悠人に向き直った。
「じゃあなんでおまけみたいに見鏡未珠がついてくるんだ?」
「朝の集会でレイシェルさんに外出を申請したらついてくるって言い出したんだよ……。俺たちも見たくないあの護送車でここまで来てお前にあったというわけだ」
「東島、銀髪」
さっきのことがあるのか未珠はパイセンのことを名前で呼ばなかった。どこかトゲが刺さるような気持ちでパイセンと悠人は振り返った。先ほどと変わらない愉快そうな表情で二人を見ている。こちらの考えは全てお見通しのように見えるが未珠が何を考えているかは一切分からない。不思議な女だった。
「な、なんでしょう……」
「優吾はどこじゃ?」
「優吾は……えっと……」
「ここのエレベーターを上がったところですよ」
こういう目上の人に対して、悠人が話そうとしての狼狽えて話にもならないことをパイセンは知っていたために先導して道案内をしていた。少しだけ申し訳なさそうな表情をする悠人を横目にパイセンはエレベーターのボタンを押した。少しだけ触れると何も起きないのか、影響もなくボタンは作動した。
「銀髪、お主の魔石は腕に行ったのか?」
「……何故です?」
「少し腕を気にしておるようじゃったからの。こう見えて妾、目利きがいいのじゃぞ?」
「それはお見事」
そんな対応している場合ではない。塩をふりかけたような対応をするパイセンに少しだけムッとしたのか未珠はそれっきり話しかけてこなかった。エレベーターの中でパイセン、悠人、未珠の三人それぞれが目だけを動かしてお互いを確認している。なるべく隅に移動したパイセンであったが先程の対応は少々幼稚だったかと思い始めていた頃、エレベーターの扉は開かれた。
「この奥です」
「ご苦労。銀髪、次杜撰な対応をすると……分かっておるな? 妾は気分屋なのが嫌いでな」
「……すみません」
「まぁよいわ」
頭を下げるパイセン。心の中には依然として邪念のような重苦しい気持ちが渦巻いている。隣で立っている悠人はまたしても何もできなかったので一人で歯痒い思いをしていた。その時、階段から誰かが上がってくるような音が聞こえ、次第に声も聞こえてくる。
「三十分耐久で俺の勝ちだぜ。魔石のおかげだとは思うが俺もマルスも本当に力ついたよな」
「そうだな。だがな、隼人。何か代償があるようにも思えるぞ? 一定の基準を越えないような使い方がいいのかもな」
「そ、そうか……あれ?」
鉢合わせをする様にして悠人と隼人は目があった。お互いに一瞬の間を置いてから口元から柔らかくなっていき、悠人も隼人も声を上げる。
「生きてやがったか……! 隼人!」
「悠人〜! 久々だなぁ!」
「そんなに時期もたってねぇよ」
肩を叩き合いながら笑いあう悠人と隼人、一通り終わってから悠人は隼人の後ろにいるマルスに向き直った。特に声を上げることもなく、肩を叩くこともないが悠人はニンマリと笑ってマルスを見る。
「任務ご苦労だった、マルス」
「お互い様さ。……待て、なぜ見鏡未珠がいる」
少しの間に放ったらかしにされた未珠は呆けたような表情をとっていた気がするがマルスが反応したことによっていつもの表情に戻る。その様子をコッソリと伺っていたパイセンは中々に自意識の高い未珠を見て無視されない人生を送ってきたのだと勝手に想像していた。
「もうすぐ……優吾が目覚める。駿来と戦ったあの女もすぐじゃ」
右目を瞑っていた未珠は頷くようにして微笑みながら壁にもたれかかった。現代ではありえないような和の服装。紫色に近い深い色の帯にビシッと決めた着物がマルスにとっては不自然に見えた。安藤が好んで和服を着るのとはまた違う何かを感じる。その時だ。
「目覚めたの」
未珠がそう口に出したのと同時に優吾の部屋から物音がするではないか。ギョッとした悠人、隼人、パイセンは急ぐようにして優吾の部屋へとなだれ込む。遅れてマルスも入ろうとしたが未珠の前に足を止めて彼女に向き直った。
「……知っていたのか?」
「そう予感がしただけじゃ」
特に表情を変えずに、片目だけをスッと見せて口角をクッと上げた未珠。不思議な女だ。マルスは何か未珠に言おうと思ったが出せる言葉が思い浮かばず、そのまま優吾の部屋に入っていった。
「のぉ……玲華。この新人、中々に面白い」
未珠の魔装は常時発動している。彼女にはマルスが視えていた。そんな未珠など梅雨知らず、マルスが部屋に入って見たものはベッドを取り囲まれてかなり驚いている優吾であった。病衣はマルス達と同じ、体つきにも特に問題はないが目だけがどこか違っているように見えた。今までの優吾の目と違ってその目は蒼い宝石がそのままレンズになっているような不思議な輝きを見せている。
「……みんな?」
手で目を隠すような仕草を取ってからそれを外し、優吾は辺りをキョロキョロと見渡していた。まるで何かに怯えているようである。必死で辺りを見渡している様子は異常に思えた。マルスも何か言おうと思っていると遅れて入ってきた未珠がそれを静止する。優吾はいち早く、未珠の存在に気がついた。
「未珠さん……」
「目覚めたの、優吾。……お主も視えるか?」
「……俺は……亡霊を見たんだ」
流れる汗は滝のよう。優吾の唇は小刻みに震え、また目を隠すような動きを取ってから手と未珠を交互に見ている。ベッドを取り囲んでいる悠人達は訳が分からない様子。優吾の目は依然として怪しく光っているように見える。これが魔石の代償か。目に宿し優吾の魔石は彼に何を見せているのであろうか。
「亡霊かは分からんが……妾も似たようなものを見た。己が今まで屠ってきた獲物や関係のないはずの故人でさえ、視える。そうじゃろう?」
「未珠さん……も?」
「うむ。何かあるに違いないな。皆のもの、優吾の状態には気を配れ。錯乱すると何をするか……妾にも分からん」
「見鏡副班長……もしかして今日きたのは……」
「これを伝えにきただけじゃ。それと……優吾を少し借りていくぞ」
まだベッドの上で半身を起き上がらせながらオドオドしている優吾の腕を掴んだ未珠は引っ張るようにして優吾を連れて行ってしまった。あまりにもそれが自然に思ってしまった悠人達が気がついた頃には消えていた。騒動を聞き入れて部屋に入ってきた香織は尚更訳が分からなさそうである。
「な、何があったの? あの人、八剣班の副班長さんよね? え、優吾は目覚めてたの? どういうことよ?」
「俺たちにも分からない。今は見鏡未珠に全てを任せよう」
マルスの返事に納得がいかない表情をしながらもういないはずの廊下を見ている香織。ベッドの周りには真剣な表情で何かを考える隼人とパイセンがいる。悠人は悠人で優吾がどうなったかを確認したいのか体をソワソワと動かしていた。ここで考えることとなれば魔石の代償についてであろう。隼人、パイセンは魔石が体に宿っている状態だ。その心境が分からない悠人と香織はただ優吾の心配をしていた。
「さっき……亡霊がどうのって言ってたよな? あいつ……宿ったとすれば目か……。見えちゃいけないものでも見えているのか?」
「俺も同じこと思ったぜ。霊感ってやつか? 第六感? そんなのが優吾にできたか……。戦場でどうだったかは慎也に聞いたらすぐに分かりそうだな。でも……見鏡未珠が最初から全て知っているような振る舞いでやってきたのも不自然だ」
どう考えても見鏡未珠が不自然すぎる。隼人とパイセンは彼女の存在のせいで話の訳が分からなくなっているらしい。うんうんと考えている状況に悠人はあることを思い出してパイセンに向き直った。
「これに関係することかは分からないが……最近、鳥型魔獣をよく見るらしいぞ。この前の亜人対抗会議で鳥丸班がよく見ていたと報告していた。一応……あの二人に関係することは適合が鳥型というだけだが……」
「鳥丸班……探索にかけているから俺たちも知りえない情報を色々と知っていそうだな……。第一、鳥型魔獣は産卵期になったとしても数は増えないはずだ。……亜人か?」
「その可能性は高い。その鳥丸班は今日、調査の任務に出ている。……ということを考えても何も解決はしなかったな……」
悠人とパイセンが話している間、またマルスの脳裏に鳥が映った。さっきの話は無関係ではないということであろうか。その真意を確かめて見たいがいかんせん、情報が少なすぎる。支部の人間とどうにか接触することができれば情報収集も成り立つかもしれない。優吾が残した「亡霊」という言葉。そしてそれを見鏡未珠も見ている可能性があること。目撃が増える鳥型魔獣。これは活性化としてみると亜人の可能性が浮上。そしてマルスの脳裏に映る巨大な鳥。
今までの騒動をはるかに越える事態が近づいてきているような気がしてマルスの眉間にシワが寄っていった。少しの間でも何も考えず、眠りたい。マルスは密かにそう思った。
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