荷物を抱えながら新島の後ろをついていくマルス達。新島は自分達に対して嫌がるそぶりも見せずに宿舎を手で示しながら振り返った。
「ここが私の家でもあり、仕事場でもある『新島荘』だ。さぁ、早く入りなさい。まだ気温の変化にも慣れていないだろう」
手でドアを押し開けながら新島は入って行った。マルス達も半透明のガラスの扉を開けて中に入る。玄関はシンプルで靴が何足か入っている下駄箱、掛け軸にここらの風景画があり、植木鉢にはよく見る観葉植物が植えられていた。特に広いというわけでもなく、狭くもない。優吾はどこか懐かしい顔をしている。慎也とマルスはそうは思わなかった。
「新人殺しの初期の集会所と似てますね」
「そうか? 俺は学生時代の修学旅行を思い出すよ」
「しゅうがく……? まぁいい。荷物を置いたら悠人達に連絡をしよう」
修学旅行が何かをよくわからないマルスは半分優吾の思い出話をスルーして玄関より少し進んだ先に荷物を置いた。軽くなった体を少しだけほぐして外に出ようとした時に軽い足音が聞こえてその方向に振り返るとエプロンをかけた女性が立ってマルスを至る角度から観察しており、ギョッとする。
「若い子なんて久しぶりにきたねぇ……! え? えぇ? 貴方日本人じゃあない? 外国人? 何人……?」
「な……なにじん?」
「小夜子、彼はスウェーデンからやってきた北欧人だそうだ。あぁ、妻の小夜子だ。紹介が遅れてすまない」
「どうも、新島小夜子です。いやぁ、いいねぇ……。頬も私と違ってピチピチだし……最近は若い子があまりきてくれなくてお母さん寂しかったわ……」
マルス達のペースを完全に置いていくような小夜子の行動に唖然としつつ、話に聞いていた学生が利用するような宿泊施設なのに寂しそうな印象を伺えたのはこのご時世ということもあるのだろう。魔獣や亜人のことを気にするばかりでは学生をこんな山の中に行かせることも出来やしない。
亜人や魔獣の存在が危うい今のご時世でこうもフワフワした人間を見たことはなかった。マルスは少しだけ小夜子の心を心配したのだが性格が悪いと自覚してやめた。
「……そろそろ次の車が来るそうだ。君たちは荷物を部屋に置きなさい。小夜子、案内して」
「さ、こっちよ。三人ならちょうど良い部屋があるわ」
マルス達は小夜子に連れられて階段を上がっていくのだった。
〜ーーーーーーー〜
外の駐車場に設置された喫煙スペースには大渕が一服中。特にこだわりのない安いライターで火をつけ、煙を吸い込む。いつもの味が広がって落ち着いた大渕は満足そうに煙を吐いた。
「気分が良さそうじゃないか。長旅ご苦労様」
煙を吐く大渕に片手を上げながら近づいてくるのは新島だ。極東支部では見せない素早い動きでタバコを置いた大渕は新島に軽く頭を下げた。気にしなくても良いと手を軽く振りながら新島は大渕の顔を見る。
「君も、顔に貫禄が出てきたね」
「いやいや……先輩の方がよっぽどですよ。俺はタダの序列2位の屋敷に居候してるおじさんです」
「やんちゃ小僧が……。昔よりも動くことは少なくなったから今の方が色々指導しやすいよ」
「ハハっ、先輩。……それにしてもどうして新人殺しや俺達を出迎えてくれたんですか。必要最低限としか支部と連絡を取らなかったでしょう?」
新島は大渕の隣に立ちながら困ったような顔をして頭を掻いた。大渕は気を悪くしたかと焦って謝ろうとするが新島に止められる。これは誰が悪いやら原因があるやらの問題ではないのだ。ただ、新島が戦闘員の舞台を降りるきっかけとなった任務に関係している。
「……悠さんとの約束を、果たしたくなったのかなぁ。彼の息子はどんな男かね? 楓ちゃんが亡くなってから……良い話を聞けていないんだ」
「あぁ、悠人君。一時は問題児として扱われていましたが……今は着々と成長している戦闘員、そんな印象です。聞いたでしょう? 俺、悠人君とマルス君に剣の腕で負けてしまいましたし」
「マルス君……? あぁ、スウェーデンから来た……。彼の話は未珠の姉さんからちょっと聞いたよ。彼が新人殺しの鍵になっているようだね」
大渕は社交辞令としてタバコを新島に差し出そうとするが新島はこれを拒んだ。仕方がないのでまだ火がついているタバコの先を押し潰して火を消して処分する。このまま昔の思い出でもゆっくり語ろうとする大渕だったが新島は何かを思い出したかのようにハッとした顔になった。
「泰雅、あの子はどうした? 君の息子……」
「あ、あぁ……あいつですか。……それがずっと会えてなくて。最近話をするようになって俺を慕ってくれてはいるんですけど……、はい。なかなか思うような親父にはなれません」
「そうか……。まぁ、元はと言えどあの任務依頼にできた子供だからな……。悠さんが死んだのもその時だ……。由依も戦闘員を降りてしまった……。ついこの前、それと似たようなことが起きたんだろう?」
「俺は何もできませんでしたよ。主に正面で戦ってくれたのは新人殺しと天下無双だ。……最初は俺にとっていらない付属品みたいな存在だった、あいつは。でも……捨てることはできない」
新島も大渕も旧極東支部で戦っていた戦闘員だ。戦闘員という存在が出来てからまだ歴史も深くない世代、社会からの中傷も多ければ「戦闘員は犯罪者の集団」という悪き印象が立ったのもその時期だ。二人ともその記憶があるからか神妙な顔つきで空を仰いでいた。涼しい。大きなため息を吐いた大渕は不意になったクラクションを聞いて慌てふためく。
「あっ!? って張じゃないか。先に到着したのは張が運転する車ですね。悠人君はその次です」
「あぁ、彼が乗っている車じゃないか。早速出迎えるとしよう」
新島は少しだけ楽しみなのかほくそ笑んだ表情で張の車を出迎えに行った。その背中を見送る大渕は長年溜まってきた己の矛盾を隠せなくなりそうで心が破裂しそうだ。それを抑えてこれからも生きていかなければならない。それが大渕が決めた覚悟なのであった。
ーーーーーーー
「長旅ご苦労様だな、張」
「あぁ、新島。感謝する」
張は巨体と顔に似合わないお辞儀をしてから黙って車から荷物を下ろし始めた。それを手伝おうと車から既に降りていたパイセン達は新島の横を通りすぎる。一瞬ニッと笑った銀髪の男を見て新島はハッとしたが今は言及せずに荷物の手配をしようと近づいていった。
「君たち、荷物を手に取ればこの館の2階に上がりなさい。仲間が待っているよ」
「あぁ、あなたが新島さんなんですね。どうも、パイセンです。えぇっと悠人達は……?」
「彼の車はまだだよ。パイセン……それが名前かい? 名付けは……」
「あぁ、みんなからそう言われてるからそれが名前になっただけっす。親は赤ん坊の頃、俺の名付けをするより前に魔獣に喰われて死んでます。ま、そんな感じですわ」
それだけ言ってパイセンは礼をしてから荷物を持って女子二人に挟まれながら館へ向かった。そんなパイセンの背中を新島は見送りながら誰かさんが悩んでいた理由をやっと理解して同じような神妙な顔つきになるのだった。
「戦闘員を招いたのは……ちょっと間違いだったか」
そうは思うがまだ新島は尊敬する東島班長との約束を果たせていない。後のことは果たしてから考えようと車がやってくる方角をジッと見ていた。昼頃をとっくに越えているので少しだけ肌寒くなってきた。湿気た空気のその先に、車の影がボォっと見えたことから新島は今日初めての緊張を見せる。
「お手並み拝見といこうじゃないか、悠さん。どんな息子なんだい?」
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