戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

心配

公開日時: 2021年6月15日(火) 18:51
文字数:4,387

「と、遠野班長……!?」


 悠人は傷があった部位を摩りながら目の前の人物、遠野翔太を見る。ツーブロックの濃い茶色の髪は刈り上げ。少し厳つい目と立派な筋肉であることを示唆させる服装。自慢の肉体の上に直接ジャケットを着ており、チャックを胸あたりまで開けてるので露出はある意味ある。ズボンは悠人と同じような素材である。


「よう、東島悠人。見ない間に戦闘員の目をするようになってたんだな。ここはお前1人か?」


「それが……仲間を逃して俺が1人で足止めしようと思ってて……」


「無茶するぜ。仲間はどっちの方向に行った?」


 悠人は指を指しながら簡潔に説明する。遠野は一瞬考えた後にさっきの鎖の女性、乃絵を呼んだ。


「乃絵、その方向に行って2人を保護しろ。研究員もいれば治療しとけよ」


「オッケーです」


 右手にオッケーサインを作って乃絵と呼ばれる人物はたった1人で研究所の中に侵入していった。悠人はギョッとした目をしながら心配になるが遠野は変わらない表情で仲間に命令していく。


「紅羽達は中央部にいけ。東島班の副班長がそこにいるはずだ」


「えぇ」


「任せとき」


「翔ちゃんも健闘を」


 残りの班員である3人は乃絵とは逆の通路から侵入していく。それならサーシャ達の安否も取れるが……果たして勝てるのか? ということ。悠人は少々不安そうな顔をして項垂れる。


「すみません。俺が優吾と慎也を……班員をバラけさせたから……」


「気にすんな。俺らはバラけてなんぼだ。それに……お前らには借りがあるからな」


「借り?」


 そんな話をしていると改造魔獣はグググと体勢を整えて立ち上がる。サーベルを構えて向き直った。遠野はそばにあるバイクに綺麗に引っ掛けてあった棒状の何かを手に取った。遠野の身長ほどあるその棒は片方の先端がひん曲がっている。路地裏に落ちているような鉄パイプそのものだった。


「お仕事開始だ。裂断蜻蛉スピリットセイバー!」





 こちらは逃げ切ることに成功した優吾と慎也。先ほどの倉庫付近の廊下まで走り切ったところで慎也の手を掴んでいた優吾はその手を剥がして振り返る。敵はもういなかった。


「逃げ切れたか……」


「いや、何言ってるんですか!?」


 優吾の呟きに慎也は声を荒げて反応する。今自分たちが逃げたせいで悠人が危険な目に遭っている。それを呑気に逃げ切れたと安心したような反応をとった優吾を腹立たしく思ったのだ。


「どうして逃げたんですか!! 悠人さんが……悠人さんが死んじゃいますよ!?」


「アイツの命令だ。俺たちは魔装が使えない。あそこにいたら死ぬぞ」


「魔装はなくてもナイフは使えるし、優吾さんだって弾丸があるじゃないですか! どうして逃げるんです!? だから肝心な時にいつも引き金が引けないんですよ!!」


 真っ正面からの慎也の言葉に反論ができなくなった。一瞬だけ頭が真っ白になって言葉の手札が消えた気がした。思えばそうであるが……今はそんな気でいたら死ぬ、それだけは分かる。慎也はまだ戦闘員になるには幼すぎる少年だ。感情を出しすぎるといつか自爆する気がして今まで戦闘員として大事なものを教えてきたつもりだった。


 もしかして自分のやっていたことは余計なことだったのかもしれない。慎也に何かを教えることは優吾にとってのある種のエゴだったのかもしれない。そう思えた気がして優吾の心を余計なものが蝕んでいく。


「そうかもしれないが……この状況でやつに立ち向かってみろ。お前、なんのために戦闘員になったんだ? 自分の生き様を変えるためだろう? 戦闘員になって人生を変えるためだろう? 目的を……」


「違うよ……全然違う」


 優吾の話を途中で遮る慎也。こんなことは初めてだった。いつもは最後まで話を聞いてから意見をいう慎也とは違う。優吾は動揺してしまった。


「優吾さんは……いつも自分のことばかり……! 僕が戦闘員になったのは本来救えるはずの命が消えていく世の中が嫌いだったからです。そんな自分のことばかり考えて命かけてるわけじゃない。僕だって怖いものは怖い……。けど……立ち向かわなくちゃ。だって戦闘員だから。僕が守りたいものを守るんですよ!!」


 そう言って慎也は優吾に背を向けて走っていってしまった。優吾はその場に呆然と突っ立っている。いつも自分のことばかり……損得勘定で動き、変に開き直って……戦闘員としての理由がない。あるべきものがない。全てあの戦闘員、見鏡未珠の言った通りだ。迷うべきでない時に迷うのは理由がないからだ。あの副将戦から……何にも進歩していない。


「慎也……」


 声は慎也に届きはしない。



 暗闇の中を必死で走る慎也。どうして優吾がこのことをわかってくれないかが腹立たしくて仕方がなかった。自分は人生を変えるためだけに今まで命をかけていたと思っていたのだろうか。そうだとしたら今頃孤児院でなんの苦痛もない暮らしをしているだろう。慎也は救われたから。死ぬべきではないと悟ったから命をかけたのだ。


 始まりはあの森の中、まだ戦闘員になったばかりの優吾が助けてくれたところからだ。慎也を背中にまわして「もう大丈夫だ」と言いながら引き金を引く姿。慎也はここに憧れたのだ。自分の危険を顧みずに他者を守る優吾がカッコよくて……こんな人間になりたいと思えたから戦闘員になって危険と言われた東島班に入ったのだ。


「どうしてだよ……! クソォ……!!」


 目から涙を浮かべて悠人の元へ向かう慎也。早く悠人を助けないと死んでしまう。まだまだ若造で未熟な自分を東島班の一員として認めてくれている班長が死んでしまう。共に成長した仲間が死んでしまう。慎也は急いだ。必死で走った。かつて蒸発した母親が言っていた。


「どうして慎也はお母さんをギュッてしてくれるの……?」


 その時から慎也は自分の中に眠る優しさを自覚したのだ。慎也は照れくさくなって頭をかきながら答えたものだ。


「だって僕は……お母さんが……す……」


 今だって同じだ。どうして死ぬかもしれないのに自ら危険の中に飛び込むのか? それは決まっている。慎也が人のために動くのはたった一つの理由だ。どこまでも真っ直ぐで、どこまでも優しくて、どこまでも勇気がある慎也の生き様だ。それはかつての母の時も、今の新人殺しにしても同じだ。


 彼が何故新人殺しにいるのか? 何故悠人を助けに行くのか? 


「新人殺しが……東島班が……大好きだから……!!」


 慎也は走る。暗闇の中を走る。父の部屋から脱走して山道を裸足で走っていた時とは訳が違う。そうやって走っていくと慎也はあるものを見つけたのだ。それは壁一面にある足跡だった。慎也は立ち止まる。


 足跡だ。壁にも天井にも気がつけば周りは足跡だらけだった。その足跡がどこにつながっているかを見ると先ほどの倉庫の中につながっていた。なんだろう……? そのまま通り過ぎようかと思ったその時だ。


「キュルルル……」


 倉庫の中に爛々と光る緑色の目玉のようなものがあったのだ。慎也はザザッと後ずさろうとしたが突如暗闇から何かが伸びて慎也の足を絡め取る。


「うわぁ!?」


 そのまま倉庫の中に引き摺り込まれる慎也。暗闇の中で慎也は隠しナイフを起動させて足の紐のようなものに刃を突き刺す。奇声のようなものが聞こえて紐は解けて慎也は自由になった。一体何があったのか、縛られていた足を見ると体液のようなベトベトが付着している。


「なんだよ……これ……う……誰だ!」


 慎也は声を張り上げてナイフを出しながら周囲に気を配るが何もないし、誰もいない。先ほど見た目玉のようなものはなんなんだったのだろうか? 気のせいかと思ったその時だ。ヒタ、ヒタ、ヒタと何かが張り付くような音が聞こえたと思えば壁に足跡がついていくではないか。姿が見えずに足跡だけがつく。これは透明になっていることだ。


 慎也は改造魔獣というものがてっきり悠人が相手しているようなものとしか思ってなかったので全く見たこともないことをする個体が自分の近くにでたことに動揺している。そしてさっきはありったけの声を絞って優吾に怒鳴り散らしたがそのせいでこの脅威が近づいたのかとも思ってしまった。


 突如として銛のようなものが飛んできたのを確認した慎也はすぐにしゃがみ込むようにして回避する。しかし、空中でグニャリと曲がって方向を変えた銛は慎也の右肩を貫いた。


「イタァアアア!? ウゥウウウァアア!!」


 そのまま壁に叩きつけられるように突き刺さる右肩を見て慎也は恐怖のあまりにガタガタと震え始める。変な話だが銛のようなものが刺さっているおかげで出血が防がれている。そのかわり激痛が襲い続けるのだが……。そのヒタヒタとした足音が慎也の元に近づいたと思えば電子音のような音を立てて正体を明かしてきたのだ。


 全身ヌメヌメとした鱗と胸部や背中はアーマーに覆われたトカゲのような姿。顔はカメレオンのような細長い顔つきでギョロリと動く緑色の目玉を見た時に慎也はハッとした。さっきの目はこいつだったと。手足にカッターが常備されており、渦巻き状に巻かれた尻尾も折りたたみ式のカッターだったことに驚く。四足歩行の改造魔獣だった。四足歩行は折り畳まれたカッターを順々に広げて行って慎也の首筋をゆっくりとなぞる。


 怖がらせ方もわかっており、どこか楽しそうだった。少しだけプスリと刺さったカッターに血が滴る。四足歩行がそのまま力を加えて首を脊髄ごと引き裂こうとしたその時だった。銃声がしたと思えば四足歩行の片目が綺麗に撃ち抜かれる。その撃ち抜いた者の姿を見た瞬間に慎也の中で申し訳なさと安心感が一気に押し寄せ彼は涙を流しながらその人物の名前を叫んだのだ。


「優吾さん!!」


「話はあとだ。そいつに直してもらえ」


 安心したことから激痛が襲ってくる慎也を見て「えぇ!?」と声を上げる1人の女性。ニット帽を被った鎖使いの乃絵だった。慎也の叫び声を聞いて急いで向かった優吾と偶然合流できた乃絵は共にこの倉庫にたどり着いたのだ。乃絵は「痛いけど我慢しなさい」と銛を掴んで一気に引き抜いた。またもや激痛が襲いかかり慎也はまた叫んだ。そんな慎也の肩に鎖を巻いて乃絵は魔装を起動させた。


地獄蝶パラダイスロスト


 紫色の光を出す鎖は慎也の肩を音を立てて修復していく。あっという間に痛みは引いて傷が治った慎也は「え?」と呆然とした表情で血溜まりの中に座り込んでいた。前よりも右肩が軽く、そして力も込められる事実に困惑する。


「ウチは相楽さがら乃絵のえ。詳しいことは後ね。ここはウチが頑張るから僕は隠れてなさいな」


 腕ポケットの弾丸を装填して撃ち込んだ優吾はさすが上位適合かつ救護班田村の適合、聖幼虫が羽化した後の魔獣だなと思いながらリロードする。


「看護師、俺はサポートだ。いいな?」


「心得ました〜。カッコいいところ見せないとね、大原君」


「うるさい……」


 優吾はニンマリ笑う乃絵を横目に、後ろで呆然とする慎也をチラリと見ながら引き金を引いたのであった。

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