戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

冷めたおにぎり

公開日時: 2020年12月7日(月) 21:57
更新日時: 2021年2月17日(水) 09:46
文字数:3,922

「アッ……ッとぉ……」


 気がつけば現実世界に戻っており、マルスは体の至る所をポキポキ鳴らしながらコネクトから体を起こした。すでに目覚めていた他の新人殺しの班員も顔に疲労の二文字が浮かんでおり、この戦いがギリギリだったことを物語ってる。優吾に至っては何があったのかはわからないが全身から冷や汗を垂らしてガチガチと震えてしまっているほどだ。


「おい、優吾。どうした?」


「恐ろしい奴と相手してな……。あの窓際ババアが」


 マルスが声をかけても優吾はわけもわからないことを話すだけで相手にならなかった。「あ、そう」とマルスは軽く流す。


「いい試合だった」


 なんとも言えない空気の中でマルス達に声をかける人物、稲田光輝がゆっくりと歩きながら自分たちの元に近づいてくる。彼にも少し疲労の色が見えた。少し汗を垂らしているがサラサラとしているようなもので汚いとは思えない。むしろイケメンの顔に映える美しさ。


 悠人は少し慌てたように稲田に近づいて頭を掻きながら笑みを返した。


「そんなことないですよ。俺達は作戦負けでしたし」


「……それもそうだが東島班もやるじゃないか。正直、みくびっていた俺たちのメンタル負け……だな。準決勝も頑張ってくれよ? 俺たちの分まで」


 それだけ言い残して稲田班の班員はそれぞれ会釈して部屋を去っていった。そのような光景を目の当たりにしたマルス達。彼らの中で本当に二位の班に勝ったんだという自信が湧いてくる。今だに信じきれていない部分もあった班員達は「あぁ……」という声を出すだけ。悠人は稲田班を見送った後にふとマルスに向き直った。


「なぁ、マルス」


 あの悠人がマルスと名前呼びで言ったことにパイセン以外の班員が「え!?」と驚いた表情をする。今まではイヤイヤと「新人」と呼んでいた悠人はバツが悪そうな顔をしながら頭を掻いて大きな深呼吸をした。それから初めてマルスに見せるかのような優しい表情を取る。それはふとした時に悠人がしていた死んだ楓との朝の会話を見ているようだった。


「やっぱり……な」


「お、おぉ……」


「……俺が悪かった。お前達に危ない目だけを合わせて本当にすまない」


 純粋な悠人の謝罪。裏表も関係なく、明らかに自分が悪いと認めた上での謝罪。真っ正面から頭を下げて謝る悠人を見て他の班員は目をギョッとさせて一体何があったんだ? と困惑するほどだ。本来は理想のムードであることには間違いないのだがギョッとしてしまう。対するマルスはそんな悠人を何一つ表情を変えずに見た後に口を開いた。


「今度は俺のいうことも聞けよ? 悠人」


「分かってるよ。みんな、帰ろう」


 申し訳なさそうな顔からまた優しい表情へ戻った悠人は「帰るぞ」と言って部屋を出る。マルスも微笑んで部屋を共に出た。未だに状況がよくわからない蓮達は少し戸惑うような顔をしながら共に部屋を出る。あのミサイルの時、悠人とマルスとでバラバラになったのは知っている。そこで何があったのかは計り知れないが悠人とマルスの仲が良くなったことを安心する新人殺しだった。


 〜ーーーーーーー〜


 研究所から事務局にまで帰ってきたときは佐藤が悠人達の元へと押しかけてきた。タクティクスに勝ったことを知ったそうで「おめでとぉ!」と門をくぐった瞬間に言われたときは全員ビクついてしまったが。今日は少しいい日になったな……。と思いながら仲間と解散して自室に入った悠人。刀二本を壁に立てかけて戦闘服から緩いTシャツ、半ズボンに着替える。そしてベッドに寝転んだ。


 そのまま少し眠っていたらしい。ハッとして起き上がると辺りはもう暗かった。寝たのが夕方の5時。そして起きた今が夜の9時だった。一瞬だけ時間を無駄にした……と思ってショックを受ける悠人。微妙な時間に起きてしまったと思い、食堂に行こうとしたがもうしまっていることを思い出した。彼は仕方なく自販機のインスタント食品にしようと思い、ポケットに小銭を入れて部屋を出た。


 涼しい風が悠人を迎える。そのままほぼ無心で居住区の中を歩いて自販機コーナーへと辿り着く。そこにはジュースや食品などの自販機が並んだところで夜食が欲しくなった時には御用達の所だった。悠人はお金を入れて焼きおにぎりを選ぶ。電子音が鳴って後200秒と数字が表示される。ただのレンチンだけどこれがうまいんだよなぁと思いながら悠人はジッと待った。


 そして調理が完了し、熱々の紙箱を持ちながら悠人は自室へ戻ろうとする。その時に広場に人影がいるのを発見した。誰だ? と思って近づくとその人物はマルスだった。魔装の鍛錬を積んでいるマルスがそこにいた。彼は悠人の存在に気付いて剣を鞘にしまう。


「何か用か?」


「いや……、疲れてないのか?」


「何故?」


「激戦の後だぜ?」


 悠人がそれをいうとマルスは深呼吸をして側のベンチに座って空を見上げていた。相変わらずのどこか達観したかのような表情だ。平生の彼に勝る者はいない。そんな気すらする。マルスは空から悠人の視線に移して声を上げた。


「関係ない。準決勝も近いだろ? 鍛錬を積むのは罪じゃないからな」


 悠人はそのまま帰る気は慣れずにマルスの隣に腰掛けた。元々の自分だったら考えられない行動だった。マルスも特に嫌な顔をせずに座り、悠人を横目で見る。


「お前、変わったな」


 マルスの一言に一瞬だけビクッとくる悠人。変わったのかどうかはわからなかった。ただあの時、突発的にマルスの名前を叫んでいた。叫んだ後は何故か急にこの新人を認めるようになっていたのだ。不思議である。今まで盲目的になっていた自分、マルス、そして仲間達のことが誰も知らない自分が見ているような気がする。


「さぁな、俺も考えてみたんだよ。この班のあり方を」


「ほぉ?」


「元々は俺と双子の姉の楓とで運営してる班だったから。あいつが俺の判断ミスで魔獣に喰われてからは逃げてたんだよ。責任を問われるのが怖くて」


「ふん」


「新人の教育も全くしなくなってな。知らないうちに今の班員以外は死んでた」


「ふん」


「生き残ってくれた班員、あいつらで精一杯だったのにお前が入ってきてまた逃げようとしてたんだよ」


「ふん」


 悠人は流石にイライラしてくる。ちゃんと俺の話を聞いているのか? という意思を込めてマルスをギロリと睨んだが彼は何の反応も示さないまま急に喋り始める。


「お前……素直すぎだったんだな……」


「は?」


「班長という役職上……自分の行い一つで仲間の評価も変わるのがこの界隈だろう? お前はそこに怯えて逃げていたってことだ」


「……それはそうだが……」


 悠人だって痛いほどわかる。どこかしら、恐怖というものはいつも感じていた。次何かを失敗するともう自分の存在意義がなくなってしまう。次味方を殺してしまうと仲間からも見捨てられるかもしれない。次なにか……と考えていると現実も嫌になるものだ。マルスはうーんと伸びをしながら空を見上げて話始める。


「素直に生きることは俺も賛成だ。そうではあっても悩んだっていいと思う。この班はお前がいてもいい場所なんだぞ? お前の場所なんだぞ? 東島班長」


 あの月輪の戦闘で悠人自身が感じたことだった。自分はマルスに何をしていたんだろうか? と考えた時に思いついたこと。マルスを辞めさせたかったんだと思う。マルスが戦闘員を辞めてくれれば自分にとっては都合が良かったから。イビリを強くすることが正しいと思っていた。がしかし、マルスは自分が戦闘員を続けることが正しいと思ってる。その正しさ同士が縺れて喧嘩が起きていたんだ。


 当然だ。新人殺しはマルスの場所でもあるんだから。マルスがいてもいい場所なんだから。精一杯生きている場所なのだ。理不尽なことが一斉にふっかかってくるこの戦闘員の世界で精一杯生きてもいい場所なのだ。


「もっと悩んで答えを出せ。生きてるんならいいように向け。今ここにいる自分を大事にできる自分になれよ」


 マルスはずっと空を見上げて話していたがふと、悠人に目線を合わせる。悠人は自分の心の奥底まで見られているような気がしてドキっとした。入ってまもない新人の言葉だが……妙に響く。年は自分より一年年下でもあるのに。


「悠人、お前にしか班長はできないんだ。東島班はお前がいないと……。俺も頑張るから」


 悠人はマルスの紅い目を見ながら「そうか……」と声に出す。このマルスが何者かはとんと見当がつかないが理にかなったことを言っていることは理解できた。そうでもあるがある疑問が悠人の心の中に渦巻いていく。悠人は咄嗟に声を上げてその疑問を聞き出そうとした。


「マルス……お前は一体何者なんだ?」


「……ただの家出小僧さ……。そういえば悠人、それ食べなくてもいいのか? 冷めてるだろ?」


 悠人は手に持つ紙箱を見つめて「あ……」と声に出して開いてみる。ヒエッヒエに冷めていた。悠人は急いで食べようとしたが口に入れる瞬間に止まり、その状態でマルスに一つ渡す。マルスはどこかホッとしたような表情から一転して眉を寄せて「どうした?」と声を上げた。


「冷めてるけどうまいよ。食えよ」


 マルスはマルスで何者かの難しい質問の回答をうまい具合にごまかしてなんとか切り抜けたと思ったのに急におにぎりを渡されたものだから少しキツイような顔をしてしまった。以前の悠人なら機嫌を悪くして「もういい」と言っていたのだろうが今の悠人は違う。マルスの機嫌を伺うように「ん?」と言っておにぎりを差し出してくれる。


 そのおにぎりをマルスはありがたく受け取り、悠人と同じタイミングに合わせて口いっぱいに頬張った。一瞬虚しくなるほど冷めていたが香ばしくて美味しい醤油の焼きおにぎり。今の彼らには体全体に染みるようにその深みを感じることができるのだった。

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