エークスがいたところから出てきたのは金髪の少女だった。少女と言っても歳はパイセン達より上だろうが男臭いレグノス班では珍しい女性だ。筋骨隆々と言った体格ではなく、スラリとした華奢な体格の金髪美女。顔つきも線が細く、鼻も高くてシュッとしている。表情はどこか落ち着いてるような雰囲気でクールな感じだった。スカートと軍服を身に纏っている。
パイセンはその女性を見て驚きを隠せなくなる。可愛い、と言うことではなく目に見えるところに魔装がなかったからだ。あれだけの爆発を引き起こしたんだ、何かしらの重機を持っていると踏んだのだが外れた。予想が外れると動揺する。分かりやすくて致命傷にもなりうるパイセンの弱点である。
そんなパイセンに対して感情の起伏を見せない女性は表情を一切変えずに口を必要最低限まで上げて声を発した。
「危なかった……。エークスさんがやられるとは……報告通り……新人殺しはやるようですね」
オラオラ口調ではなく澄んだ綺麗な発音の丁寧語を話す金髪。金髪の後ろでライフルの戦闘員はジッと待機していた。だがさっきの爆発を引き起こした魔装使いであることは確定。エークスの陰に隠れているとわな……、とパイセンは考える。確かにエークスは大柄な体格であり、そのスクエアシールドで覆い隠すことはできるので尚更か。
「きなさい、私はウェッカ。それがここでの名よ。変幻獣」
その隣のパイセンは既に目の前に現れたウェッカに対して不思議な雰囲気を掴み取っていた。彼女は何かが違う。目を少しだけ細めて魔装を起動させた時にその勘は現実として彼らに降りかかる。耳元でプーン……という奇妙な音が聞こえたと思うと直後、あたりが閃光に覆われて爆発する。パイセンは音から危険を察知し、回避に動いていたので致命傷を避けることはできた。
少しだけ火傷した頰をさすりながら突然の起爆に困惑を覚えるパイセン。周囲を見渡すと同じように困惑するサーシャが後退したばかりだった。結論から申すと爆発の威力はさほどではない。しかしいつ何が爆発するか検討もつかなかった。相手の魔装は一体なんなのか、パイセンがそう考えっているとウェッカはおもむろにスカートめくる。
パイセンだって男だ。一瞬だけ視線を奪われてからサーシャの視線を感じて苦笑い。ウェッカの太腿にはナイフのホルダーが巻かれており、つけられたナイフを勢い良く投げつけてきたのだ。視覚として捉えられる程度の投擲である。蓮のスピードと比べると遅い。サーシャはそう判断して叩き落とそうとしたがパイセンが急いで止める。
「いや、やめろ!! 伏せるんだ!!」
パイセンの言葉にサーシャはハッとしてナイフを回避した。虚空を切ったナイフはサーシャの後方で爆発して火薬の匂いを辺りにぶちまける。サーシャはもしあれを叩き落としていたら……ヒヤリとした。
「なっ……」
振り返りながら声を上げるサーシャ。こっそりとパイセンに感謝する。パイセンは「今、あまり話しかけるな」と言いながらコメカミを中指でグリグリと押さえる。これはパイセンの癖だった。集中して考えているパイセンの癖。さっきの嫌な予感は的中した。未だに相手の魔装は分からないが一つだけわかったことがある。太腿のナイフの存在。そしてウェッカの後ろに待機するライフル部隊。
どうしてライフルを撃ってこないのか、今の状況なら一方的な弾丸の嵐を作り出せるはずなのに。パイセンは誤爆する可能性があると判断する。下手にライフルを撃つと至近距離で誤爆する。それならできることがあった。再びパイセンはプーン……という音を聞く。この音……どこかで聞いたことがある。あまり聴きたくない音だったのは確か……と思い出しているとパイセンの脳裏にある光景が蘇った。
「試してみるか……」
パイセンのバットは瞬時に変形し、ボウル状に変形した。そして音を頼りに近づいてくる物体を上から押さえ込んだのだ。あまりにも大胆であまりにも馬鹿げた方法だが今の彼にはこうするしか方法が思いつかなかった。
「嘘!?」
パイセンのその行動に驚きを隠せない様子のウェッカ。するとボウルの中で「コンッ」という何かが弾けたような音が聞こえる。パイセンの思考と現実が完全にビンゴしてニヤッと笑った。初見殺しのパイセンはここで終了。ビンゴしてから目まぐるしく動き回るパイセンの思考は勝利の法則を積み上げていく。
「ビンゴ! やっぱりな」
元のバットに変形させると少しだけ焦げている部分がある。パイセンの中で今までの実験の結果から得られた現実をつなぎ合わせて勝算があったのだ。ニヤリと笑うパイセン。隣で槍を構えるサーシャの肩をポンポンと叩いた。
「サーシャ、突っ込め」
「え!?」
「奥のライフル部隊! 時間をもう一度稼いでくれ!」
「えぇ!? まぁ、あんたのことだから何か考えてるんでしょ?」
「その通り、後で説明するから奥の部隊とウェッカの気を引かせてくれ」
サーシャは頷いて地面を滑って突撃する。ライフル部隊は急いでサーシャを撃ちころそうとしたが彼女のスピードの方が早く、早速一人を槍で貫いて倒す。ライフルによる射撃を起こさせないために彼女はなるべく中央に移動して槍で刺した敵を盾のしながら水のカッターを飛ばして敵を倒していく。敵も誤射を恐れてあまり発砲できない様子だった。
その様子に危ないと察知したウェッカは覚悟を決めて太腿のナイフをサーシャめがけて投げる。サーシャはこれも躱そうかと身を翻そうとしたがその時にパイセンの待ったがかかる。
「もういい、戻れ! そして伏せろぉ!」
サーシャは急に宣告された命令に全身に水を纏わせてなるべく姿勢を低くして地面を滑って軍勢から抜け出した。その時にウェッカに投げつけられたナイフにミニカーが向かっているのを発見する。
「合金獣! 起爆だ、吹き飛ばせ!!」
パイセンの合図を決め手にナイフに向かっていたミニカーは大爆発を開始した。そしてウェッカが投げたナイフ、彼女の太腿にあるナイフが一斉に引火して連鎖爆発を引き起こす。目を覆いたくなるような閃光と絶え間なく襲い掛かる爆撃にウェッカとライフル部隊は飲み込まれていった。閃光が晴れたと思うとそこには焦げて真っ黒に染まった地面があるのみで、中にはガラス状に溶けて張り付いた敵のライフルもチラホラ見えた。そして魔装も巻き込んで光となって消えていく。
なんとかふせて爆撃を回避したサーシャが少しムスッとした表情でパイセンに説明を求める。
「えっと、よくやったけど、急にくるっておかしくない!? それになに、あのボウルもそうだし敵の魔装は!? 訳わかんないんだけど!」
「どうどう、落ち着け。全部説明するから」
パイセンが手順を踏まえて説明を開始した。まず、あのプーン……という音はなんだったのか。パイセンはどこかに設置してある爆弾の起爆音か? と思っていたが違った。あれこそが爆弾だったのだ。
「あれが……魔装だったっていうの?」
「そう、ボウルに入れた時に解析した。とんでもねぇ、魔装だぜ。グレネードを自在に変身させるなんて」
あの音を聞いた時、パイセンは夜寝る時に耳元によってくる蚊の羽音に似ていると思ったのだ。理屈もなにもない理論だがその音がするところをスポッと上から囲ってみたらまさかの手榴弾を蚊の姿に変形させていると判明。
そしてあのナイフ、あれも手榴弾を変形させた物だということが判明した訳だ。そうならないと爆発なんてしない。だからサーシャに気をとられているうちにミニカーの爆弾をこっちも作って誤爆させて巻き込んだということをサーシャはパイセンから聞いたのだが全く持って訳がわからなかった。
根拠もないし、ナイフが魔装なのかそれとも手榴弾が魔装なのか、全くわからない。だが興奮しながら説明するパイセンを止めることはできそうにもなかったので一通り聞いていたがそれが確かだとは思えなかった。
「え……それって……あんたの勘に私は頼っていたってこと!?」
「勘じゃねぇよ。俺のすんばらしいアイデアさ」
「なーにが『すんばらしい』よ。あんたの勘に頼ってたら下手したら私も死んでたわよ」
「うっせ、これはアイデアの勝利だ。いいな? ほら、障害物はない。急ぐぞ」
走り出したパイセンにサーシャは結局……相手の魔装はなんなんだったの? という疑問を隠せないでいたが観念してパイセンの後をついていくのであった。
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