戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

彗眼の遊者-1

公開日時: 2021年3月3日(水) 23:22
文字数:3,284

「ただいまー!!」


 案内人にうんざりした顔で控室に送られた悠人と笑顔で転送されてきた隼人。反省した表情で謝る悠人とそんな悠人を見て「あれ?」とした顔をとる隼人の対比に笑ってしまうサーシャ。比較的いいムードで帰ってきたのも隼人らしい。新人殺しのムードメーカーは一味違うようだ。


「根性で倒してたけど隼人君らしいね」


「あんな女に負けてっと後で俺が恥ずかしいと思ったからなぁ。なぁんで最初にいい気分にしてやろうと思って声かけたのにゲッソリしたのか……なんでだ?」


「初対面の人に興味ないって言っても興味ないとしか言われないでしょうに……」


 サーシャは包み隠さずハッキリと物事を言うタイプなので女として感じたことをハッキリと隼人に告げる。その事実に隼人本人はグサリと何か来るものがあったらしく舌打ちした後にそっぽを向いてへこたれるという態度を示すことになった。そんな隼人を一旦放って置いて次に出る優吾に視線を移す悠人。優吾も悠人をじっと見る。


「これで俺たちの一本リードだが……優吾、いけるのか?」


「そうよ優吾君、私が言うのもあれだけど……おそらく班長クラスの戦闘員が相手になるわ」


 サーシャも心配するような目で優吾を見る。それもそうだった。ここで優吾が勝ってくれれば東島班の優勝ということになるが八剣班にはまだ副将も大将ともなる人物が出ていない。前回の演習では不参加だった副班長の見鏡未珠、班長の八剣玲華、このどちらかが出てくることになるのだ。そうだとしてもここで優吾が勝ってくれば新人殺しの勝利となる。そのことを理解している優吾はメガネを押し上げてスッと立ち上がった。


「ここまでつないでくれたんだ。やれるだけやるさ」


 やってきた案内人を見て優吾は「行ってくる」とだけ言い残して部屋から出て行った。キィ……バタンという音が控え室に響く。控室には依然として優吾を心配する空気が漂ってしまっている。モニターに視線を移した悠人はどこか落ち着きがなさそうだ。


「おい、悠人?」


「あぁ、マルス気にするな……。少し心配になった」


「優吾のことか? 本人も気にするなと言っているものだ。ここはやつを信じた方がいいと思うぞ?」


「それもそうか……」


 闘技場へ上がる優吾を見て悠人は一瞬だけ目を細めたが頷いて観戦するのだった。


 そんなことはつゆ知らず、優吾は薄暗い廊下を歩いて闘技場へと進んでいく。おそらく自分が相手する戦闘員はとんでもないような強さを持つ人物だ。勝ったとすれば自分は褒められる。それに対して負ければどうなるだろう……と言った考えが頭をよぎるが優吾は頭を振って呼吸を整えた。マルスの出番が無い方が好ましい。それは優吾も分かっている。


「さぁ! 副将の登場です! 新人殺し東島班、大原優吾!!」


 歓声に背中を押されながら優吾は闘技場へと上がって行った。空を見上げてバーチャルの世界でもいい天気なんだなと深呼吸する。そして肝心の八剣班のアナウンスである。


「次に天下無双八剣班副班長、見鏡未珠!!」


 そう言って入場してきたのは準決勝後にみた八剣班の副班長、見鏡未珠だった。濃い紫色の波打ったロングの髪、谷間や足が丸見えの緩い着物。その割には成長が止まったかのような童顔の見鏡が放つ独特のオーラを放っている。準決勝後には見ることのできなかった刀を腰にくくりつけている。幼いようなその見た目からは想像できないとてつもない威圧感を放つ見鏡は特に何をするわけでもなく静かに闘技場へと上がる。闘技場に上がった見鏡は刀にそっと手を添えながら何故か右目を手で覆って隠すような動作をしたのだ。優吾は詮索しているのかどうか判断しようとしたがそうする前に見鏡が手を離したので特に何も考えなかった。


 だとしてもその様子に優吾は警戒しながらも二丁銃を取り出した構えた。会話を挟むこともなく、厳格な空気感で試合は開始される。アナウンスが試合開始を宣言した時に優吾はこれまでの試合とは違うということを知ったのだ。魔装を起動させた優吾が距離をとって銃を構えた時に思い知る。引き金が引けない。相手は特に魔装を起動させたわけでもない。二回戦の窓際ババアこと霧島咲のような魔装を想定したが相手は一切魔装を起動させてはいなかった。


 距離をとったのもそのためである。ここに立って目を合わせた瞬間に目の前の標的が放つ威圧感に押されてつい距離を取ってしまったといった方が正しい。これまでの戦いでも自分と相手の経験の差を思い知ると言った場面は多々あったが今回はまるで違う。目の前の見鏡未珠という人物はそれを遥かに超える覇気を放っていた。二回戦の霧島とは全く違う。蛇に睨まれた蛙はまさに今のような状況である。


 今のままではエネルギー弾を生成することができないことに気がついた優吾は知覚速度を上昇させて腕のポケットから銃弾を取り出して装填する。カチャンという音を響かせて銃を見て狙いを定めてついに引き金を引いた。ガウン! という音を響かせて一直線で見鏡の元へと飛んでいく銃弾。狙いは完璧に定まっており銃弾が見鏡未珠の眼前に迫った時、ゆっくりの優吾だけの世界の中で見鏡の声が妖しく響いたのだ。


彗眼隼ウィンダムファルコン


 鋭い金属音が聞こえたと思えば見鏡の眼前にあった銃弾は真っ二つに斬られていた。斬られた弾丸は軌道を大きく変えて何かを貫くこともなく地面に落ちる。その様子を見て今まで静かだった観客席からは大きなどよめきが走った。歓声ではない、どよめきである。多くの観客が困惑している中で1番動揺しているのは引き金を引いた優吾本人だった。


 当然だ。知覚速度をいつものように上昇させて銃弾がゆっくりと飛んでいく様子を見ていた。狙った通りの直線状に見鏡の急所があったはずなのだ。その時に刀に手をかける瞬間までは視覚として取り入れることができたが刀を抜刀して銃弾を斬るところを見ることができなかった。ということは、優吾の知覚速度上昇を遥かに上回る瞬間的なスピードを持っているということである。ただ見えたのは右目を塞ぐ手をおろし、刀を抜いた瞬間だけだった。 見鏡は刀からも手を離してフゥ……とため息をつく。そして左目を一瞬だけ瞑った後にやっと口を開いた。


「どうやら、かなり堪えたようじゃのう」


 そう言いながらニコッと笑う。その笑顔はどこか不気味で先鋒戦で弘瀬がサーシャにかけた笑みと同じような気がした。動揺する優吾に見鏡は言葉を続ける。


「どうじゃ? 流石に弾丸を斬られたのは初めてじゃったろ? おぬしの弾丸はギーナのやつに一度、意図的に避けられているからのう。とはいえ、弾丸を斬るのは久々に神経を削ったわい」


 特にどうと言うこともない緩急も何もないトーンでの会話のはずだ。それなのに優吾からすれば怖くて仕方のない悪魔か何かの囀りのように聞こえてしまう。分からないことが多すぎる。自分の頼みの綱であった精神弾が打てなくなるほどの威圧感、自分の知覚速度を遥かに超える一閃に合わせてギーナが意図的に銃弾を避けたこと。どうして相手は笑っているか? そもそも相手の魔装はなんなのか? この恐怖の元は何か?


 頭の中に入ってくる情報が多すぎて優吾はパニックも同然と言った精神状況だ。観客はどよめきこそは少なくなったがそれはと言うと優吾が何もしないからであり、試合というものが形を為していないからだ。相手がやったことは自分の弾丸を切ったことだ。ただそれだけのことかもしれないが優吾からすると死活問題なのである。


 隼人の時とは違う相手の威圧感、それが作り出すこの空気、そして自分の予想を遥かに超える相手の技量。ガチガチと震える優吾をみた見鏡はまた見透かしたかのように左目を閉じて優吾をみた後、話しかける。


「どうやらやりすぎてしまったようじゃのう。困ったものだ。せっかく表に出てきたんじゃ、もう少し楽しみたかったのじゃが……仕方ないの。ちと話してやるわい」


 頭をポリポリと掻きながらどこか気怠そうに見鏡は今だに答えが分からなくて悩む優吾に話しかけるのだった。


「妾やギーナのやつは一瞬で、おぬしの最大の弱点を見抜いたのじゃ。そこを突いただけにすぎん」

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